ミツバチの童話と絵本のコンクール

きみは、もう独りじゃないんだ

受賞徳崎 進 様(青森県)

 朝礼の始まる直前だった。
 日直当番の坂本くんが教室に飛び込んでくるなり叫んだ。
「転校生だ!転校生がくるぞ」
 とたんに教室中が沸き立ち、クラスのみんなは転校生の噂をはじめた。
 ぼくも、となりの席の子と転校生の話をした。転校生と聞くと、無性にわくわくしてしまう。転校生はどんな子だろう。
 教室中が大騒ぎになっているそこへ、担任の京子先生がやってきた。
「コラァー、みんな席に着きなさい。朝礼はじめるわよ」
 京子先生は若い女の先生だけど、こんな時には、すごい声を出す。みんな京子先生の迫力に圧倒されて、一瞬で静かになった。
「さあ、入りなさい」
 京子先生は廊下の方を向いて手招きした。
 それを合図にしたように、クラスのみんなは机の上に身を乗り出した。一秒でも早く転校生が見たかった。
 転校生は男の子だった。
「悟くん。さあ、自己紹介なさい」
 京子先生はそういって、転校生の肩にふれた。
 そのときだった。京子先生は軽くふれただけなのに、転校生はさも強く押されたように、その場にへなへなと尻餅をついてしまった。
 クラス中が、それを見てどよめいた。転校生がどうにかなってしまったのではないかと心配したんだ。
 でもちがった。
 転校生はその場に倒れたまま笑ってた。
??なーんだ。
 ふざけてるだけだったんだ。みんなそう思った。べつに何か起きればいいと思っていたわけじゃない。
 でも、何か起きたと思ったのに、勘違いだったと分かると、ほっとするより先に、「なーんだ」と思ってしまうことはあると思う。
 とにかく、みんな安心して、転校生といっしょになって笑ったんだ。
 笑ってないのは京子先生だけだった。
 京子先生は、
「悟くん、ちゃんと立って、あいさつしなさい」
といいながら、転校生を抱き起こした。

 でも、転校生は、京子先生が手を離すと、またすぐその場に、空気の抜けた風船みたいにへたり込んでしまった。
 そうして、
「はら、へったぁ」と情けない声を出した。
 今度は、京子先生も、みんなと一緒に笑った。
 こうして朝礼は終った。
 結局、自己紹介はなかったけれど、それでもクラスのみんなは、転校生がどんな子かはよくわかったのだった。

 日曜日だった。
 公園で、転校生の悟くんを見かけた。
 悟くんは花壇の前でしゃがみ込み、花の上でなにかをすくうような仕草をくりかえしていた。
 悟くんは転校してきた日以来、クラスの人気者になっていた。いつも面白い冗談をいって、みんなを笑わせた。
 僕は悟くんがうらやましかった。だって、みんなをあんなに笑わせることができたら、きっと楽しいにちがいないから。
 悟くんは前触れもなしに、おもむろに顔をあげた。はじめは、知らない人を見るような目でこちらを見ていたけれど、やがてぼくだと気付いたのか、
「やあ」といって手をふった。
「こんにちは。さっきから何してるの」
 ぼくはそういって、悟くんに近づいた。悟くんと二人だけで話すのは、これがはじめてだった。
 だからちょっと胸がどきどきしてしまったけど、できるだけ自然な調子になるようにがんばった。
 でも悟くんは、そんなぼくとはちがって、いつも通り、やわらかい笑みを浮かべていた。
「何してるって……ハチすくいだよ」
「ハチすくい?」
 ぼくは小首を傾げた。ハチすくいなんて聞いたのははじめてだった。
 すると悟くんは、
「今やってみせるから、よく見てて」といって、花壇の方に向き直った。
 少しすると、どこからかミツバチが飛んできた。花の間を飛び回り、ミツを集めている。悟くんは、そのミツバチが花に止まった瞬間、素早くすくい上げた。
「手応えあり」
 悟くんはふふふと笑って、ぼくの鼻先で、にぎっていたこぶしを開いた。
 手のひらに、ハチが一匹のっていた。ハチは自分の身に何が起きたのかわからないようで、その場でじっと動かないでいたが、やがて手のひらの上を、右へ左へ走りまわった後、どこへともなく飛び去った。

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