ミツバチの童話と絵本のコンクール

山の神さまのこども

受賞乗松 葉子 様(東京都)

「おばさあん、おばさあん、ここだよう」
 ぼくは、のどがちぎれるくらい、大声でさけびながら歩き出した。
「まよったの?」
 ふいに背中の後ろから声がして、ぼくはとびあがりそうになった。涙でぐちゃぐちゃになった顔で振り向くと、男の子が立っている。
「道、道がわからなくなって」
 ぼくはあわてて、顔をぬぐった。
「大丈夫。ぼくが連れてってあげるから」
「ありがとう」
 白いランニングシャツと半ズボンから、日に焼けたひょろ長い手足がのびている。ぼくよりひとつかふたつ、年上かもしれない。きっと、この山の近くに住んでいる子だ。
「きみ、どこから来たの?」
 ぼくはとなり町から来たこと、母さんが丘の上の療養所にいることを話した。
「ふうん。病気なの。大変だな」
 男の子はちょっと大人びた言い方をした。
 そして急に振り返ると、うれしそうに
「あっ、でも、きっと君の母さん、治るよ」
と言った。
「だって、この山には、病気がよくなるものがたくさんあるもの」
「ほんと?よくなるものって、何?」
 ぼくは思わず、聞き返した。
 ケーンターアアアア。一本道の向こうからこだまみたいな声がひびいてきた。
「おばさんの声だ。行かなきゃ」
「あれ、君のおばさん?でかい声だな」
 男の子はきゅっきゅっと笑った。
「じゃあ、明日、教えてあげる。入口のそばの大きな切り株で待ち合わせしよう」
 そう言うと、男の子はあっという間に山の奥へ入っていった。

 おばさんの怒りようったらなかった。
「もう、もう、どこへ行ってたのよう!」
 と泣きそうな顔でぼくに抱きついたかと思うと、バカ!といって、強烈なげんこつをくらわした。それから、車の中で、「もう二度と山の中に一人で入らない」ことを固く約束させられた。
 おばさんには、あの子との約束のことは、とても言えない、とぼくは思った。だけど、行かなくちゃ。
「きっと君の母さん、治るよ」
 男の子の声がいつまでも耳の奥で響いていた。
 きっと君の母さん、治るよ。


 次の日、父さんの言いつけどおり、ぼくはうんと早起きをした。
 おじさんとおばさんが、朝の畑でもいだばかりのトマトにかじりつくと、信じられないくらい甘くておいしかった。
 その日の午前中は、ずっと母さんと病室ですごした。母さんと話したり、宿題の日記を書いたり、それからいっしょにおばさんの手作り弁当を食べたりした。
 高台の窓を開けると、目の前は、夏の空いっぱいの入道雲。山の方から深い緑色の風がふわーっと吹いてくる。
 ふと見下ろすと、療養所から坂道の先に、あの雑貨屋がぽつんと見えた。
 午後、母さんが薬を飲んでうとうとし始めると、ぼくはそっと病室をぬけだし、一本道をかけおりていった。

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