ミツバチの童話と絵本のコンクール

きみは、もう独りじゃないんだ

受賞徳崎 進 様(青森県)

 ぼくは飛んで行くハチを見送りながら、ぼうっとしてしまった。
「な、何なの今のは」
「これがハチすくい」
「それは分かったけど、手は大丈夫?素手だろう。刺されなかった?」
「大丈夫さ。ハチを驚かせず、ふわりとやったからね」
「ふわり?」
「そう、ふわりだよ」
 悟くんはそういって、またハチをすくった。すぐに手のひらを開いて逃がしてやる。その様子を見ていると、とても簡単そうだった。
(ぼくにもできるだろうか?)
 でも素手でハチを捕まえるなんて……もし刺されたらどうしよう。想像するだけでも手が痛い。
 ぼくがそんなことを考えている間にも、悟くんは何回もハチすくいをやっていた。
「どうしてそんなことができるの?」
「慣れてるからね。おじさんにやり方を教わってから、もう大分経つし……。最初のころは、失敗したこともあったけど、今はそんなことないよ」
「おじさんって、ハチを捕まえるのが仕事なんだ」
「まさか」
 悟くんは笑った。
「おじさんは養蜂場に勤めてるんだ。養蜂場っていうのは、ハチを飼ってハチミツを採るところだよ。だからハチの扱いには慣れてるんだ」
 悟くんはそれから養蜂場を見学した時の話をしてくれた。ハチの巣箱から、ハチミツを採ってなめたりもしたという。
 悟くんはふと思いついたようにいった。
「ハチミツって何種類ぐらいあると思う?」
「ハチミツはハチミツだろう」
「たしかにハチミツはハチミツさ。でも何の花のミツかで、全然、風味はちがうんだ。レンゲや、アカシアのハチミツが一般的だけど、その他にもリンゴ、マロニエ、ミカン……いろいろあるんだ。どれも風味がちがってて、それぞれおいしいんだ」
 ぼくはいろいろなハチミツを想像して、舌なめずりしてしまった。いやしい話かもしれないけど、目の前にハチミツが沢山ならべられてるのを想像したら、誰だって舌なめずりくらいするだろう。

 悟くんはまた、ハチすくいをはじめた。ハチを捕まえては逃がすことを繰り返した。
 ぼくはその様子を見ているうちに、段々、ハチすくいをやってみたいという好奇心は薄れていった。
 ハチは懸命にミツを集めて生きているんだ。ハチすくいなんかして、いじめるのは可哀想だ。そう思うと、たまらない気持ちになった。
(止めた方がいいよ)
 その言葉が、のど元までせり上がってきた時だった。急に、悟くんが悲鳴をあげた。
「痛いっ」
「刺された?」
 ぼくはいった。
 でも悟くんはそれには答えず、その場に倒れてしまった。
(救急車を呼ばなくちゃ)
 ぼくはいつかテレビで見たことを思い出した。小さいハチに刺されただけでも死ぬことがあるという話だった。
 ぼくは慌てて駆け出そうとしたけど、その時になって、悟くんが声を上げて笑い出した。
「刺されたんじゃないの?」
「ごめん。冗談だよ」
 悟くんは悪びれずにそういって起き上がった。
「ひどいなあ。本気で驚いちゃったよ」
 ぼくはほっとして笑ったけど、何となくすっきりしなかった。

 公園でのことがきっかけで、悟くんとは学校でもよく話をするようになった。
 けれども、それから一月ほど経った日の昼休みのことだった。校庭から教室に戻ると、悟くんが泣いていた。
「どうしたの?」と声をかけてみたけれど、
「何でもない」と首を振るだけだった。
 他のクラスメイトにも尋ねてみたけれど、みんな「知らない」といった。
 ぼくは途方に暮れてしまった。いつも笑ってる悟くんが理由もなしに泣くなんて訳がわからない。

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