ミツバチの童話と絵本のコンクール

山の神さまのこども

受賞乗松 葉子 様(東京都)

 その日から、午前中は病室で過ごして、夕方まではリュウと山を走りまわるのがすっかり日課になった。そして、毎日、母さんに木の実を持って帰った。
 やまぐわ、やまもも、なつぐみ、いちじく。
 リュウが言ったとおり、山のみやげを見ると母さんは大喜びし、ぐんぐん元気になっていくような気がした。

 ある日、リュウはぼくを大きな木の下へ連れて行った。
「あれ、はちの巣」
 見上げると、木の枝に巨大なまつぼっくりみたいなものがぶらさがっている。
 リュウはいつものように木を登っていき、枝にまたがると、じりじりとはちの巣に少しずつ近づいていく。
 巣のまわりには、たくさんのみつばちがわーんわーんとモーターみたいな音をたてて飛び回っている。ぼくはただ、木の周りをうろうろと歩きまわって待つしかない。
 三十分もすると、リュウは何かを大事そうに抱えながら下りてきた。リュウが抱えてきたのはガラスのビンだった。太陽の光をうけて、黄金色の蜜のかたまりがビンの中できらきらと光っている。
「巣蜜だよ。みつばちが花から集めて、せっせと貯めたはちみつをわけてもらったんだ」
「どうやって、わけてもらえたの」
「みつばちに、君の母さんのことを話したんだよ」
 リュウはあたりまえのようにそう言った。「おばさんの家の庭のりんごにかけるといいってさ。みつばちたちが教えてくれたよ」
 リュウの言ったとおり、おばさんの家の庭にはりんごの木があって、たったひとつ、真っ赤なりんごがなっていた。
 巣蜜を見せると、おばさんは
「こんなもの、どうやってとったの?」
 と目をまるくした。それから
「ああ、そうだ。あれをつくろう」
 とすっかりはりきってしまった。
 まず、おばさんは庭のすみにある古い釜にまきを入れて、火をおこした。それから、りんごを釜に入れて、じっくり焼いた。こんがりとあめ色にりんごが焼きあがると、その上にはちみつをたっぷりのせた。
「さ、すぐに母さんのところに行きましょ」
 とおばさんは言った。

「まあちゃん、これ、なんだかわかる?」
 まあちゃんというのは、母さんがこどもの頃の呼び名だ。おばさんが母さんのことをこう呼ぶのは、興奮している証拠だ。
 包みを開いたとたん、部屋いっぱいに、りんごの甘酸っぱいにおいがひろがった。
「焼きりんごだあ」
 母さんとおばさんは、おでこをくっつけるようにして、焼きりんごを見つめている。それから、二人ともスプーンですくうと、ゆっくりと口の中に入れた。
「ああ、同じ味」
「ねえ、そうでしょう、同じ味だよねえ」
 ぼくは二人を見てびっくりした。二人とも涙ぐんでいる。
「わたしたちの母さんが作ってくれて、いつも並んで食べたんだもの。母さんの味だものねえ」
 二人はぽろぽろ涙を流しながら食べている。
 大人ってへんだ。悲しいとか、嬉しい時に泣くだけじゃなくて、懐かしくても涙が出るんだもの。
 とにかく、不思議だけれど、この懐かしいお菓子は、母さんの病気をすっかりやっつけてしまったみたいだった。


 母さんの退院が決まったのは、突然だった。
「検査の結果がとてもよかったから、もう家で安静にすればいいって。まだ夏休みが少し残ってるから、すぐに帰ろうか」
 やったあ。ぼくたちはいっしょに家に帰れる。また三人で暮せるんだ!
 リュウに知らせなきゃ。ぼくはすぐに一本道をかけおりて、リュウに会いにいった。
「本当?よかったねえ」
 リュウも、このニュースを喜んでくれた。「リュウがくれた木の実や、花や、はちみつや、そういうのが全部、母さんの病気をなおしてくれたんだよ」
 ぼくは夢中でリュウに話していた。
「それにさ、今帰れば、まだ海にも行けるし、町のお祭りにだって友達と行ける。今年はあきらめてたんだけどさ……」
 ぼくは一人でしゃべりつづけて、そして、はっとした。
 リュウの目が寂しそうに笑っている。
「そうだよ、はやく帰った方がいいよ」
 リュウの顔がつらそうにゆがんだ。
「そんなに帰りたければ、健太なんか帰っちゃえばいいんだ」
 リュウの手から、持っていた木の実がばらばらとこぼれ落ちた。リュウはくるっときびすを返して、山の奥へかけていってしまった。

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