山田英生対談録

予防医学 〜病気にならないために〜

竹熊 宜孝氏×山田 英生対談

いのちがつながる場所、農業へ帰ろう。

難問山積の日本農業

農を失い食失えば命失う。
山田

いのちを支える食、その食を生み出す日本の農業が今、ピンチに立たされています。担い手の約7割が65歳以上といわれ、耕作放棄地も埼玉県の面積に匹敵するまでに広がっています。08年の食料自給率は先進国最低の41%。これでは将来、日本が食料危機に見舞われても、食料確保は難しいのではないでしょうか。

竹熊

酪農関係も厳しいですよ。私が住む熊本県の旧泗水町(現菊池市)は、県内でもトップクラスの生乳生産量を誇る酪農の町なんですが、昨年だけでも7軒が廃業に追い込まれました。聞けば、「後継ぎがおらんけん」と経営者は肩を落としていました。どうやら、後継者となるべき子供たちが酪農に魅力を感じず、東京や大阪で就職したまま、熊本に帰って来ないんですね。最近の消費者の牛乳離れに加え、飼料の高騰や低い乳価が経営を圧迫し、酪農の先行きに希望が持てないことが背景にあるようです。

山田

確かに牛乳の消費量は減っていますし、輸入に頼る穀物飼料も再び高騰する恐れがあります。乳価だって出荷するまでの手間ひまを考えれば、コンビニで売っている水のほうがよほど高いようにも思えます。酪農を含め今の日本の農業には明るい兆しが見えてこない気がしますね。

影を落とす近代化

竹熊

今日の農業の衰退ぶりを見ると、私には1960年代に始まった農業の近代化が影を落としているように思えてなりません。生産性向上をめざして近代化した農家は、大型機械を導入し、農薬、化学肥料を大量に投入しました。その結果、省力化などで生産性は伸びたものの、農薬による健康被害や水、土壌などへの深刻な環境汚染をもたらしました。私の弟も農薬のホリドール中毒で倒れ、これをきっかけに私は医師を目指したのです。確かに近代化によって農家は過酷な労働から解放されましたが、その結果、皮肉にも多くの離農者を生み、食料自給率も下降線をたどり、この50年間で日本の農と食の土台が崩れようとしています。

山田

農村での病気も変わったでしょうね。

竹熊

ずいぶん変わりました。昔は寄生虫や貧血などが多かったのですが、今はガンや心臓病、糖尿病、痛風などが増えました。やはり、食べ物が大きく変わったのが影響しているのでしょう。かつて農家の人たちは、自分たちで作ったコメや旬の野菜、手作りのものを中心につつましく食べていましたが、今はスーパーで買った冷凍食品やレトルト食品など実に雑多な食べ物が食卓に並んでいます。それと、農薬など化学物質の影響も見逃せませんね。多くの農薬や合成洗剤などが川や海に流れ込み、土の中にも深く染み込んでいます。その中で微生物や植物、魚介類は成長し、最後は食物連鎖で人体に取り込まれていく。農作物だってそうですよ。人間が口にするものに農薬をかけたら健康によいはずがありません。農村でいろんな病気が増えているのも化学物質による汚染と、決して無縁ではないでしょうね。

自然から遠ざかる食べ物

山田

近年、科学技術の進歩で農業の生産技術もめざましい発展を遂げています。遺伝子組み換えの大豆からできた納豆や豆腐などが食卓に並んでいるかもしれません。しかし、遺伝子組み換え食品が人体にどのような影響を及ぼすのか、その安全性はまだ実証されていない部分も多いようです。結局、人類がこれから数世代にわたって食べ続けてみないとその安全性は確認できないでしょうし、周辺の生態系への影響だって解明されておりません。最近、企業が相次いで参入している植物工場にしても、発光ダイオードなど人工的な光を使い、コンピュータ制御で日照時間から温度、湿度、水温まで管理しながら野菜を育てています。土もつかわず、農薬もなし、おまけに天候に左右されず安定的に生産できるという理由で大変脚光を浴びていますが、果たしてどうでしょう。どんなに科学が進歩し、文明が進んでも、やはり農業は、自然とは切っても切れない関係にあり、その恵みに頼らざるを得ません。遺伝子組み換えや植物工場などの技術革新も、私には経済の視点を優先し過ぎているように思えてなりません。人体に対して、何らかの悪影響があったとしても、その害が急性ではなく、慢性的なものであったならば、その因果関係は非常に立証が困難でしょう。農業や食べ物がしだいに自然から遠ざかっていくようで、寂しい気がします。

竹熊

まさに「農学栄えて農業滅ぶ」という状況になりかねませんね。2001年以降、日本でもBSE(牛海綿状脳症)問題が起きて、大変な騒ぎになったことがありました。原因は、ウシに飼料として与えた肉骨粉が感染源という説が有力でしたが、この問題の根底には、いかに早く効率的にウシを太らせてもうけるか、という考え方があり、その点では、遺伝子を操作して害虫や除草剤に強い品種を開発することによって生産コストを下げる遺伝子組み換えの考え方と流れは似ています。いかに効率的にもうけるかという思いが見え隠れしています。

山田

これまで日本の農業は、「きつい」「汚い」「もうからない」など、イメージはあまりよくはありませんでしたが、最近は技術革新も進み、こうした負のイメージが変わりつつあります。利益第一主義、効率ばかりを追求する都会の企業で働くよりは、自然の中で「いのち」に直結する食べ物をつくる喜びや生きがいに魅力を感じている人も多いはず。農業をめざす若者も徐々に増えてくるのではないでしょうか。

竹熊

不況で雇用の厳しい今が、チャンスかも知れませんね。農業は土地と水と太陽さえあれば、食糧危機がきても自分と家族が食べていく分ぐらいは何とかなりますから。

直売所が農の危機救う

山田

消費者のコメ離れや輸入農産物の急増など農家を取り巻く状況は、依然厳しいですが、その一方で道の駅や農産物直売所が全国的に活況を呈しています。今、全国には約1万3千軒の農産物直売所があり、売上額は農業総産出額の約6%に当たる 5000億円とも6000億円ともいわれています。中国の冷凍ギョーザ事件などをきっかけに食の安心・安全に対する消費者の意識の高まりが背景にあるのでしょうか。

竹熊

私の住む地域でも、今までゲートボールや温泉に行っていた70、80歳のじいちゃん、ばあちゃんたちまでが自分たちで作った野菜を道の駅や農産物直売所に持ち込むようになりました。現金は入るし、孫にも小遣いをあげられる。最近、体をくの字に曲げたばあちゃんが「先生、野菜づくりがこんなに楽しいとは思いませんでした」と、うれしそうに話しかけてくるんですよ。

山田

直売所は「新鮮な農産物が安く買える」というイメージが強いですが、生産者にとっては、これまで畑に捨てられるか、自分の家でしか食べる方法のなかった虫食いや不揃いの野菜にまで値がつき、現金収入につながるようになりました。消費者には、採れたてで鮮度抜群だし、安いうえに生産者の顔が見えて安心できる、という点が人気を呼んでいるようです。それと、ドライブの帰りなどに立ち寄り、試食しながらその土地の特産物を見て歩く楽しさもありますよね。しかも、地元にとっては地産地消や自給率の向上にもつながり、こんなにいいことはありません。

竹熊

私もダイコンやニンジンなど100円均一の直売所を30年間も続けてきましたが、道の駅への出荷は、じいちゃん、ばあちゃんの生きがいにもなっているようですし、これからもどんどん野菜をつくってもらい、それを若い人が受け継いで行けるようなシステムができれば、農村も活性化すると思うのですが。

山田

直売所の取り組みは、消費者にも「無農薬」とか「新鮮さ」とか、食べ物に対するこだわりの意識を芽生えさせたような気がしますね。こうした空気を生産者側も敏感に感じ取って、付加価値の高い農産物を作って売れば、農家の収入増や地域の活性化にもつながるし、その結果、都会に出た若い人もふるさとに戻ってくるかもしれません。直売所や道の駅の取り組みはこれからの農業を大きく変える可能性を秘めているのではないでしょうか。最近、「未来の食卓」というフランスのドキュメンタリー映画を見ました。昨今のヨーロッパでのオーガニックブームの発端となった映画だそうですが、これも生産者と消費者との対話というものが、一つのキーワードとなっていたように思いました。養蜂家だった私が、通信販売を始めたのも、実は、食品の流通を、食品産業には任しておられないとの生産者としての危機感があったからです。

期待が大きい市民農園

竹熊

確かに経済的にもうかる仕組みも大事ですが、それ以上にこれからは生産者が消費者に対し、農業を通じて「いのちのつながり」を教えていくことが、ますます重要になってくるでしょう。その点、市民農園は、農業を理解してもらう場としても、農業と触れ合うきっかけとしても、格好の舞台ではないでしょうか。ヨーロッパでは、この市民農園が文化としてしっかり社会に根づいています。例えば、ドイツには「クラインガルテン」と呼ばれる小さな農園がたくさんあり、200年近い歴史があると聞いています。私も農業の楽しさを多くの人に知ってもらいたくて市民農園を開設しています。

山田

ようやく日本でも広がりを見せてきたようですね。全国では3000を超える市民農園があり、中には休憩施設や宿泊設備の整った滞在型の市民農園も増えてきました。都会に住む人のように庭や畑がなくても手軽に借りられる農園があれば、自分の生きがいや健康づくりにも最適だし、都市と農村の交流や耕作放棄地の解消にもつながるでしょう。子供たちだって体験学習などで野菜やコメを育てれば立派な食育にもなります。その結果、農業への理解が深まれば、日本の農業や食も大きく変わる可能性が出てくるかもしれません。

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