ミツバチの童話と絵本のコンクール

ハルやベーカリーのお客さま

受賞もも 様(福岡県)

 さて、「ハルやベーカリー」のハルさんとつるへいさんが想像したとおりスズラン商店街の人たちになりすまして葉っぱのお金でハチミツパンを買いにやってくるのはお稲荷さんをおまつりしてある森に住んでいる若い狐でした。
 森にスズラン商店街から風にのっていろんなにおいがフワフワとやってきました。もうそれはおいしそうな、でもいったいなんのにおいなのか、若い狐にはわかりませんでした。それで、いつもお稲荷さんのおやしろの奥で一日中ねてばかりいる長老狐にきいてみました。
 自分でも何才になったのかわからないという全身がまっ白の長老狐はよっこらしょと体をおこしました。そして、鼻をヒクヒクと動かして、これは魚正鮮魚店にサンマが入ったなとか、三村精肉店のメンチカツが揚ったぞといいます。
 わしもおまえくらい若いころはな、町まで出かけてサンマもメンチカツもいただいたもんだ。長老狐は若い狐に自慢しました。
 どうやっていただいたんですか、教えて下さいと若い狐がいうと、それは奥の手を使うんじゃよといいました。
 奥の手、教えて下さいと若い狐は頼みました。
 長老狐は落ちていた柏の葉を一枚、まっ白な頭にのせて、ひい、ふう、みいといってでんぐり返りをやりました。すってんころりん。
「あいた、た、た」
 でんぐり返りは失敗です。
「年はとりたくないもんだな。つまりこうやって人間にちょいと化けてサンマやメンチカツをいただいたってわけなんじゃよ。
しかし若いの。いっとくが狐はあぶらげをいただいておればこうして長生きができる。人間が稲荷大明神に上げて下さるあぶらげが一番なんじゃよ」 なるほどと、ありがたい長老狐の話に若い狐はなっとくしておりました。
 でも、ある日のこと、風にのって「ハルやベーカリー」のパンの焼けるにおいが森にやってきました。それはそれは思わずゴックンとつばをのみこむほどおいしそうなにおいでした。

「あれはハルやベーカリーのつるへいさんが焼くパンだ。とにかくつるへいさん特製のハチミツパンはおいしいという評判だ」
 長老狐はあぶらげを食べながら若い狐に教えてくれました。
 若い狐は決心しました。そのハルやベーカリーのハチミツパンとやらをいただきにいこうと。それから毎日、人間に化ける特訓を始めました。葉っぱを頭にのせてでんぐり返りです。森にやってくる人間たちをこっそりかくれてじっくり観察しました。はじめはピョンと耳が残っていたり、シッポがうまくひっこまなかったり失敗つづきでしたが、そのうちにとうとう長老狐もびっくりするくらいうまく人間に化けられるようになりました。
 いよいよスズラン商店街にいく日がきました。日が暮れてあたりが暗くなるのを待って森を出発しました。
 スズラン商店街につくと、もうどの店もシャッターをおろしていました。でも、一軒だけ明りが外にもれている店がありました。そっとのぞいてみると、おじいさんとおばあさんがお茶をのみながらお話をしていました。
 お店のなかをみると棚があってそのなかに丸いのや三角のや長いものがならんでいました。そして狐の鼻にあの風にのってやってきたパンのにおいがしたのです。狐は思いました。この店はまちがいなく「ハルやベーカリー」だ。
 若い狐はさっそく人間に化けようと思いましたけど、だれも通ってくれません。しかたなくキョロキョロと歩いているとウインドが目に入りました。それはコイズミ写真館でした。ウインドの中に大勢の人がならんでいる写真がかざってありました。それは「スズラン商店街春の旅行記念」の写真でした。
「よし」
 若い狐はその中でも一番顔のでかい、まん中でそっくり返ってえらそうに写っている人間に化けることにしました。
 柏の葉っぱを頭にのせて、ひい、ふう、みい、えいっとでんぐり返りをやると写真の人間にすっかり変身成功です。耳よーし、シッポも大丈夫。若い狐はさっそく「ハルやベーカリー」のガラス戸を少しあけて、こんばんわと声をかけました。
「あら、魚正の大将、こんなに遅くなにかしら、背広にネクタイまでしちゃって」
 ハルさんがそういってお店に出てきました。若い狐は長老狐が話していたサンマの魚正鮮魚店の主人に化けていたのです。
「ハチミツパンを下さい」
 若い狐は少しそっくりかえっていってみました。
「めずらしいのね、魚正さんはパン嫌いだったんじゃなかったかしら」
 え、若い狐はあわてました。でも、ハルさんは紙袋に棚からハチミツパンをとり出していれるとはいと渡してくれました。
「ハチミツパン、これでおしまいだからおまけして百円ね」
 また、えっです。なんだ、百円だって、そんな聞いてなかった。
「あ、お財布忘れたの。じゃ今度ね」
 若い狐はハルさんが渡してくれたハチミツパンの紙袋をさっとつかむと表にとび出しました。
 若い狐は森に帰ると、さっそくハルさんのいった百円のことを長老狐にききました。
「それは人間がサンマやメンチカツを買うときに使うお金のことだ。しまった、それを教えてなかったな」
 長老狐は山椿のピカピカ光った葉っぱにプツプツと息をかけてピカピカのお札をつくってくれました。
「ま、これが一枚あればたいていのものは買えるじゃろう」
 若い狐は紙袋にハルさんが入れてくれたハチミツパンをたべました。ぷっくりと丸いハチミツパンを一口噛むと、トローリとしたハチミツが口の中に甘くいっぱいに広がって、若い狐はまるで夢のような幸せな気分になりました。
「どうじゃ、うまいじゃろう。しかし、狐はあぶらげが一番じゃよ」
 長老狐はあぶらげで晩酌をやりながらハチミツパンをたべている若い狐をみてそういうと大きなため息をつきました。

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