ミツバチの童話と絵本のコンクール

みつばち・クエスト

受賞水凪 紅美子 様(群馬県)

 純に言ったことは、半分は本当だった。
 雨続きだから美術部も、五月恒例の校外スケッチにも行けない。読書はもともと好きだ。
 でも一番の理由は、作家さんのお気に入りのコーヒーを飲んで、その人の作品まで何だか読みたくなったことだった。僕はちょっとその気になりやすいところがある。
 町の図書館には、一階に地域の本の棚があって、その中にこの県出身の作家コーナーがある。
 去年の終わりに出たばかりの新刊、『ゆうぐれ島の秘密』を見つけて、僕はうれしくなった。
 目次を見たり、あとがきをのぞいたりしていると、ふと、何かがページの間にはさまっているのに気付いた。
 四つ折りにした紙だった。開いてみると、たった一行、
『二階のトイレの右隣の棚、一番左下の本を見よ』
と書いてあった。それと、なぜかすみっこに、飛んでいる小さなミツバチのイラスト。
 後から思うとヒマな話なんだけど、僕はなんだか面白くなり、指示通りに二階に行った。
 そこは旅の本の棚で、左下隅っこの本は、
『マン島レース』という本だった。
 ぱらぱらとページをめくると、また紙がはさまっている。ミツバチの絵が描かれているのも同じだ。今度は、
『実用書の棚、右下角』
ってある。
 いよいよ、面白くなってきてしまった。なんだかクエスト、日本語にすると探索、とかいうのかな、そういうタイプのゲームをしてる気分だった。そういえばミツバチもなんだか旅の仲間みたい。
 ミツバチと一緒に飛んでいる気分になって、指示されたところに行くと、今度は『最新版、役立つ資格』の本。堅い題。たぶん本自体には意味はないんだろうな、と思った。もう紙を探すのも早くなって、すぐに開くと、
『趣味の本の棚、下から二段目、右角』
 すぐそこへ行くと、トランプの本らしい
『ひとり遊び、占い』という本に、
『地理の本の棚、上から三段目、左角』
という紙がはさんであった。
 連休明けの、雨の日の図書館は静かで、あんまり人もいなかったけど、もし見ている人がいたら、僕は相当変だったと思う。
 でも気にならないくらい僕は夢中だった。僕は四匹目のミツバチに案内されて、地理の本のコーナーにいった。
 『ロシア紀行』という本の間に、やっぱり紙がはさまっている。けど、今度書かれていた言葉は、今までとちょっと違っていた。
『図書館の裏庭の、イチョウの木の根元を掘ること』
 いよいよクライマックスだな、と思った。

 ありがたいことにその頃には雨も小降りになっていて、土は濡れているせいでかえって掘りやすい。
 ものの数分も掘ると、ビニールの袋にはいった、きれいな模様のある小さな四角い缶ケースが出てきた。
 缶の蓋をカチリと開けた。そこにも四つ折りにした、小さな紙が入っている。僕はわくわくしながらそれをひらいた。
 そこにはこうあった。
 『ずっと、好きでした。連絡を下さい』
 その時の僕の気持ち!
 一言で言うなら、しまった、だった。
 かなりのショック。
 これはただのゲームじゃなかったんだ。誰かが誰かに向けた、真剣なラブレター。
 もちろん、僕にあてたものじゃない。なのに僕は、勝手に先回りをして、大切な手紙を本当の相手より前に、見てしまったんだ。
 とんでもないことをしてしまった。僕はそう思って、がっかりしてうなだれた。

 「ほんとうに、とんでもないよ」
僕の話を聞き終わるなり、純はそう言った。
 純は普段は女子にはめずらしく、のほほんとして怒るってことのないタイプなんだけど、今はめずらしく怒っていた。そしてよく言われることだけど、普段怒らない人が怒ると本当にこわい。
 僕は首をすくめて、
「どうしたらいいかなあ」
と言った。かなり情けなかったと思う。
「どうしたらいいかって、手紙を書いた子に連絡するしかないでしょう。手紙の最後に、住所と携帯のアドレス、書いてあったんでしょ」
「あったけどさぁ。先にラブレター読んじゃったこと、ばれたらやばいよ」
「何を今更言ってるのかな、凉太君は。そもそも君がひまなまねするのが悪いんでしょ」
純の声までがとがってきたので、僕はいよいよ小さくなった。
 けれどふと、純は考え込む顔になって、
「でもまあ、相手の女の子も、先に手紙を読まれたこと知ったら、ショックかもね…」
そうだろ、と言いかけて、僕はあれっと思った。
「何で女の子が書いたと分かるわけ?名前書いてなかったのに。
 まあ、こんなことするのは女の子っぽいし、ミツバチも可愛く描いてたけど」
「うん、それもある。でも凝ったことする子だから、選んだ本にも意味があるのかなって。たぶんあまり人が借りない、地味な本を選んだんだと思うけど、相手の男の子の名前をおり込んだのかな、とも思って」
「相手の名前?」
「うん。最初のミステリーをのぞくと、『マン島レース』『最新版、役立つ資格』『ひとり遊び、占い』『ロシア紀行』でしょ。最初の文字を拾ってくと、ま、さ、ひ、ろ、になる。もちろん、偶然かもしれないけど」
 まさひろ、と言われて、何となく、どこかで聞いたな、と思った。
 しばらく考えて、あれっと思った。
「今日一度めに店に来たとき、常連さんの息子がウチのクラスにいるって言ったよね」
「うん。そういえば」
「その子、山崎雅弘、っていうんだ」
「えっ!」
 思いがけなく大きい声が部屋の奥からひびいた。
 もちろん、叫んだのは純じゃない。僕らはびっくりして、声の方を振り返った。
 僕らと同じくらい驚いた顔をした、山崎ちさとさんがそこにいた。
 僕と目が合うと照れたような笑顔になって、
「ごめんなさい、話聞いてたの。面白かったから、帰りもしないで。私も暇だよね。
 どうなるんだろう、と思ってたらいきなり自分ちの子供の名前が出たから、びっくりしちゃってつい、声が出ちゃった」
と言った。
「あの…」
僕が言いかけるとちさとさんは、聞かなくても分かる、と言う顔になって携帯を取り出した。
「息子を呼んでほしい、っていうんでしょ。でも本当にうちの子あてかな。なんだか私も、どきどきしてきた」

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