健康食品、化粧品、はちみつ・自然食品の山田養蜂場。「ひとりの人の健康」のために大切な自然からの贈り物をお届けいたします。
「パパもママも聞こえないって言うんだけど、私はほんとに聞こえたんだ」
「ほんとに?いや・・・まさかな・・・」
花坂さんは、困ったように眉を寄せた。
「それ、ミミズ箱のことかもしれない」
「ミミズ箱?」
「せっちゃん、台所にミミズ箱っていうミミズの入った箱置いてて。ほら、生ゴミを入れるといい土になるって話、聞いたことない?」
私は首を横にふった。
「越してきた日に、女の人に声かけてメモと一緒に置かせてもらったんだけどなあ。ばたばたして忘れちゃったのかなあ」
おばあちゃんが倒れたとき、世話ができないだろうからって、花坂さんが預かることにしたんだって。ときどきエサの生ゴミをあげたり、箱の中をみてやらないと、ミミズが死んじゃったりハエがわいたりするんだって。
「きっとママだよ。ママってそそっかしいから、忘れちゃったんだよ」
「とにかくじゃあ、みてみないと」
私は花坂さんを台所につれて行った。ミミズ箱っていう小さな発泡スチロールでできた箱は、台所の土間のすみっこに置いてあった。花坂さんの言うとおり、メモがのったまま。
「それにしても、ミミズたちがエサを食べる音が聞こえたなんて。せっちゃん、まだその辺にいて、ミミズに気づいてくれるよう、わざと大きな音をたてさせたのかもしれないね」
花坂さんはそう言いながら、ふたがわりにかぶせてある薄い布と新聞紙をめくった。土が見えた。あわててもぐろうとする赤くて糸みたいな一団も。ちょっと見ただけなのに、そのうねうねとした動きがもう目に焼きついちゃって、気持ち悪くなった。
「ほら、こんなにいい土がいっぱい。でもずっと手入れしてなかったから、やっぱりミミズがへってるよ。何か野菜くずとかないかな」
花坂さんは流しをのぞいて、三角コーナーにあるレタスの切れっぱしを持ってくると、箱に入れてた。
「もう食いついてるよ」
入れたばかりのレタスに、再びミミズが顔をのぞかせ、群がってきた。サリサリと音がしそうな勢いなのに、音はしない。
「野菜くずなんかをどんどん入れて、土が乾かないように気をつけて、ちゃんと食べてるか確かめる。で、ときどきフンを分けてやる。毎日世話してたら、きっとかわいくなるから」
「私、絶対だめ。早くふた、しめといてよ」
「でも妖怪じゃなくて、ほっとしたでしょ」
それはそうだけど、私は何も言わなかった。
結局私はミミズ箱のふたを開ける勇気はどうしても出なかった。世話は花坂さんまかせになった。
花坂さんが来るようになって、一か月くらいが過ぎた。ママがいないときは退屈だから、おしゃべりするのは楽しいけれど、草取りとか、手が汚れるし疲れるし暑いし。手伝いはしなかった。それでも庭はどんどんさっぱりして、除草剤をまかなくてもよくなった。池をつぶす話もママはもうしなくなった。花坂さんに会って、ちゃんとお礼を言わなくちゃってママは言うけれど、やっぱりタイミングが悪くてなかなか会えない。
ある日、私は花坂さんの顔色がすごく悪いことに気がついた。それに初めて会ったときに比べて、一段とやせてることも。
「ねえ花坂さん。具合悪いの?」
「ああ、うん・・・いや」
はっきりしない返事! 私は、病院で寝てた人達が、かりこりにやせてたのを思い出して、花坂さんが心配でたまらなくなった。
「ご飯食べれるの? 熱はないの?」
花坂さんは、頼りない笑顔を見せた。
「佳奈ちゃんなら、話してもだいじょうぶ・・・かな」
「えっ?」
何かひどい病気だって言うんじゃないよね?心臓がどくんどくんと音をたてた。
「いや、その。元気がないのは、食べるとかそういうんじゃなくて・・・みんなからある言葉を言ってもらわないと元気になれなくて」
さっぱりわからない。花坂さんはコホンと咳ばらいすると、まっすぐ私を見た。
「実は……私はほんとに本物の花さかじいさんなんです。多少昔とは違いますが」
「またまた冗談言っちゃって」
「いやいや。先祖代々、由緒正しい花さかじいさんの家系なんです。名刺はないけど」
花坂さんは、無理してぐっと目に力を入れて私の顔をのぞきこんだ。
「草や木や虫たちに目を向けてくれる人としか話ができないんです。そういう人達の仲間を増やしていくというか。もっと自然と友達になってほしいと思ってるんです」
私はそれでもまだ信じてなかった。うさんくさい目で、「花さかじいさん」を名乗る花坂さんをぎろっと見た。
「で、何? ある言葉ってつまりキーワードを言えばすぐ元気になるってこと?」
花坂さんは、難しい顔をして首をかしげた。
「そう簡単じゃないですね。ミミズの音が聞こえた佳奈ちゃんをみこんでお願いですが、もっと土と友達になってください」
「て言うと?」
「まずは草取り。野菜や木の世話。そしてミミズ達の世話。そんなことをしてると、きっとある言葉が浮かんでくると思うんです。せっちゃんの孫なら・・・たぶん」
百歩譲って暑いのも、手が汚れちゃうのもがまんして花の世話くらいはしたとしても、ミミズの世話だなんて!それだけは無理。
「お願いです。ご近所の苦情、聞いたでしょ? もう・・・私の力は・・・」
そう言いながら、花坂さんは気が遠くなったみたいに、ふわりと倒れてしまった。