ミツバチの童話と絵本のコンクール

山の神さまのこども

受賞乗松 葉子 様(東京都)

 男の子は切り株に座ってぼくを待っていた。
「やあ、来たね。よし、行こう」
 男の子はずんずんと山の中に入っていく。歩くのが早いから着いていくのに精一杯だ。
「ここで待ってて」
 男の子はまるでさるみたいに、器用に木の高い所へ登っていくと、またすぐにするすると下りてきた。
「いま、何してたの?」
「おいしい実のなる場所を聞いたんだ」
「聞いたってだれに?」
ぼくが思わず聞くと、男の子はすまして
「シマリス」
と答えた。
「ぼくは山の神のこどもだから、動物たちの言葉がわかるんだ」
 山の神のこどもだって?この子、ちょっとおかしいんじゃないだろうか?それとも、ぼくをからかっているんだろうか。
しばらく歩くと、ふいに立ち止まって
「うん、ここだ」
 と男の子は言った。そして、木の幹に抱きつくと、ゆっさゆっさと揺すりだした。
「健太もやって」
 ぼくたちは二人で向かい合って、いっしょに力いっぱいもう一度、木を揺すった。
 ぼこん、ぼこん。頭の上から丸くて赤い実が落ちてきた。ひとつ、口にぽいっと入れてみると、とろりと口の中で溶けてしまった。
「あまーい。これ、ジャムみたい」
「うまいだろ。ほら、もっと揺すって」
 ぼくたちは、揺すっては拾い、ポケットにはいらないほど 赤い実を落とした。


 それから、ぼくたちは木の下に座り、赤い実をたくさん食べた。
「あの、さっき、君が言ってたことだけど」
「山の神のこどもってこと?」
「うん……」
「本当だよ」
 さわさわさわ。涼しい風の一陣が、草や木をゆらしながら通り抜けていく。
「じゃあ、君の父さんや母さんは、どこにいるの?この山に住んでいるの?」
「ぼくは父さんも母さんもいない。ひとりで、この山を守っているんだ」
 ぼくはびっくりして、男の子の顔を見つめた。たったひとりで、この山に住んでるって?

「じゃあ学校は?」
「学校なんて、ぼくは行かないよ。つまらないもの」
「でも、学校に行けば、友達ができるよ」
 ぼくがそう言うと、男の子は立ち上がって
「友達なんていらない」
 と言った。
「それに、山のことは山が教えてくれるもの」
 男の子はきっぱりとそう言った。
 ぼくは、それ以上、何も言えなかった。
 山の入口までくると、男の子は
「またおいでよ。ぼくはいつでもいるから」
 と言った。じゃあ、と走り出した男の子に
「あの、名前、何ていうの?」
 とぼくがあわてて叫ぶと、
「リュウ!」
 と男の子の声が山にひびいた。そして、リュウの姿はすぐに山の中に消えてしまった。
 本当のことを言うと、ぼくは、この赤い実で母さんの病気が治るなんて思ってなかった。「病気がよくなるもの」って、もっと特別なものかと思っていたから。
 でも、ベッドの上に赤い実をひろげると、母さんは
「わあ、これ、やまぼうし!」
 と、こどもみたいにはしゃいだ声を出した。
「母さん、これ知ってるの?」
「うん、小さい頃ね、山に入ってかごいっぱい拾って食べたの。思い出すなあ」
 母さんは嬉しそうに、木の実のにおいをかいだ。それから、口に入れると、まるでお酒でも飲んだみたいに、「ああ」とうっとりした顔になった。 ふうん。リュウは母さんがこんな風に喜ぶことがわかってたのかなあ。

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