ミツバチの童話と絵本のコンクール

ちいさいくつ屋

受賞福尾 久美 様(滋賀県)

 ある町に、小さいくつ屋がありました。
 ビルの谷間の、ほんとに小さな店でした。ほそ長いガラス扉のすぐ横に、まあるいランプがたったひとつあるほかは、かんばんも、しゃれた飾り窓もありません。
 けれども、この店のくつは、これでなかなか評判がよかったのです。軽くて、やわらかくて、一度はいたら、また必ずこの店のくつがはきたくなるよと、そんなウワサが、ひそかに、ひそかに町に流れて、知らないあいだに、ひとり、またひとりと、お客がやってくるようになったのです。
 この店の主人はというと、一匹の、若い黒ねこでした。手先がきようで、どんな型の、どんなくつでも、ひとつひとつていねいに、手づくりで仕上げてくれるのです。
 世界にたった一足しかない自分のくつを手に入れた時、お客はみんな、こういいました。
「あんたは、ほんとうにたいした腕前をもっているねぇ」
 そうして、かがみの前で、まんぞくそうにひとしきりポーズを決めたあとで、必ずこう続けるのです。
「もう一足、あたらしいくつがほしくなったよ。今度は黒じゃなくて、もう少し明るい色のをお願いしたいね」
 するとねこは、つやつやと黒光りする自慢のしっぽをゆらんとゆらして、きっぱりとこう、答えました。
「くつをつくるなら黒がいちばん。他の色は、おことわりです」

 ある日、ねこのくつ屋に、女の子がひとりやってきました。
 長い間ふりつづいた冷たい雪がやっとあがった、冬の午後のことでした。
 女の子は、赤いほっぺをしていました。丸いポシェットを肩からさげて、ふわふわとした、白いコートをはおっていました。
「こんにちは」
 ほっほと息をととのえると、女の子は、少し早口にいいました。
「春のくつをさがしているの。軽くてあたたかい春のくつを、一足ください」
「春のくつ、ねぇ……」
 ああ、それならと、ねこのくつ屋は、奥の棚から、女の子の足にあいそうな、小さなくつをとりだしました。
 すると、女の子は目を丸くして、おどろいたようすでさけびました。
「まあ、黒いくつだなんて!」
「黒はとってもいい色ですよ」
 自慢のくつを並べながら、ねこは静かにほほえみました。それからつづけて、こんなふうにはなしたのです。

「あのね、おじょうさん、同じ黒でも、季節によって、みんな少しずつちがうんですよ。どっしりとした冬の黒、しっとりとした春の黒、糸の太さや織り方なんかが、ちゃんとくふうしてあるんです。ちょっと、さわってごらんなさい」
 そういわれて、女の子は、そっと手をのばしたのです。ほんとうかしらという顔をして、そっとふれてみたのです。
「まあ、おどろいた」
と、女の子はつぶやきました。けれど、まっすぐな目でねこをみつめて、こんなふうにつづけました。
「だけど││春なんだもの、黒じゃやっぱりさみしいわ。もっと明るい色でなきゃ。たとえば、そうね、おひさまみたいに、やさしい赤!」
「赤だって?」
 とんでもないと、ねこはため息をつきました。とげとげとした、つきささるようなあの色が、ねこはだいきらいだったのです。
「だったら、他の店へ行ってください」
 ねこは、むっとしていいました。
「赤いくつがほしければ、町のデパートへ行ってください。ここには、黒い色のくつしかおいていませんからね。あそこへ行けば、おじょうさんの気に入るくつが、きっとみつかるはずですよ」
「でもわたし、このお店のくつがほしいの」
と、女の子は、強い口調でいい返しました。
「たんぽぽのわた毛みたいに軽いってウワサ、きいたんですもの。あたらしいくつをつくるなら、ねこのくつ屋が一番だって、そういわれて、やっとここまで来たんですもの。おおいそぎで北の町まで行かなけりゃならないというのに、この雪でくつがいたんで、ずいぶん遅れてしまったわ。うんと軽いくつをはいて、走らなければいけないわ」
 女の子のくつは、たしかに、ひどくいたんでいるようでした。水をすって重そうで、かかとと丸いつま先は、今にもぱちんと、はじけてしまいそうでした。こんなくつでは、もうどれほども、歩くことはできないだろうと、ねこのくつ屋は思ったのです。それでも、
「だめだ、だめだ。ひきうけるわけにはいかないよ」
と、ねこのくつ屋は答えたのです。
「材料がないんだから、どうすることもできやしない」
「ああ、それなら」
と、女の子は、たんぽぽみたいにわらいました。

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