ミツバチの童話と絵本のコンクール

地図屋

受賞野村 真由美 様(東京都)

「ああっ」
声を上げたのは木村さんです。たくさんのショベルカーやブルドーザーが、切り倒された木を運び、地面を掘り返していました。土は黒々として、いいにおいがしていました。
「この雑木林をなくしてしまうなんて」
木村さんの目は涙でいっぱいでした。
「ここは、いつ来ても気持ちのいい場所だったのに。わたし、ここだけは木村地図屋さんの地図がなくても、何度でも来られたわ」
「そうだね、ぼくもこの林にはよく来たよ。春も夏も秋も冬も。それにしても、この黒い土のいいにおい。カブトムシやセミの幼虫はどうしたろう?」
「わたしたちだって、ここがなくなると、ゆっくり休めるところがなくなるのよ」
「鳥はどうしたろう?夜、眠る家がなくなってしまって」
「ねぇ、地図屋さん、人間はどうしていろんなものをこわしてしまうの?」
「たぶん、何が一番大切なのか、忘れてしまうんだよ。ぼくも人間だから、君たちにあやまらなければいけないね」
「でも、地図屋さんがこわしたわけじゃないでしょう。わたしたちは、もっと花が咲いているところを新しくさがすわ」
「ぼくは、何ができるたろうか」
「地図屋さんは、この町がどんどん変わっていく様子を、地図の記録に残したらどうかしら」
「記録するだけでは、変わっていくのは止められないよ」
「地図屋さんと同じように考えている人間も、きっといるはずよ。その人たちといっしょに、町が変わっていくのを止めるようにするためにも、地図屋さんには、この町の地図を作っていてほしいの」
「わかったよ。それに、方向音痴のミツバチのためにもね」
「そう、でも、もうわたしは方向音痴のミツバチじゃないわ。それじゃ、そろそろ巣に帰ります。その地図、返してください。それじゃ、さようなら」
ビーは、木村さんから地図を受け取ると、地図で方向を確認してから、いきおいよく飛んで行ってしまいました。
木村さんは、ビーが飛んで行った方向をしばらくながめていました。それから、ため息をひとつつくと、リュックサックからノートを取り出すと、雑木林の地図の上に赤鉛筆でしるしをつけました。

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