ミツバチの童話と絵本のコンクール

はちみつの思い出

受賞米沢 百輝 様(山梨県)

 金太郎のはりきっている、ようすから、見つけたのは軽症者にちがいないと、ぼくは思いました。
 金太郎の立ちどまった地面に、ひとりの兵士が、あおむけに、たおれていました。星あかりに、てらされている、その兵士は、なんと中国兵ではありませんか。
 ぼくは、かがんで、中国兵の顔をのぞきこみました。十七、八さいの少年兵です。彼の手首のみゃくも、心臓のこどうも、力強く打っています。
 左右のズボンのひざ小ぞうのあたりが、血でぬれているので、背負っているかばんの中からナイフをとりだし、ズボンの布を切ってしらべたところ、左右のひざ小ぞうを、銃弾でうちぬかれていることが、わかりました。ぼくは傷口を消毒し、血どめの薬をぬってやりました。「おい、大丈夫か。」
 と、中国語で話しかけると、
「メイクワンシー。」
 大丈夫と、少年のこえでこたえました。ぼくは水とうの水を、ひと口ふくみ、少年兵のくちびるのあいだに、少しずつ、したたらせてやりました。
「シェーシェー。」
 ありがとう、と、かすれたこえで言って、こくりこくり、うなずきました。ぼくは立ちあがりました。
 できることなら、彼をたすけてやりたい、見ごろしにしたくはないと、思いましたが、満員状態の野戦病院へつれていくわけにはいきません。
「死ぬか生きるかの最前線で、敵兵のめんどうをみてやるひまはないのだ。バカヤロー。」と、どなられて、はりたおされ、少年兵は射殺されてしまうに、きまっています。
「チャイヨー。」
 がんばれよ、ぼくはそう言って、少年に背をむけて歩きだしました。すると、金太郎がぼくをしかりつけるように、
「わん。」
 と、ほえて動こうとしないのです。
「金太郎、こい!」
 と、命令しても、少年兵のそばを、はなれようとしません。金太郎は、中国兵も日本兵もおなじ人間なのに、どうして、たすけてやらないのだと、おこっていたのです。
 ぼくは心を鬼にして、どんどん歩いていきました。すると、金太郎が風のようにとんできて、ぼくの足首のゲートルにかみつき、ぐいぐいひっぱりました。
 しりもちをついた、ぼくの上に、金太郎がのしかかって、完全にくみふせられてしまいました。

「よし、わかった。」
 ぼくは金太郎に言いました。
「それほどまでに、あいつを、たすけたいなら、おれも男だ。おまえの、すきなように、してやろう。」
 金太郎は、ぼくの体の上から、さっととびのくと、少年兵のそばに小走りで、もどっていきました。
 ぼくはかばんを少年兵に背負わせ、どっこいしょっと、彼を背負って歩きだしました。
 彼の家はこの丘の西がわのふもとにあると言うので、その方角にむかって、丘の坂をおりていきました。
 ふもとには丘にそって、細長い集落があり、ほたるのような、うすあかりを、ともした家が、ちらばっていました。
「ここです。」
 と、少年兵の言う、小さな家の土間にはいりますと、母親らしい人と、おばあさんが、ぽかんと口をあけて、ぼくたちを見つめました。少年兵は早口で、わけを話すと、ふたりの女性が笑顔になって、ぼくになんども、頭をさげて、礼を言いました。
 母親は少年兵をだいて、わらのベッドにねかせ、おばあさんは、血とどろにまみれた少年兵のふくをぬがせて、手ぬぐいで顔や体をていねいにふいてやりました。
 それを見て、ぼくは少年兵をたすけてやってよかったと、しみじみ思いました。
 わかれるとき、母親はぼくと金太郎に、はちみつ入りのコーンスープをのませてくれました。
 はちみつのあまさが、母親のあたたかい心のように、ぼくの体のすみずみにまで、しみわたって、じいんと、目がしらが、あつくなりました。
 中国の母親も、日本の母親も、みんなおなじだと、ぼくは思いました。はちみつ入りのコーンスープのおかげで元気になった、ぼくと金太郎は、三人にわかれをつげると、元きた丘の坂道をのぼっていきました。
 丘の東がわのふもとで夜営をしている日本軍のところにたどりついたとき、少年兵に背負わせたかばんを、彼の家にわすれてきたことに、気がつきました。
 いまさら、取りに行くわけにも、いかなかったので、なくしたことにしました。かばんの中身は、応急手あての薬と、食べかけのビスケット少々、そんなものでした。

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