山田英生対談録

予防医学 〜病気にならないために〜

辨野 義己氏×山田 英生対談

健康のカギを握る腸内細菌

最近、テレビや新聞、本などで腸に関する健康法が次々紹介され、腸に関心を寄せる人が増えてきました。「善玉菌」、「悪玉菌」などの言葉が日常的に飛び交い、「善玉菌を増やすには何を食べたらよいか」などの会話も、よく聞かれます。こうした“腸ブーム”の中で、意外と知られていないのが、腸や腸内細菌に関する正確な知識や情報。特に大腸は多くの病気と関わる「病気の発生源」ともいわれ、その大腸をいかにコントロールするかが病気予防のカギを握るともいわれています。腸内細菌研究の第一人者で、理化学研究所イノベーション推進センター・特別招聘(しょうへい)研究員の辨野義己さん(66)と山田英生・山田養蜂場代表(57)が、腸の働きとメカニズム、腸内細菌と健康との関係などについて語り合いました。

小腸は、「免疫の司令塔」

山田

私たちの腸の中には、多くの細菌が棲(す)んでいます。その働きによって健康が維持されたり、また体調を崩すなど私たちの健康にとって「重要なカギを握っている」ともいわれています。これだけ健康との関連が注目されているのに、腸内細菌は肉眼で見えないため、一体どんなもので、どんな働きをするのかなど詳しいことはあまり知られていません。まず、私たちが食べたものは、どのような経過をたどって体内で消化・吸収され、便として排泄(はいせつ)されるのかを教えていただけますか?

辨野

人間の腸は、食道、胃に続く消化器の一つで、小腸と大腸に大別されます。小腸は長さ約6〜7m、広げるとテニスコート1面分くらいの表面積になり、胃に近いほうから十二指腸、空腸、回腸の3つの部分に分かれています。一方、大腸は長さ約1.5mで、入り口に近いほうから盲腸、上行結腸、横行結腸、下行結腸、S状結腸、直腸という6つの部分に分かれます。小腸、大腸とも筒状の長い臓器ですが、その働きはまったく違います。

山田

どう違うのですか。

辨野

口から入った食べ物は、食道から胃を抜けて小腸へ送り込まれますが、小腸には、消化酵素を出してそれを分解し、体の中に吸収する役目があります。それ以外にも、外部から侵入した病原菌やウイルスなどの異物を撃退する重要な免疫機能を持っています。白血球のリンパ球をはじめとする免疫担当細胞の6〜7割が小腸に集中している、ともいわれています。

山田

私たちがインフルエンザなどの感染症に罹るのを防いでいる免疫の大半が、腸に存在しているのですね。逆にいえば、風邪を引きやすくなったり、心身の疲れが取れにくいときは、小腸の働きが弱っている証拠ともいえますか。

辨野

そうです。小腸が「免疫の司令塔」といわれているのは、そのためなんですね。一方、小腸で消化・吸収されなかった食べカスが送り込まれるのが、大腸です。ここで食べカスから水分などを吸収し、便として肛門から排出されます。つまり、「大腸は便を作り、溜めておくのが主な仕事」といってもよいでしょう。

大腸は、「病気の発信源」

山田

それにしても、消化・吸収・免疫という重要な役割を持つ小腸と比べると、大腸は意外と単純な臓器のように思えますが。

辨野

おっしゃる通り、大腸はこれといって複雑なしくみがあるわけではなく、以前は重要度の低い臓器、と考えられていました。しかし、小腸は、食べた物の消化・吸収や免疫に関わる重要な臓器であり、小腸を取ってしまったら、私たちは生きていくことができなくなります。

山田

にもかかわらず、今大腸が重要な臓器として注目されているのは、なぜですか。

辨野

大腸の働きが、私たちの健康と深く関わっていることがわかってきたからでしょう。大腸の働きぶりがよいと「発酵」が、反対に悪いと「腐敗」という現象が起こります。どちらも腸内細菌による作用ですが、人体にとって有益なものが発酵、有害なものが腐敗と考えることもできます。腐敗が起きると、腐敗物質が腸壁を通して体の中に再吸収され、さまざまな病気を引き起こす原因にもなります。

山田

大腸は、臓器の中でも多くの病気と関係しており、「病気の発生源」ともいわれているのは、そのためなんですね。では、大腸内で発酵が起きるか、腐敗が起きるかを分けているものは、何ですか。

辨野

それは、大腸に棲む腸内細菌にほかなりません。私たちの大腸には、種類にして500〜1000種類以上、数にして600兆個から1000兆個の腸内細菌が棲み付いている、ともいわれています。重さにすると約1.5sにもなるそうです。

山田

それはすごい。まるで腸の中は、「小宇宙」のようですね。1.5sとすると、便の大部分は、腸内細菌だったんですね。ところで、どんな細菌が棲んでいるのですか。

辨野

大腸内に棲む腸内細菌の種類は、千差万別です。私たちの顔や指紋が一人ひとり違うように腸内細菌の構成も人それぞれ異なり、1000人いれば1000通りのパターンがある、といわれています。同じ人でも食べた物や体調などによって変わってきます。腸内細菌には学術的な分類ではありませんが、人間に有用な働きをする「善玉菌」と、有害な影響を与える「悪玉菌」、そして、機能がわかっていない菌で、勢力の強いほうになびく「日和見菌(ひよりみきん)」があります。こうした腸内細菌の構成比は、健康な人であれば善玉菌20%、悪玉菌10%、そして残りの70%が日和見菌、といわれています。その腸内細菌の構成比によって大腸内が発酵しやすくなったり、腐敗が起きたりするのです。

山田

よく「腸内環境がいい」とか「悪い」とかいいますが、ビフィズス菌のような善玉菌が多くて、悪玉菌が少ない状態を「腸内環境がいい」といい、逆に善玉菌が少なくて、悪玉菌が多い状態を「腸内環境が悪い」というわけですね。

日和見菌を味方につける

辨野

そういいますね。もっと端的にいえば、腸内細菌の中で、「発酵を促すのが善玉菌」、「腐敗を起こすのが悪玉菌」といってもよいでしょう。つまり、善玉菌の代表格である乳酸菌は、乳酸を作り、ビフィズ菌は酢酸や乳酸をつくって発酵させるのに対し、ウエルシュ菌などの悪玉菌は、タンパク質や脂肪を腐敗させて「アンモニア」や「インドール」、「硫化水素」などの有害物質をつくります。こうした有害物質が食中毒の原因になったり、発がん物質をつくったりして、いろいろな病気の原因になります。しかも、腸内で悪玉菌が優勢になると、免疫力が低下し、それだけ病気を引き起こしやすくなりますね。

山田

そうすると、体に悪さをする悪玉菌をできる限り減らし、体によい働きをする善玉菌を増やすのが、病気を防ぐカギとなるわけですね。

辨野

その通りです。そのためにも、強いほうになびく日和見菌をいかに善玉菌の味方につけるかがポイントになりますね。つまり、バランスのとれた食事や適度な運動など正しい生活習慣を続ける一方で、乳酸菌やビフィズス菌などを積極的に摂り入れる食生活が重要になってきます。その点、病気予防という意味では、私たちの体の中で、大腸が他の臓器に比べもっともコントロールしやすい器官といえますね。

山田

なるほど。大腸が単に食べカスから便をつくるだけでなく、ほかにも重要な働きがあることがよくわかりました。それにしても、1000兆個もの生きた腸内細菌が私たちの大腸内に棲みついていると聞くと、ちょっと気持ち悪いですね。健康に悪影響を及ぼすのではないか心配になります。

辨野

確かに細菌というと、「バイ菌」とか「病原菌」のイメージとダブって、あまりよい印象はないかも知れません。でも、腸内細菌が棲んでいるお陰で、私たちはその免疫の働きによって病気に罹りにくくなったり、ケガが治りやすくなるなど、健康が保たれているんですね。もともと、人間は母親の胎内にいるときは無菌状態で、自然分娩で生まれる場合、産道を通るときに母親から1000億個以上の細菌を受け継ぐ、といわれています。

山田

興味深い話ですね。だから、赤ちゃんは生まれてすぐに病気に対する抵抗力を身に付けるわけですね。

母から子どもへの贈り物

辨野

そうです。事実、フィンランドで母親と生後3か月の乳児90組の腸内細菌を調べたところ、75%の母子が共通のビフィズス菌を持っていた、との研究報告があります。「腸内細菌は母から子どもへの贈り物」といわれている所以(ゆえん)ですね。でも、赤ちゃんが母親から引き継ぐのは、何もビフィズス菌や乳酸菌などの善玉菌だけ、とは限りません。当然、悪玉菌や日和見菌も同じように引き継ぎます。ですから、子どもが悪玉菌を多く引き継げば、将来さまざまな病気を発症するリスクが高くなる、ともいわれています。

山田

お母さんの責任は重大ですね。

辨野

私たちは、自分だけで生きているように思っているかも知れませんが、そうではありません。人間の寿命までもが、腸内細菌によって影響を受けている可能性があります。もし、腸内細菌が私たちの体の中にいなかったら、どういうことになるでしょうか。マウスを使った動物実験では、腸内細菌がまったくいない無菌のマウスは、ふつうのマウスより1.5倍も長生きできる、との報告があります。

山田

今の日本人の平均寿命から考えると、無菌なら120歳ぐらいまで生きられることになりますね。

辨野

でも、無菌だと腸内細菌がつくる血液凝固作用のあるビタミンKがないため、ケガをしても治りにくく、仮に無菌の実験室では長生きできたとしても自然界では短命に終わるかもしれません。このように腸は、人間の寿命さえ左右する重要な臓器といえます。私たちが快適な人生を送るためには、その腸を健康にできるかが、重要なポイントになってきます。

山田

人間は、「細菌と共存し、細菌によって生かされている」といっても、過言ではないですね。

辨野 義己(べんの・よしみ)
(独)理化学研究所イノベーション推進センター辨野特別研究室・特別招聘研究員。酪農学園大学特任教授。農学博士。専門は腸内環境学、微生物分類学。1948年、大阪生まれ。東京農工大学大学院を経て同研究所に入所。2009年から現職。著書に「大便学」(朝日新聞出版)「大便通」(幻冬社)「整腸力」(かんき出版)「健腸生活のススメ」(日本経済新聞出版社)など多数。
辨野義己さん
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