ミツバチの童話と絵本のコンクール

雨の日曜日

受賞内田 日十実 様(東京都)

 さおりはふっと、あまいにおいをかいだような気がしました。
 気のせいだよね、とさおりは辺りを見回します。台所のどこにもケーキなんてありませんし、窓はきっちり閉まっています。
 外は、雨足が強くなって、いつの間にやら大雨です。
「おかあさんたち、大丈夫かな」
 さおりは窓辺によりました。発表会が開かれているホールの近くの道は、ちょっとの雨でも水びたしになるのです。山がきりひらかれて宅地になり、水を保てる土がなくなっているせいだと聞きました。
 道路が水につかってしまえば、車で移動するのはむずかしくなります。
「帰ってくるの、おそくなるかもしれない」
 雨の日は、夜が早くやってきます。急に、家の中にひとりでいることが不安になりました。
「玄関の鍵、しめてあったかな」
 さおりは玄関に走りました。二つの鍵は、しっかりかかっていました。玄関では、ばらばらと、雨の音がいっそう大きく聞こえます。
 さおりは逃げるように、台所にもどりました。心細い思いをふりきるため、物語の続きを考えはじめます。
 こわがっている気持ちを忘れてしまえば、何もこわくなんかない、と思ったのです。
「砂糖草のハチミツは、ほんの少ししか取れません。商人たちも、とても高い値段をつけます。けれども……黒うさぎには……特別に安く売ってくれるのです」
 さおりは鼻をならしました。また、さっきの甘いにおいがしたのです。
「へんなの……黒うさぎはピアノが上手で、商人たちの好きな曲をいくらでも弾いてくれるからです。商人たちは昔にした取引で、すばらしいグランドピアノをもっていましたが、誰一人、演奏できるものはいませんでした。ですから……」
 気のせいではありません。間違いなく、甘いにおいがしています。
「黒うさぎは演奏と交換に、ハチミツを安く手に入れることが出来るのです……」
 チャイムが鳴りました。
 さおりはびっくりして、いすからほんの少しとびあがりました。
 おかあさんからは、誰が来ても出なくてもいいといわれています。
 二回目のチャイムが鳴りました。
 さおりは音を立てないよう立ちあがって、インターフォンのカメラを見にいきました。玄関に誰がいるのか、見ることができるのです。
「あっ」

 さおりは目を見張りました。
 そこに立っていたのは、うさぎでした。
「もしもし」
 おもわず、ボタンをおして答えました。
−−−もしもし。さおりさんのお宅ですか。
「はい」
−−−わたしはハチミツ屋の黒うさぎです。
「知ってるよ。ちょっと待ってて」
 さおりはもう一度、カメラをたしかめてから、玄関に向かいました。
「わあ、廊下も、あまいにおいがする」
 玄関を開けると、水のにおいと雨音が、さおりをいっぱいにつつみました。
「こんにちは」
 黒うさぎは頭をさげました。雨をよけるためのコートを着ています。顔からは水がしたたっていました。夜と同じくらい、真っ黒の毛並みでした。大きな黒い瞳が、まっすぐにさおりを見つめます。
「どうぞ」
 さおりは黒うさぎを家の中に案内しました。黒うさぎはぬれたコートを脱ぎ、くるくるっと丸めて、ポケットから取り出した袋にしまいました。「すぐに、帰りますので」
 黒うさぎは一言ことわってから、家にあがりました。黒うさぎの背は、さおりよりわずかに小さいようでした。もちろん、長い耳をのぞいてのことです。
 さおりと黒うさぎは、台所の机に向かい合って座りました。
「びっくりした。だって、おはなしをつくっていただけなのにーー」
 黒うさぎの見事な黒い毛並みの中で、やはり同じように真っ黒い瞳が、きらりと光りました。
「やっぱり!」
 黒うさぎは力強い声を出しました。
「あなたが〈おはなし屋〉だと聞きつけて、ここにやってきたのです」
「おはなし屋?」
「はい。ああ、これは砂糖草ですね!」
 黒うさぎはノートを手にとって、叫びました。その声は、なぜだか悲しそうでした。
「ああ、わたしのこともかいてある……それに、白うさぎのことも!」
 黒うさぎは、すんと鼻をならしました。

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