ミツバチの童話と絵本のコンクール

リュウの海

受賞さき あきら 様(京都府)

 とりあえず必要な荷物をまとめると、昌江は車に積んで、エンジンをかけた。
 助手席に洋介を乗せて、シートベルトをかけると、頭をぽんぽんとたたいて、笑いながら言った。
「お父ちゃんとの約束や」
「約束?」
「おばあちゃんが洋ちゃんをあずかるって言うたときに、お父ちゃん、こう言わはったんや。洋介の気持ちを大事にしてくれ。洋介がそっちに居たいのなら居させてやってくれ、でも・・・」
 昌江はアクセルをふんだ。
「でももし、洋介が帰りたいと言ったら、すぐに帰してくれ、て・・・」
 車ははるか遠い海を目指して走り出した。それは、洋介が一番居たい場所だった。

 いつの間にか眠っていた洋介が目を覚ますと、太陽が昇り始めていた。
 海が見えた。
 車は海沿いを走っている。
 もうすぐ父のいる場所だ。
 帰ったら、最初に何て言えばいいんだろう?
 洋介はぼんやり海面を見つめた。
 波は朝陽をはじいて、きらめいていた。
 その波間を、しぶきを上げて何かが飛び跳ねた。
 洋介は目をこらした。
 逆光でそれは影しか見えなかった。
「リュウ?」
 洋介は車の窓に顔をつけた。
 その影がリュウかどうかはわからない。
 けれど、洋介ははっきりと感じた。
 リュウは生きている。
 裂けた胸びれで力強く泳ぐリュウの姿が洋介の頭に浮かんだ。
 洋介は海に向かって言った。
「ただいま」

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