健康食品、化粧品、はちみつ・自然食品の山田養蜂場。「ひとりの人の健康」のために大切な自然からの贈り物をお届けいたします。
「わたしにまかせてくださいな」
そういって女の子は、自分の着ていた白いコートを、机の上にひろげました。
「いったい何をするつもりだい?」
ねこのくつ屋は、おどろいてたずねました。すると女の子は、まっすぐにねこをみつめて、
「染めるんです」
と、いったのです。
ねこはあきれて、口をあんぐりとあけました。
「染めるだって? 大事なコートを染めるだって? まったく、あんたは正気かね。だいいち、布を一枚染めるのに、いったいどのくらいの時間がかかると思うんだい? かんたんにはできやしないよ」
「いいえ、かんたんなことですよ」
女の子はそういって、肩からさげたポシェットのくちを、のぞきこむように広げました。それから、歌うように、こういったのです。
「でておいで、でておいで、春の花が咲くよ。でておいで、でておいで、春の風、ゆれるよ」
すると、ぶんぶんと風のうずまく音がして、小さな丸いミツバチが、いっせいにとびだしてきたのです。
ねこのくつ屋は目を丸くして、肩をふるふるふるわせました。
ミツバチは、店の中をぐるりと回ると、女の子の白いコートに、すいこまれてゆきました。
「ちょっと、のぞいてみてください」
と、女の子は、ねこのくつ屋にいいました。ねこは、こくりとのどをならすと、エメラルド色にひかる目を、そっとコートに近づけたのです。そこには、広い広い花畑があって、いちめんに、赤い花が咲いているのでした。赤い花は、小さなあたまをゆらゆらゆらして、風におどっているようでした。
「ああ、あれは、レンゲの花だ」
ねこのくつ屋は、ぎょうてんしました。その横で、女の子は、くつくつとほほえんだのです。
「赤い色は野原のレンゲ、黄色い色は山の菜の花、青い色は水辺のスミレ、むらさき色は森のアジサイ、ミツバチたちは花を呼んで、どんな色にでも染めてくれます」
ねこは、ほーっと息をはくと、まばたきもせずに、もう夢中で、コートをみつめつづけました。
野原のレンゲはあふれるように、次々と花を咲かせます。昔??そう、ねこのくつ屋が、まだ子ねこだったころ、あんな場所で、かあさんねこと、いつも昼寝をしてましたっけ。
「ああ、この中に、はいれたらいいのに・・・」
思わず、ねこはつぶやきました。
「あんなところで昼寝をしたら、体のつかれもふきとぶだろうに」
女の子は、しばらく考えてから、ふんふんと小さくうなずきました。そして、
「それじゃあ少しだけ、このコートが赤い色に染まるまで、あそこへ行けるようにしてあげましょう。ただし、必ずミツバチと一緒に、帰ってきてくださいね。ミツバチがいっせいに空へ飛んだら、あなたもあとにつづいてください」
と、いったのです。
女の子は、ポシェットの中から、ぽってりとした、丸いビンをとりだしました。それから、ねこの鼻に、そっと右手を近づけたのです。あまいにおいにつつまれて、ねこは、自分の体が、どんどんと小さくなっていくような気がしました。そして、ふっと目をあけると、そこはもう、一面の花畑なのでした。
「おかあさん」
と、ねこのくつ屋は呼んでみました。少し先の花の中から、なつかしいかあさんねこが、ひょっこり姿をあらわすような気がしたのです。
見上げた空は、雲ひとつない、青でした。かあさんと別れたあの時も、空は、やっぱり青かったのです。
あの日、小さな小さなねこのくつ屋は、レンゲ畑のまん中で、すやすやと眠っていました。すると、
「おいで、おいで、おちびちゃん」
二本の腕がすっとのびてきて、ねこのくつ屋は、ぎゅっとだきしめられたのです。
「ああ、よかった、生きているね」
となりでねていたかあさんは、ねこのくつ屋がいくら呼んでも、目を覚ましはしませんでした。いつのまにか、すっかりやせて、毛がぬけて??あの時、かあさんは死んだんだと、ねこのくつ屋は、今はっきりと、知ったのです。
二本の腕が、小さな山をつくっていました。レンゲの花をたくさん集めて、そっと手をあわせていました。たしか、あれは、川のほとり、大きな桜の木の根もと??。