山田英生対談録

予防医学 〜病気にならないために〜

渡邊 昌氏×山田 英生対談

「がん」は生活習慣病

寿命延びて、がん増える

山田

がんに罹る人が増えてきました。毎年60万人以上の方ががんに罹り、治療中の人は、全国で152万人に上るとも言われています。昨年は、治療の甲斐もなく年間30万人以上が亡くなられた、と聞きました(厚労省・人口動態統計、患者調査など)。がんは誰でも罹りうる身近な病気であり、がんを抱えながら多くの人たちが暮らしています。それにしても、なぜ、がんはこんなに増えているのでしょうか。

渡邊

日本人の平均寿命が延びて、長生きする人が増えてきたことが一番大きな理由でしょう。がんは、一般的に年齢の倍数の4乗に比例して発症する、と言われています。例えば、30歳の人が60歳になると、年齢は2倍ですが、がんが発症する確率は、(2の4乗で)16倍と一気に高まります。

山田

だから高齢になると、がん患者が増えるのですね。医学が発達して生活も豊かになり、日本人が長生きできるようになった分、がんにも罹りやすくなったといえるのでしょう。なぜ、がんに罹るのですか。

渡邊

がんは、複数の遺伝子の異常(変異)が積み重なってできる病気です。私たちの体は約60兆個の細胞からできており、細胞分裂を繰り返しながら古い細胞と新しい細胞が入れ替わっています。その過程で発がん性物質や活性酸素、ウイルスなどによって遺伝子の本体であるDNAに傷がつき、これがきっかけとなって、がん細胞が次々に増殖し、がんになるのです。

山田

遺伝子のコピーミスが、がんの原因の一つであるというわけですね。

渡邊

そうです。人間の体には約2万2千個の遺伝子がありますが、この中にはがん遺伝子とがん抑制遺伝子がそれぞれ数十個ある、と言われています。がん遺伝子は、車でいえばアクセルのようなもので、普段はがん細胞を増やす働きをしています。これに対しがん抑制遺伝子は、車のブレーキのような役目を果たし、がん細胞の増殖を抑え、他の細胞に分化させる働きをしています。でもアクセルにしろ、ブレーキにしろ、部品が壊れると車のスピードを上げたり、ストップさせたりする本来の働きができなくなってしまうでしょう。それと同じように発がん性物質などによって遺伝子の傷が5つくらい積み重なると、細胞が暴走し始め、悪性のがん細胞に変わっていくのです。

大事な思春期の過し方

山田

でも、がんはある日突然、発症するわけではなく、長い年月をかけて現れると聞きました。

渡邊

その通りです。がんは、3つの段階を経ながら悪性化への道をたどっていきます。第1段階は、正常な遺伝子に異常が生じる「イニシエーション」(開始期)。第2段階は、発がん性の化学物質などが働いてがん細胞の芽となる細胞が分裂し、成長して行く「プロモーション」(促進期)。そして第3段階が、がん細胞が増殖して広がり、リンパ管や血管を通して転移する「プログレッション」(進展期)です。こうした段階をたどりながら、しだいに悪化していきます。ですから、がんは、ある日突然発症するわけではなく、イニシエーションから臨床的ながんと診断されるまで20〜30年ぐらいかかる、と最近では考えられるようになってきました。60歳を過ぎる頃から、がんになりやすいのも、そのためです。

山田

だから加齢とともに、高齢者ががんに罹りやすくなるわけですね。そうは言っても、30代、40代の働き盛りでがんを発症する人も、時々います。なぜですか。

渡邊

私たちの体で細胞分裂が一番盛んなのは、生まれてからの1年間と、心身ともに子供から大人に変わっていく思春期です。細胞分裂で細胞がどんどん増えればその分、細胞の遺伝子に異常が起こりやすく、多くのがんは思春期にその芽ができると考えてもよいでしょう。この大切な時期に、例えばタバコを吸ったり、過度にお酒を飲むなど発がん性物質を多く取り込む生活を積み重ねれば、がん化しやすい条件を自ら作り出しているのも同然です。その後も、遺伝子の故障を促すような生活を続けていれば、がん化の階段は急傾斜になり、本来なら60歳くらいで罹るがんでも、働き盛りの40歳代で発症することにもなりかねません。

生活習慣病の一つに

山田

よく、「うちはがん家系だから心配だ」とか「両親や兄弟、親戚にもがんになった人はいないから安心だ」とか、そんな声をよく耳にしますが、実際にがんは遺伝と関係あるのでしょうか。

渡邊

がんの種類によっては、まったくないとは言えません。例えば、乳がんになった人に聞くと、「母親や姉妹、叔母さんも乳がんだった」と言う人もいますが、乳がん全体からみれば、5%程度にすぎません。やはり、がんは生活習慣の影響が大きいと言ってもよいでしょう。

山田

そうしますと、がんは、けっして原因不明の病ではなく、日常生活と密接なつながりのある生活習慣病の一つと言えるわけですね。

渡邊

日頃のライフスタイルしだいで、予防できる代表的な生活習慣病の一つと言ってよいと思います。世界的な疫学者として知られる英国のリチャード・ドール博士とピートー博士が、米国の国立衛生研究所の依頼を受けて1981年にがんの発生原因を調べています。それによると、がんの原因は食生活が35%、タバコが30%、残りが感染症、アルコールなどとなっており、がんの原因の実に70%が食生活、喫煙、お酒など日頃の生活習慣と深く関わっていることがわかりました。この調査結果を著した論文が紹介されて以来、がんは生活習慣病の一つであることが世界的に定着し、以後、国を挙げて喫煙対策に取り組んできた米国や英国では男性の肺がんは、減り続けているのに対し、十分な喫煙対策を取ってこなかった日本では、肺がんによる死者が、年間約6万人にも達し、がんによる死亡者数のトップになっています。

山田

日本でも2006年に、がんによる死者の減少を目指した「がん対策基本法」が成立し、国を挙げてがん対策に取り組むことになりました。遅きに失した感もあり、まだ欧米に比べかなりの遅れを取っていると言わざるを得ませんが、それでもやっと国が重い腰を上げたわけで、これからの取り組みに大いに期待したいものです。肺がんのほかに、最近はどんながんが増えているのですか。

高脂肪食の摂取が原因

渡邊

食物繊維に富んだ食事で、健康な生活を心がけましょう!

何と言っても、女性の乳がんと男性の前立腺がん、大腸がんでしょうね。いずれも欧米に多いがんですが、肉類など動物性脂肪を多く摂るようになった一方で、野菜や海藻類など食物繊維に富む食べ物を摂らなくなったことも原因の一つと言ってもよいでしょう。食生活の欧米化に伴って、罹りやすいがんの傾向も欧米型になってきたと言えますね。特に乳がんは、子どものころから高脂肪の食事で、女性ホルモンの分泌が増えたことも影響しています。特に最近は、閉経前の40歳代で乳がんになる人が増えてきました。前立腺がんになる人も以前は米国に比べ圧倒的に少なかったのですが、今ではほとんど変わりません。大豆を食べなくなったことが大きい、とも言われています。

山田

がんといえば、昔から日本では胃がんが最も多く、代表的ながんでした。その胃がんが最近、減ってきたらしいですね。塩分の摂りすぎは、胃がんに罹りやすいとも言われていますが、1960年代以降、家庭で広く普及してきた冷蔵庫が一役買っていると聞きました。冷蔵庫が普及する前は、塩漬けにして保存していた魚や肉、野菜なども冷蔵庫が普及してからはその必要もなくなり、塩分の摂取量が減ったことも一因でしょうか?

渡邊

確かに冷蔵庫の影響はあるでしょうね。米国でも100年ぐらい前は、胃がんが非常に多かったのですが、冷蔵庫が登場してからは一気に減りました。しかし、それ以上に、1955年ごろから始まった脳卒中を防ぐための減塩食の勧めと胃がん検診の普及が奏功したといえるでしょう。女性の子宮頚がんも減ってきたがんの一つで、内風呂やシャワーの普及で衛生状態が改善した点も見逃せません。

予防には、まず禁煙を

山田

以前なら、がんは、いったん罹ると、すぐに死を覚悟しなければならない怖い病気というイメージがありました。最近では、がんの種類、がんのできた部位にもよりますが、一般的には早期発見、早期治療をすれば、かなりの確率で治るとも言われています。大いに希望が持てると考えてもよろしいのでしょうか。

渡邊

おっしゃる通り、早期がんであれば、治る確率は高くなってきました。しかし、その一方で、約半数の人が亡くなられているのも厳然たる事実です。特に治療成績がよく、治りやすいとも言われる乳がんや胃がんでも、他の器官や臓器への転移や浸潤がみられる進行がんは、回復の見込みが厳しい難治がんと言わざるを得ません。がんを未然に防ぐには、がんになりやすい生活習慣をまず改めること。例えばタバコをやめ、正しい食生活に加え、適度な運動と休養を十分とるなど健康を保つ生活習慣を心がければ、がん化の階段の踊り場は一段一段長くなって、それだけがんに罹りにくくなるのです。そのためにも、がんに罹りやすい原因を取り除くことから始めることが大事です。

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