健康食品、化粧品、はちみつ・自然食品の山田養蜂場。「ひとりの人の健康」のために大切な自然からの贈り物をお届けいたします。
山崎雅弘は思ったよりすぐに来た。
こうしてみると、お母さんに似ている。僕の顔を覚えていてくれたのは、ラッキーだった。
「あ、森村じゃん。あと、そっちはたしか五組の…」
「波多野純です。お母さんには、うちの店によく来てもらっていて」
そう、純があいさつすると、雅弘は感心したような顔で店を見回した。
「こんな店が近くにあったんだ。母さん、教えてくれればよかったのに」
「そういえば雅弘も、ミツバチ好きだったものね」
「えっ、そうなの」
僕が思わず体をのりだすと雅弘は笑って、
「そんなに食いつくほどの話じゃないよ。
小六のときに、夏休みの子供体験で養蜂場に行ったことがあるんだ。ミツバチの巣箱をみたり、午後はミツロウでキャンドル作りもしたな。蜂は少しこわかったけど、楽しかった」
「その時、知り合いの女の子、一緒じゃなかった?」
そう純が聞くと、雅弘は驚いたような顔になった。
「うん。偶然一緒になっただけだけど、その時同じクラスだった、川原美衣、って子がいた。でもなんで?」
僕と純は顔を見合わせた。純がうなずいたので、僕はおずおずと言いだした。
「そのことについて、僕から話さなきゃならないことがあるんだ…」
話を聞き終わると、山崎雅弘はちょっと照れた顔になった。でもすぐに、なんだかしみじみした表情になって、僕と純に言った。
「どおりでね…。
川原って子は、三月で引っ越したんだよ。で、その前からよく、母さんの本が好きだ、って言ってたんだけど、引っ越しの前、ぼくに、母さんの新しい本読んだか、って聞いてきたんだ。
読んでないって言うと、面白いから絶対読め、って言う。町の図書館の地域の作家のコーナーに入ってるから、って。あんまり何度も言うから、ちょっと変だな、と思っていたんだけど」
「でも、読まなかったんだ」
僕がそう言うと雅弘は笑った。
「何か母さんの本読むのって、恥ずかしいんだよね。母さんも嫌がるしさ」
振り返ると、息子そっくりの照れた表情で、ちさとさんも笑った。
「もちろん、そんな恥ずかしいものを書いているつもりはないのよ。自分なりに精一杯書いているつもりなんだけど、なんだか自分の子供に見られるのは恥ずかしいの。おかしなものね。親子そろって照れ屋なのかな。
あ、でも心配しないでね。手紙の返事、一度はちゃんと、書かせますから」
ちさとさんにそう言われて、雅弘の顔は赤くなった。でもうつむきながらもいい表情で笑って、言った。
「うん。書くよ。川原以上にヒマなやつがいたことは、とりあえず内緒にしとくけどね」
「めでたしめでたし」
外に出て、山崎親子を見送ったあとそう言うと、振り返って純がにらんだ。
「気楽なこと言って。もう少しで凉太君のせいで大迷惑になるところだったんだから」
こわい。僕は首をすくめた。
「ごめん。ほんとにごめん」
まだ怒っているかな、と目をあげると、もういつもの純の笑顔だった。ほっとした。
ほっとしたところで、ふいに思い付いた。
「そう言えば、あのミツバチのイラスト、次へ、の意味の矢印のかわりだと思ってたんだけど、ちゃんと理由があったんだね」
僕がそう言うと、純はちょっと考え込む顔になった。
「うん。そうだと思うけど、サインのかわりでもあるのかなって」
「サイン?」
「うん。川原さんの名前は、美衣、でしょ。美しいに衣って書く」
「そう言ってたね」
「他の読み方もするでしょ」
「他のって言うと?」
「びい。ミツバチも英語でビー、っていうじゃない」
「何だよ、ダジャレじゃん!」
僕が少しムッとして言うと、純は声をたてて笑った。
「凉太君てほんと、ダジャレに厳しいよね」
のほほん、とした純の笑顔に、結局僕も吹き出してしまった。
いつの間にか雨はやんで、空には小さな星が出ていた。