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ミツバチの童話と絵本のコンクール

桃色の海

受賞建内 若菜 様(大阪府)

 最近、お父さんとお母さんは、よく夜中に話し込んでいる。
「おじいちゃんの具合がよくなくて…」
「おじいちゃんの仕事をどうしよう…」
 夜中ふいに目が覚めると、二人の話し声がかおりの部屋まで、とぎれとぎれに聞こえてくる。
(おじいちゃん、いったい、どうしたんだろう?)
 おじいちゃんは、お母さんのお父さんで、田舎で一人暮らしをしている。今は少なくなった、養蜂の専業農家だ。
 かおりは、巣箱をトラックに載せて、町のあちらこちらの花畑を走っている、おじいちゃんの姿を思い浮かべる。
 おじいちゃんの町には、すんだ川が流れ、ミツバチが大好きな花畑や森がたくさん残っていた。
 かおりは、おじいちゃんの真っ白い髪の毛と日焼けした浅黒い顔を思い出す。深いしわの間から、いつもやさしい目がのぞいていた。
「かおり、おじいちゃんの具合が、あんまり良くないんだ。もう、年だしなあ。一人にしておくのは、心配だから、みんなでおじいちゃんの所に行こうと思うんだ」
「お父さんは会社をやめて、おじいちゃんの養蜂の仕事を、手伝うことになったの。かおりは、四年生で転校しなくちゃ、ならないんだけど」
 ある日かおりは、お父さんとお母さんからかわるがわる、そうつげられた。
(そういうことだったの。おじいちゃんは心配だけど、友だちと別れるのはぜったい、いや)
 かおりは、それから毎日、小さい子どもがだだをこねるように「わたしは行かない」と繰り返した。
 お母さんは、困ったような悲しそうな目でかおりを見る。でも、何も言わなかった。
「そろそろ、クラスの友だちに、引っ越すことを話したらどうかな」
 とうとうお父さんが、こんなことを言い出した。 
「きっと、気持ちの整理がつくと思うよ」
 お父さんは、かおりの肩をぽんとたたいた。
(お父さんは、どうして平気で、何年も勤めた会社をやめられるんだろう?)
 よく日、かおりは思い切って、仲のいい友美と広子に話す。
「うそー。かおちゃん、いなくなっちゃうの」
「やだ、やだ。別れたくないよ」
「でも、夏休みには会えるよね」
「ぜったい、手紙書くからね」
 友美と広子は、かおりの顔をのぞき込みながら、励ますように明るく言った。
 でも、かおりの気持ちは、前よりもどんよりと重たくなる。友だちに話しても、気持ちの整理なんか、つきそうにない。
 かおりの胸には、友だちとの別れがはっきりとせまってきて、なんだかよけいに苦しくなる。深い海の中で、必死にもがいているような気分だった。
 あれから友美と広子は、時々かおりの知らない話をする。来年から、二人とも塾に通うらしい。
「お母さんが行け、行けってうるさくて」
「うちのお母さん、塾のパンフレット、山ほど集めてきたよ」
 友美と広子は、おおげさに顔をしかめて、笑い合う。かおりは、たった一人取り残されたように感じた。

 四年生になって、かおりはおじいちゃんの住む町に転校する。新しい学校の周りは、一面のレンゲ畑が広がっていた。はるかかなたには、なだらかな山並みが連なっている。
 かおりは、学校の休み時間に三階の教室の窓から、よく外を見る。
(いいながめだなあ)
 真っ青な空から、春の光が降りそそぎ、町中に広がるレンゲ畑は、まるで桃色の海のように見えた。
 ときおり、気持ちのいい風が通りぬけると桃色の波がおこる。波は、どこまでも、どこまでもつながっていた。
(お父さんとおじいちゃんも、今どこかの桃色の海の上で、ミツバチといっしょに働いているのかな)
 かおりがレンゲ畑の上を、ひらひらと飛ぶモンシロチョウを、ながめていると、突然後ろから肩をつつかれた。
「わたし、水谷たまえ。縮めて、水玉。どう、覚えやすいでしょ」
 たまえは、人なつっこい笑顔で、話かけてきた。
 たまえは、くっくっとのどを鳴らして、くったくなく笑う。水玉のように丸い顔には、二つのかわいいえくぼがあった。
「今日学校の帰りに、いのけんの子ぶた見に行くの。いっしょに行かない?」
 たまえは、自分の鼻をちょっと上向きに持ち上げた。
「いのけんの子ぶたって?」
 かおりは、たまえのしぐさにつられて、笑いながら聞く。
「あっ、ごめん。いのけんって、井上けんたのこと。いのけんの家に、かわいい子ぶたがいるんだよ。それが、すばしっこくてね。なかなか、つかまえられないの」
 たまえは、教室の後ろでプロレスごっこをしている、ぼうず頭の男の子を指さした。
(子ぶたなんて、見たことない。ちょっと、さわってみたいな)
「ごめん。今日、用事があるから」
とっさにかおりは、たまえにそう言ってしまった。
 かおりは授業が終ると、一人で校門を出る。一目散に家に向かった。
 レンゲ畑に沿ってしばらく歩いていると、ランドセルを背負った背中が、汗でじんわりとしめってくる。鳥の群れが一団となって、かおりの頭上を通り過ぎた。
 赤いかわら屋根の家を通り越して、菜の花畑を横切ると、かおりの家が見えてきた。
 かおりは、門の所にあるポストを開ける前に、一瞬目を閉じる。
(今日は、来ていますように)
 ポストの中は、空っぽだった。
(友美も広子もぜったい、手紙書くって言ったのに、なんで手紙がこないんだろう)
「ただいま」
 家の中は、がらんとしている。かおりが帰ってくると、いつもはすぐに出て来る、お母さんの姿がない。
「レンゲ畑にいます」
 台所のテーブルには、お母さんの字で書かれた置き手紙がある。かおりは、ランドセルを下ろすと、外に飛び出した。
 春は、養蜂の仕事が忙しい季節だ。冬の間、巣箱の中で、寒さにじっとたえていたミツバチたちが、春になると元気に動き出す。
 レンゲの花が咲くと、ミツバチたちが集めたはちみつを、巣箱から取り出す仕事がいよいよ始まる。
「かおり、ここだよ」
 お父さんがレンゲ畑の向こうから、大きく手を振った。腰をかがめて働いているおじいちゃんとお母さんの姿も見える。
「おかえり」
 立ち上がって、お母さんが近づいてきた。ハチよけネットをかぶったおじいちゃんが、右手を上げて合図する。
「もう、ちょっとで終るから。かおり、あそこの木の下で待っていて」
 かおりは、少し離れた木陰に座って、働いている三人をながめる。お父さんとお母さんは、大きな麦わら帽子をかぶって、巣箱の回りの雑草を刈っていた。
 二人とも、すっかり日焼けして、生き生きしている。特にお父さんは、ミツバチといっしょに働いているのが、すごく楽しそう。会社勤めをしていた頃のお父さんとは、まるで別人みたいだ。

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