ミツバチの童話と絵本のコンクール

はちみつの思い出

受賞米沢 百輝 様(山梨県)

 金太郎は頭が良くて、力が強いだけではなく、とても心のやさしい犬でもありました。
 金太郎の目の前で、ためいきをつく隊員がいたとします。すると、金太郎は、さも心配したというように、くんくん鳴きながら、その隊員の顔を、ぺろぺろとなめまわします。
 また、金太郎の前で、わざと、ふらふら歩いてみせると、金太郎は、
「おい、どうしたんだい、兄弟。しっかりしてくれよ。」
 と、言わんばかりに、とびついて、あごをなめまわします。
 また、彼の目の前で、両足をひもでしばって、歩けなくすると、彼はすぐ、かみ切って、自由の身にしてくれたものです。
 一九四一年十二月。わが若林部隊は、逃走する中国軍を追って、うねうねと、つづく、なだらかな山のふもとを、北にむかって進んでいきました。
 とちゅう、いくつかの小さな村を通りすぎましたが、おとなも子どもも、日の丸の小旗をふって、かんげいしてくれましたが、それは心からのかんげいではなく、日本軍にいじめられないための、見せかけの、かんげいだったことは、言うまでもありません。
 日本兵のなかには、中国の兵士いがいの民間人に、ずいぶん、ひどいことをする者もいて、中国の人たちから、きらわれ、おそれられていたのです。
 わが若林部隊には、そのような、らんぼう者はひとりもいなかったと、ぼくは胸をはって、きっぱりと言うことができます。
 心のやさしい部隊長どのが、いつも、
「民間人は敵と思うな。日本人と思え。ぜったいに、ころしたり、傷つけたりしてはならない。」
 と、命令していたからです。
 さて、逃走をつづける中国軍を追って、二日ぶっつづけて休みなく進んでいった若林部隊が、今夜宿泊する予定の、小高い丘の上にでたとき、待ちぶせしていた中国軍の大部隊の集中砲火をあびて、大こんらんに、おちいりました。
 身をかくす岩どころか、木も一本もないのです。こうなったら、しゃにむに、とつげきするしかありません。
 部隊長どのは軍刀をぬいて、ふりかざし、大ごえでさけびました。
「とつげき、進め!」
 兵士たちは銃剣をかまえ、
「わあっ!」
 と、ありったけの、こえをふりしぼって、とっ進していきました。日本軍のとつげきを、中国軍は、とても、おそれていて、ほとんどの場合、ていこうもしないで、逃げだしたものです。
 だが、その中の中国軍は、いつもの逃げごしの中国軍ではありませんでした。
 日本軍のように、ゆうかんで、一歩も逃げることなく、こうげきの手を、ゆるめなかったのです。
 日中両軍は体ごと、ぶっつけあう、はげしい戦いとなり、おびただしい死傷者を出しました。
 若林部隊長どのは、胸に何発もの銃弾をうけて、心臓がとびだしたにもかかわらず、敵の陣地におどりこみ、軍刀で数名の中国兵をきりたおしました。
 これを見て、さすがの中国兵も、きもをつぶして逃げだしました。
 この戦いで、二名の中隊長どのと三名の小隊長どのも戦死。
 下士官い下の兵士の戦死者も、百名をこえました。これほどはげしい戦いを、自分はいままで経験したことがありませんでした。

 一回の戦いで、これほど多くの死傷者をだしたのは、日中戦争で、おそらく、はじめてだったと思います。
 ぼくたち衛生兵の役目は、敵兵と戦うことではなく、戦場で傷ついた兵士を、たすけだすことです。
 だから、鉄砲のかわりに、たんかをもって、戦場をかけまわらなければなりません。衛生兵は赤十字の腕章を、うでにまいた非戦闘員で、鉄砲でねらいうちしてはいけないことになっています。
 しかし、流れ弾にあたって、死傷する衛生兵も、少くありませんでした。
 銃声がやんで丘の上が静かになったとき、あたりは夜のやみに、つつまれていました。
 日中両軍とも、ほとんど、勝ち負けのない、ぜんめつ状態だったので、丘の上は死傷者でうめつくされていました。
 三十名の衛生兵のうち二十名が戦死、のこりの十名のうち、しごとのできるのが、たったの五名でした。
 三頭の軍用犬のうち、一頭は流れ弾があたって死亡、一頭はすさまじい戦闘に、きもをつぶして逃げだし、元気なのは金太郎だけでした。 戦場にたおれている負傷兵のほとんどが、手あてをしても、たすからない重傷者で、戦争のむごたらしさを、このときほど、かんじたことはありませんでした。
 ぼくは星空をあおいで、
「これだけ星があるんだから、地球のように戦争ばかりしていないで、仲よく静かにくらしている星もあるにちがいない。そんな星に生まれてくればよかった…。」
 と、ためいきをつきました。
 そのとき、遠くのほうで、金太郎の鳴きごえがしました。ぼくは、ごろごろ、ころがっている死体につまずかぬよう、気をつけながら、金太郎のこえのしたほうに歩いていきました。
 くたくたにつかれていて、走るどころか、歩くのが、せいいっぱいだったのです。金太郎は、そんなぼくに、しびれをきらして、かけもどり、早くおいでよ、と言うように
「わん。」
 とほえて、いま来た方角に走っていきました。

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