健康食品、化粧品、はちみつ・自然食品の山田養蜂場。「ひとりの人の健康」のために大切な自然からの贈り物をお届けいたします。
学校にちょっとした騒ぎが起こったのは、洋介が転校してきて、二ヶ月ほどたった頃だった。
放課後。ふとグラウンドを見ると、たくさんの子供が集まっている。子供たちは何かを取り囲むように円を描いていた。
好奇心を抑えきれずに洋介は走った。
「どうしたの?」
同級生のひとりに訊いてみた。
「たぬきや」
「たぬき?」
「たぶん裏山のたぬきや。校門の前でたぬきが車にひかれたんや。ほんでここまで来て倒れたんや」
洋介が人垣の前に出ると、そこに一匹のたぬきが倒れていた。
たぬきは誰かが近づこうとすると、威嚇するように首を上げて歯をむいた。そのたびに子供たちの輪が大きくゆらいだ。
洋介はその輪からひとり出て、たぬきにゆっくりと近づいていった。
自分でも不思議だった。
気がつけば、体がかってに動いていた。
「あぶないでっ」
同級生が洋介の背中に声をかけた。
子供たちはみんなぴくりとも動かずに洋介とたぬきの様子を見ている。
「だいじょうぶだよ、だいじょうぶだよ」
洋介は声を出しながら、たぬきに近づいて行く。
父はいつもそう声をかけながら、傷ついたり、病気の動物に近づいていた。
たぬきは逃げようとするが、動けない。脚が折れているようだった。
「だいじょうぶだよ」
洋介は父の姿を思い出しながら、さらに、ゆっくりとたぬきに近づいていった。
次の日、洋介は学校のちょっとしたヒーローになっていた。
てきぱきと指示を出し、同級生に持ってきてもらった包帯と添え木でたぬきの折れた脚を手当する洋介の姿は、ドラマの天才外科医のように子供たちの目にはうつった。
たぬきはケージに入れられて、校舎裏に置かれ、洋介がしばらく様子を見ることになった。
最初はぐったりとしたままだったたぬきは、翌日にはよろよろと立ち上がるようになった。
そうして何日かたったとき、洋介はあれを聞いた。
言葉としてはっきりと聞いたわけではなかった。しかし、それはケージの中からやってくるはっきりとした思いだった。
『帰りたい』
それは、痛いほどの思いだった。
「裏山へ帰りたいのか?」
たぬきは洋介が与えたエサを食べているだけで、二度とその声は聞こえてこなかった。
洋介はリュウと、それから父のことを思い出した。
父は聞いたのだ。
リュウの声を。リュウの思いを。
安心して生きられる場所、食べることに困らない場所、それは、かならずしもリュウが居たい場所ではなかった。
『帰りたい』と、リュウは望んだのだ。
洋介はケージの扉を開けて、たぬきに手を差し出して、言った。
「おいで、帰ろう」
「帰りたい」
洋介が昌江にそれを告げたのは、洋介がたぬきを山へ帰した日の夜だった。
「おばあちゃんのところにいたら、おいしいもんもたくさん食べれるし、ゲームかてなんぼでも買うてあげるで」
昌江の引きとめようとする言葉に、洋介は黙ったまま、両手のこぶしを握りしめて立っていた。
「なぁ、洋ちゃん」
昌江は洋介の肩を軽くゆすったが、洋介はそのままだった。
「ほんまに、もう」
昌江はすっと立ち上がると、ぴしゃりとふすまを閉めて奥の部屋へ入ってしまった。
おばあちゃんが怒ってもしかたない、と洋介は思った。いつもあんなに優しくしてくれたのに・・・ でも、ここがイヤなわけじゃない、この気持ちをどうやって伝えたらいいんだろう?
洋介は途方に暮れた。
しばらくすると、突然ふすまが開いて、厚めの化粧に派手な外出用の服に着替えた昌江が現れた。
「なにしてんの? 洋ちゃん、行くえ」
「え?」
昌江は洋介の顔に自分の顔を近づけて、にっこりと笑って言った。
「お父ちゃんとこ帰るんやろ? 早よ、支度しぃや」