健康食品、化粧品、はちみつ・自然食品の山田養蜂場。「ひとりの人の健康」のために大切な自然からの贈り物をお届けいたします。
晩ご飯はいつも、四人でいっしょに食卓を囲む。わたしたちが引っ越してきてから、おじいちゃんは見違えるように、元気になった。
「かおり、元気ないじゃないか」
お父さんが、タオルで汗をふきながら木陰にやって来た。
「うん」
お父さんは、かおりのとなりに、どかっと腰を下ろす。かおりは、あいまいにうなずいた。
レンゲ畑の上を、ミツバチが忙しそうに行ったり来たりしている。
(レンゲ畑の回りには、他の花も咲いているのに、どうしてミツバチはみんなレンゲ畑に行くのかな?)
「ねえ、お父さん、どうして、ミツバチは、みんな迷わずにレンゲ畑に行くの?近くに、他の花もあるのに」
「そこが、ミツバチの頭のいいところさ」
お父さんは、目を細めて飛んでいるミツバチたちを見た。
ミツバチは薄いみつを巣に運んだ時、自分たちの羽で風を送り、水分を蒸発させて、こいみつを作る。
巣箱から遠い所に咲いている花は、ミツバチにとって、飛ぶ距離が長くなるので、ミツバチは疲れる。
ミツバチの仲間はおおぜいいるから、たくさん咲いている花のほうが、みつを集めやすい。
だから、ミツバチは巣箱から近い大きな花畑の、こいみつを集める習性がある。お父さんは、そんな話をかおりにしてくれた。
「でも、そんなにうまくいくのかな」
「そうだな。集団の中には、時々ひねくれ者がいるしな」
お父さんは、にやっとして、かおりを見る。かおりは、知らんぷりをした。
「ミツバチは、八の字のダンスを踊って、仲間にみつのある場所を、教えているんだよ」
「へえー、そうなの」
(ミツバチだって、お互いの気持ちが通じるのに、なんで人間のほうが通じないんだろう)
かおりは、また友美と広子のことを思い出した。さっきよりいつのまにか、木陰が前に伸びている。太陽が西に傾きかけていた。
それから二週間がたった。友美と広子の手紙はまだ、届かない。かおりが学校を出ると たまえが後ろから、追いかけて来た。
「いのけんの子ぶたね、けっこう大きくなったんだよ」
たまえは、身ぶり手ぶりで、子ぶたの様子を楽しそうに話す。
目がぱっちりとしていて、体はきれいなピンク色。しっぽを上向きにくるりと巻いている。寝ている時も、口をもぐもぐと動かしたり、しっぽを振ったりする。おまけに、子ぶたのくせに、大きないびきもかく。
「わたしも、子ぶた、見てみたい」
かおりがつぶやくと、たまえは「うん、うん」と何度もうなずいた。
「じゃ、いっしょにいのけんの家に行こう」
かおりとたまえは、レンゲ畑を通り越して、小さな川に沿って歩いて行く。川べりの道は、夕べ降った雨でぬかるんでいた。
「この川ね、もうじき蛍が飛ぶんだよ」
(そういえば小さいころ、おじいちゃんと見に来たことあったな)
川もは、やわらかな日差しを受けて、きらきらと光って見えた。
いのけんの家の門が見えてくる。同じクラスの山田君もいた。
「やましんも来てたの?」
たまえが、いのけんの家の庭をずんずん進む。やましんとは、山田しんじ君のことだ。これくらいのことは、かおりも分かってきた。
「こいつの名前、『あんこ』って言うんだ。甘いものに目がなくてさ」
いのけんは、金網の付いた小屋の中にいる子ぶたを見ながら言った。
「小さいくせに、おまえにそっくりのすっげえ、食いしんぼうなやつだよな」
「なにー」
やましんが言い終わらないうちに、いのけんは、やましんの肩にとびかかった。広い庭で二人はおっかけっこを始める。
「グッ、グッ、グッ」
あんこは、たまえとかおりを見比べて、大きな声を出した。小屋の中をうろうろ動き回っている。かおりでも、持ち上げられそうな大きさだ。
「あんこ、元気だった?大きくなったね」
たまえが言うと、あんこはぬれた鼻を金網にすり寄せてきた。まるで人間の言葉がわかるみたい。ピンク色の体はつやつやして、光っていた。
「生まれて、どのくらい?」
かおりが聞くと、やっともどって来た、いのけんが答える。
「こいつ、桜が満開の日に生まれたんだ。だから、まだ、三週間かな」
(そう、じゃ、わたしといっしょ。この町の新入りさんなのね)
かおりは急に、あんこに親しみを覚える。
「ねえ、あんこにさわってもいい?」
「いいよ。よーし。じゃ、始めるか」
いのけんは、そでをまくり上げて、やましんに合図を送る。やましんは、家の門を閉めて、門の前に仁王立ちになった。
たまえは、すばやく庭の右端に移動する。
(これから、何が始まるの?)
「小島さんは、あっち」
かおりは、言われるままに、たまえとはす向かいの庭の左端に立った。
「じゃ、用意はいいかい?五、四、三、二、一。行くぞー」
いのけんは、あんこのいる小屋のとびらをゆっくり開ける。
「グッ、グッ、グッ」
とたんに、あんこが小屋から飛び出して、たまえのいる方向に走り出した。たまえは、腰をかがめて、あんこを待ち構える。
あんこは、うれしそうに右にそれたり、左にそれたりして、なかなか真っ直ぐには、走らない。
たまえが腕を大きく広げて、あんこを呼んだ。あんこは、「グオー」と高い声で鳴いて、するりとたまえの腕をすりぬける。
あんこはくるりと向きを変え、やましんの方に向かって、走り出した。
「よーし。あんこ、来い」
やましんは、勇ましい声を張り上げたが、あっさりとあんこにかわされた。
「あんこ、待てー」
今度は、いのけんがあんこの後ろを追っかけている。あんこは、立ち止まってしっぽを振った。自分のことを追いかけてくれるのが、 楽しくてしょうがないみたいだ。でも、すばしっこいあんこをつかまえるのは、かなりむずかしかった。
「あんこー」
かおりは、大きな声であんこを呼んでみる。
(一度は、あんこにさわりたい)
「グッ、グッ、グッ」
あんこは、かおりに向かって走って来た。かおりは、中腰になって身構える。あんこのスピードがどんどん早くなる。あんこの足音と鳴き声がだんだん、近づいて来た。
あんこが、急に目の前にせまって来る。思わず、かおりは目をつぶった。次の瞬間、かおりはしりもちをついて、後ろに転がってしまった。
「あんこが、逃げたぞー」
いのけんとやましんが、ものすごい勢いで、かおりのわきを通りぬける。
あんこは、かおりにぶつかった拍子にかきねの間から、庭の外に飛び出した。
「小島さん、だいじょうぶ?」
たまえが、かおりに駆け寄って来た。
「うん」
「わたしたちも、あんこをつかまえよう」
かおりは、たまえに手をにぎられて、門の外に出る。