ミツバチの童話と絵本のコンクール

花坂さん

受賞杉岡 美恵 様(愛知県)

「ちょ、ちょっと花坂さん!」
 なんとか玄関の上りがまちまでひきずって横にさせたけど、風に飛ばされそうなくらい軽くて、もうびっくり。そこへちょうどママが帰ってきたから、花坂さんが・・・って話してるのに、
「何ばかなこと言ってるの!」
って笑うだけ。ママには花坂さん、見えないんだ。
 私はとりあえず畑の草取りをすることにした。よくわかんない幼虫とか出てくるから、びっくりして何度も畑から逃げ出したけど。
「じゃあ・・・ミミズのフンをすきこんで」
 花坂さんはしつこく言う。
「それは・・・」
「フンを入れると、全然味が違うんだ・・・よ」
 花坂さんは、消えそうな声で言った。ええい、この際やっちゃえ! 私は勇気を出してミミズ箱の布と新聞紙をめくった。前に入れた生ゴミはすっかり消えてた。ときどきミミズが顔を出すから、なるべく見ないようにした。花坂さんがやってたみたいに、下の方からフンをスコップで取り出してバケツに入れた。ちっともくさくなかった。ちょっとぽろぽろした感じで、畑に混ぜたら土がふかふかした。
「ありがとう」
 花坂さんはそう言ったっきり寝こんでしまった。どうせママには見えないみたいだけど、私の部屋まで花坂さんをひきずっていって、そこの畳に寝かせておくことにした。
 次の日も花坂さんは私の部屋でぐったりしてた。私はまた草取りやら肥料やりやら池のそうじやら、花坂さんの言う仕事をこなした。そのせいか夕方には花坂さんは起き上がれるくらいには元気になってた。
「何も食べなくていいの?」
「ええまあ。花のみつくらいあるとうれしいですが」
「はちみつ?」
「いえ。ほら・・・庭に咲いてる花をちょっと取ってきてくれれば」
 ペチュニアくらいしか咲いてなかったけど、それを渡すと、花坂さんは口にあてて、ちゅるっとゼリーを食べるみたいにみつを吸った。
 一日一日花坂さんの顔色がよくなってきて、私はほっとした。でもまだ例のキーワードってやつはわからない。
「ヒントとか、だめなの?」
「言えない約束で。せっちゃんはいつも言ってたんですけどね」
 花坂さんは、あとの方はひそひそ声で残念そうに言った。
 その日、そろそろスイカが食べごろだと花坂さんが言うので、私達は一緒に畑へ行った。全部で三つ。その中で一番大きいのが、たたくとびんびんといい音がした。花坂さんにその場で切ってもらうと、汁がぽたぽた土にしみた。すぐさまアリが汁に群がった。一口ほおばると、じゅるっと甘い汁が口に広がった。

「おいしい!」
 これまで食べたどのスイカよりおいしかった。それは自分が大切に世話してきたからだってことも今ならわかる。
「よくおばあちゃん、畑からトマトとかイチゴとかとってきて食べさせてくれたよ。おばあちゃん、お天道さんのおかげさんや。ミツバチやミミズやみーんなのおかげさんで、おいしいイチゴができたんや。ありがとさん、って手を合わせてから食べてたよ」
 今でもあの畑の中から、ひょっこりおばあちゃんが顔を出しそうな気がしてならない。
「佳奈ちゃん、ありがとう」
 花坂さんのうるんだ声がして、私ははっとした。花坂さんの体のまわりがぼうっと金色に光っていた。
「キーワードって……もしかして『おかげさんで』?」
 花坂さんはこくっとうなずいた。
 おばあちゃん。虫たちも私たちも、一緒に生きてるんだってこと、感謝しなさいってこと、いつも教えてくれてたんだね。
 花坂さんはすくっと立ち上がると、晴れ晴れとした顔で声を張り上げた。
「枯れ木に花を咲かせましょう!」
 声が聞こえたみたいに、庭の梅の木も桜の木も、ぶるっと身震いすると、一気に花を咲かせた。マンションの横の公園の木も、黄色い花でいっぱいになった。町のあちこちから、いろんな花のいいにおいが漂ってきた。
「やりすぎだよ、花坂さん」
 そう言って花坂さんが立ってたあたりを見たときには、もう姿はなかった。
 花坂さん、ありがとう。あれからご近所にとれたトマトを配ったら、おいしいって評判で、最近は苦情も言われなくなったよ。おかげさんで、ね。

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