ミツバチの童話と絵本のコンクール

ちいさいくつ屋

受賞福尾 久美 様(滋賀県)

 ねこのくつ屋は、いちもくさんにかけだしました。かあさん、かあさんとさけびながら、ころがるように走ったのです。
 桜の木が、うすもも色にゆれていました。さわさわと、水の音がきこえていました。あと少し、もう少し??その時、ぶんぶんと風のうずまく音がして、ミツバチたちが、いっせいに空へ飛びました。
「必ずミツバチと一緒に帰ってきてくださいね。ミツバチがいっせいに空へ飛んだら、あなたもあとにつづいてください」
 女の子は、いいましたっけ。
「もう少し、あと少しだけ??」 ねこのくつ屋は、小さな岩をとびこえたのです。ほんのちょっと、だたんと、地面をけったのです。すると、
「ほうら、きれいに染まったわ」
 目の前で、女の子が笑っていました。机の上には、赤いコートがひろげてありました。
 ねこは、うるんだひとみをふいとふせて、
「ああ、帰ってきたんだね」
と、さみしそうに、つぶやいたのです。

「ほんとうにいいんだね」
と、ねこのくつ屋は、女の子にたずねました。
「大事なコートを切ってしまって、ほんとに後悔しないんだね」
「ええ、だって、春がやってくるんですもの。もうすぐコートはいらなくなるわ」
 女の子は、ほほえみました。それでねこは、コートにはさみを入れたのです。
 あたらしいくつをつくりながら、ねこは、胸がどきどきしました。くつ屋のだんなさんの大きな大きな手のぬくもりが、ふいとよみがえってきたのです。
 小さな小さなねこのくつ屋は、赤いリボンを首にまいて、やわらかいソファーの上で、まあるくなってねむっていました。
「赤は、やさしいいい色なのに、長い間、忘れていたよ」
 ねこのつくった赤いくつは、軽くて、じょうぶで、あたたかで、ほんのりレンゲのにおいがしました。
 まあたらしいくつをはいて、女の子は、まるで小さな踊り子みたいに、かろやかにかろやかに、何度もステップをふみました。
 くるくると回るたび、くつは、足にしっとりなじんで、女の子は、北の町まで、あっというまに飛んでいけそうな気がしたのです。

「もう行かなくちゃ。みんながわたしをまっているの」
と、女の子はいいました。
「くつがいたんだら、またおいで。どんなくつでもつくってあげるよ。あんたの好きな、赤いくつでも。今度はちゃんと、材料をそろえておくからね」
 女の子は、満足そうにうなずいて、
「ありがとう」
と、ほほえみました。そして、残った布を細く切ると、
「ああ、やっぱり。きっとにあうと思っていたの」
 すてきなくつのお礼にと、ねこの首に、赤いリボンをそっとむすんでくれたのです。
 ガラス扉をカラリとあけて、女の子は、店を出ていきました。
 しずまりかえった店の中で、ねこは、自分の姿をかがみにうつしてみたのです。
「うん、なかなかすてきじゃないか」
 赤いリボンは、つやつやとした黒い毛に、ほんとうによくにあっていました。
「赤い色は野原のレンゲ、黄色い色は山の菜の花、青い色は水辺のスミレ、むらさき色は森のアジサイ??か」
 女の子のまねをして、ねこのくつ屋はつぶやきました。すると、胸の奥が、どくんどくんと踊りだして、なんだかもう、じっとしてはいられません。
「あたらしい布を買いに行こう。糸やリボンもそろえなくちゃ。さあ、これからいそがしくなるぞ」
 コートを着て、ぼうしをかぶると、ねこのくつ屋はくちぶえなんかふきながら、町へ、とびだしていったのです。

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