ミツバチの童話と絵本のコンクール

夏休みの宿題

受賞吉村 健二 様(埼玉県)

 十日を過ぎた頃、いよいよリルもビッキもミツをさがしに出ることになりました。
「なんだか、ドキドキするね」
「ねぇリル、最初は一緒に行こうよ」
 先に餌をさがしにいっていた先輩のミツバチが戻ってくると突然、みんなの前でダンスを始めました。リルがあっけにとられていると、そばにいたお姉さんバチが教えてくれました。
「ちゃんと見ていなさい。あれはね、餌場がどこにあるか知らせているの。ほら、8の字を描いているでしょ。あれは遠くにあるって意味なの」
 リルは先輩のミツバチが教えてくれた方向にむかって飛び出しました。
「待ちなさいよ、リル。そんなにあわてなくたっていいでしょ」
 ビッキが後から叫ぶのですが、リルは聞こえないふりをしてスピードをゆるめません。しばらく飛ぶと、アカシアの花がたくさんさいているところに出ました。ミツのいいにおいが漂ってきます。
「ミツをたべてしまっちゃダメよ。巣にもってかえるんだから」
「わかってるわよ」
 しっかり者のビッキはときどきお姉さんのような口をききます。リルはビッキのことが大好きなのですが、妹の名をつけてあげたのに、立場がすっかり逆転してしまっているのがちょっと気にいりませんでした。
 リルは花にあいさつすると、ミツをもらいました。そのときに体の毛に花粉がつきました。ひとつの花からとれるミツはわずかですから、次から次へたくさんの花を渡り歩かねばなりません。けっこう根気のいる仕事でしたが、リルは楽しくてなりませんでした。
 すぐにミツがおなかのタンクにいっぱいになりました。あまりに重たくて飛ぶのが苦労なくらいです。ヨタヨタしながらも、なんとか巣に戻り、すぐに仲間におなかに貯えたミツをバトンタッチします。
「あんた、ずいぶん頑張ったねぇ」
 リルはミツバチになって初めてほめてもらいました。それがすごくうれしくて、リルはまた飛び出していきました。
 リルは仲間のうちでも一番遠くまで出かけました。おかげでよい餌場をいくつも見つけることができました。甘いものに目がないリルには、ミツをさがす才能があったのでしょうか。みんなの前でダンスをするのは、とても誇らしいことでした。
 ビッキは、こわいものしらずのリルのこと心配していいました。
「あんたってほんと危なっかしんだから。いつもまわりに注意してなきゃダメよ」
 たしかに安全な巣の中に比べて、外は危険なことだらけです。ミツを集めにいったまま帰らなかった仲間も大勢いました。
 リルはある日、蜘蛛の巣にひっかかっているチョウを見ました。羽がからまって身動きができないのです。リルはチョウになるといっていたクラスメイトのことを思い出しましたが、それがそうなのか確かめることはできませんでした。
 ミツバチにはいろいろな敵がいます。熊もそうです。熊はハチミツを舐めにくるのですが、あの太い前足で巣をたたき壊すのです。
 厚い毛におおわれていますから、ミツバチの針なんてきかないのです。
「鼻の頭をねらったらいいのよ」とリルはいいました。
 
「そんなにうまくいくかしら」とビッキがいいました。
「うまくいくわ。わたし、いつも熊のぬいぐるみと一緒に寝ていたの。だから熊なんて全然こわくない」
「リルって、ときどき変なこというね」

 その日、リルはいつもよりずっとずっと遠くにでかけることにしました。ミツをさがすためではありません。
「たまには、自分の時間があったっていいと思うわ」
 ずっと働きづめだったんだから、一日くらいのんびりしてもバチはあたらないというのがリルの理屈です。この日の“遠足”のことはビッキには内緒でした。誘っても、くそまじめなビッキはそんなのダメというのに決まっています。
 絶好の遠足日和でした。夏の太陽が照りつけて、木の葉や水面を光らせます。草の海からはさまざまなにおいが立ちのぼります。その中には香ばしいミツのにおいも混じっていました。
 リルはすばらしい餌場をいくつも見つけましたが、それを知らせに巣に帰るわけにはいきません。ミツをたべておなかをいっぱいにするわけにもいきません。今日は一日働かないときめていたのです。
 リルがそろそろ帰ろうかなと思った頃には太陽はだいぶ西に傾いていました。
「いけない。遅くなっちゃうわ」
 リルはあわてて巣に向かいました。
 ところが、巣に近づくにつれ、いつもとようすが違うことに気づきました。途中、仲間のミツバチに出会わないのです。一匹や二匹知った顔に会わないわけがないのに。
「わたしの留守に、みんなどこかへ行ってしまったのかしら。まさか、そんなこと・・・」
 不安な気持ちは高まっていきました。巣のすぐそばにきても、まったく羽音が聞こえてきません。何だか異様な静けさでした。
「こ、これ・・・何」
 リルは思わず息をのみました。仲間たちはそこにいました。しかし動いてはいませんでした。そこには何千、いや何百匹の仲間の死がいがありました。そして仲間の死がいに包まれるようにして、その何倍も大きいスズメバチの死がいもありました。
 巣はぼろぼろで、見るも無惨でした。リルが遠足をしている間に、スズメバチに襲われたのです。かわいそうに、赤ん坊たちもサナギも巣から振り落とされていました。
「なんてこと!」
 怒りとかなしみがいっぺんにふきだし、体が熱くなりました。
「そうだ。ビッキ?ビッキはどこ?」
 リルは親友をさがしました。しかし積み重なった死がいの山の中にも、ビッキの姿を見つけることはできませんでした。
 そこへ一匹のミツバチがやってきました。
「ねぇ、そこのあんた。生き残りは早く集まりなさいよ」
「ビッキ・・・ビッキを知らない?」
「そんなの知らないわ。女王さまはちゃんと逃がれたんだから、それでいいじゃない」
「ビッキは、親友だったの」
「あ、そう。新居をつくるのに手が足りないんだからさ。早くきてよ」
「・・・わたし、行かない」
 そのミツバチはあきれたような顔をして、行ってしまいました。
 ビッキは逃げたりしない。きっと巣を守るため、女王さまを守るためにスズメバチと戦ったに違いないとリルは思いました。
「それなのに、わたしはのんきに遠足なんかしていたんだ。いざとなったら熊の鼻の頭にだって突撃してみせるなんて、偉そうなことをいってたくせに・・・」
 リルはビッキが話してくれたこと、ビッキのしてくれたことをひとつひとつ思い出していました。短い間だったけど、ビッキほど素敵な友だちはいませんでした。学校のクラスメイトの誰よりも気のあう友だちでした。
 リルはいつかビッキとさよならするときがきたら、自分はほんとは魔法学校の生徒で、夏休みの宿題のためにミツバチになったことを告げるつもりでした。でもそれはもうかないません。
「ビッキ、ごめんね」
 雨がふってきました。こぬかのような雨でした。
 リルはもう体をかくそうとはしませんでした。羽がべったりと濡れました。体がだんだん冷たくなるのがわかりました。
「おかしいわね、眠くなってきちゃった。わたし、またサナギになるのかしら・・・」

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