山田英生対談録

予防医学 〜病気にならないために〜

竹熊 宜孝氏×山田 英生対談

農は生き方

研究室を飛び出し地域へ

農は生き方
山田

先生は医師の傍ら、時には白衣を作業着に着替え、聴診器を鍬に持ち替えて畑を耕しておられますが、診療所が農園を持つのは、大変珍しいですね。なぜ、農園を。

竹熊

私は学生時代から農村を見て回り、農家の疾病の移り変わりをつぶさに観察してきた経験や、自ら招いた暴飲暴食による食わずらいを食を断つことによって克服した体験から「食べ物こそ病の根源である」ことを痛感しました。これを機に、いのちを介してつながる医と食と農の一体化による医療活動を実践しようと、大学の研究室を飛び出し、地域医療に身を投じたのです。当時、閉院となっていた診療所を引き受ける際、農業ができることをただ一つの条件としてお願いし、50アールの農地を提供していただきました。それが、今の養生農園です。

山田

なるほど。でも当時としては、思い切った決断だったでしょう。

竹熊

ただ私には子どものころから、田植えや草取りなどひと通りの農作業を手伝った経験がありました。養生農園では、農薬や化学肥料を使わずに、いろんな作物を有機栽培で育て、養生食として提供しています。またこの農園には自給農業を啓発し汗を流すことによって農の喜びを忘れた若い世代に、その喜びを取り戻してもらいながら、「食べ物と農業」、「いのち」についてもっと真剣に考えてほしいとの思いがあったのです。

農業が滅びれば国が滅ぶ

山田

自給農業といえば、日本の食糧自給率は先進国では最低の40%です。和食の代表である、ご飯、味噌汁、納豆、漬物などの朝食もコメを除けば食材はほとんどが外国産といわれています。しかも、最近は輸送技術の進歩によって野菜や魚介類などの生鮮食品までが外国から入ってくるようになりました。しかし、「金さえあれば買える」という時代がそう長く続くとは思えません。地球上の農地や水資源は限られていますし、今後、地球人口の急増や中国、インドなど新興国の食糧需要の増加などが予想され、万一食糧危機でも起きれば、日本の食糧確保は大ピンチに陥ると思います。

竹熊

心配ですね。外国から洪水のように農産物が入ってきて、残留農薬など安全性の問題も騒がれています。今、日本は国全体が自給の哲学を忘れていると思いますね。安いからといって食べ物まで人任せ、外国任せでは、いのちを守る農業が滅びかねません。よく「農業滅びて国滅ぶ」と言うでしょう。今後、飢えの時代がくるとしたら、百姓の道しか生き延びる道はないと思いますよ。土地と鍬と鎌さえあれば、安全な食べ物をつくることができるし、都会だって貸し農園やマンションのベランダでも簡単な野菜ぐらいは作れます。食べ物を自給するということは、物だけでなく心も豊かにしてくれるんです。

山田

自給率が落ちたのは、コメと野菜、魚介類を中心とする伝統的な食文化が廃れたのが主な原因といわれていますが、こうも外国からの輸入農産物が増えると、地元の旬の食品や伝統食が身体に良いという「身土不二」の考えや地産地消の言葉も死語になりかねません。やはり自給することは重要ですね。先生は「百姓百品運動」を提唱されているそうですが。

百姓百品で農家を強く

竹熊

百姓は、昔から食べるものはすべて自給してきました。要するに、一つの作物だけでなく、いろんな作物をつくることが大事なんです。例えば、北海道でも50ヘクタール、60ヘクタールの耕地面積を有する大規模農家でも単一の作物に頼るのは危険ですよ。農業機械は高いし、「馬鈴薯なら馬鈴薯」、「ビートならビート」という単一作物だけの農業を行っている農家は失敗すれば一気に借金を負う羽目にもなりかねません。だから、私は常に、3つ、4つの作物をつくるよう農家に勧めています。自分で食べる野菜ぐらいは、すべて自給するのが百姓の誇りではないでしょうか。

山田

まったく同感ですね。今では田舎の農家でさえも、自分で野菜をつくらずにスーパーで買っている時代です。農村での食文化が壊れてしまったのでしょうね。かつての日本の伝統的な農業は、自然とのバランスを保ちながら生態系を維持する持続可能な経済システムでしたが、欧米型の農業が入ってきて、単一の作物を作り続けたり、農薬を使って害虫を殺し、雑草を抑えるといった人工的な環境の中で自然の摂理を無視した農法を取り入れたために自然のバランスが崩れ、生態系に悪影響を及ぼしたのではないでしょうか。ちょうど、対症療法中心の現代医学が予防医学へと重心を移しつつあるのと同じように、現代農業もある意味、曲がり角にきているような気がしてなりません。

不自然な自然を生んだツケ

竹熊

確かに、機械による省力化と、農薬や化学肥料による化学農法の結果、土地はやせ、食べ物は歪められてきました。野菜も旬や季節感を失い、不ぞろいのものや虫食いのものが姿を消して見てくれのよい食材ばかりが食卓をにぎわしています。消費者もハウスのキュウリやトマトがおいしいと思っているから、農家も、そうした嗜好にあわせて、作らざるを得ない。しかし、ハウスものは味も栄養価も露地ものに比べ、格段に劣っているといわざるを得ません。コップ一杯の重油をたいてキュウリ1本をつくる農法で自然を不自然にしたツケは、必ずどこかでお返しとなって帰ってくるでしょう。

山田

自然は正直ですからね。

竹熊

私は農を経済的な視点だけで見てほしくないんです。食べ物をつくる農は、いのちの物差しで測ってほしいですね。農業はビジネスですが、農はいのち、人間の生き方、哲学そのものなんです。医者はいなくても、人間生きて行けますが、いのちを生み出す農業がなくなったら生きては行けません。しかし、今の生産者はいのちへの畏敬の気持ちが希薄のように思えます。消費者も農業に無理解、無関心の人が多いと言わざるを得ませんね。消費者がいのちの農業に目覚め、生産者がいのちを守る誇りと自信を持つことが日本の農業を再生する第一歩になるのではないでしょうか。

山田

今、ファーストフードをはじめ加工食品、冷凍食品、調理済み食品…と次から次へと新しい食品が出回っています。確かに手間ひまかからず、早くて便利なのですが、なぜか伝統的な食の原点を忘れているような気がしてなりません。自分の食べる食べ物が自分の健康によいか悪いかを見分ける最低限の知識が必要でしょう。消費者が賢くなれば、生産者も日本の農業も自ずと変わっていくと思います。

竹熊

そう思いますね。健康な土は、健康な食べ物を育て、健康な食べ物は、健康な身体を育んでくれます。

山田

もう一つ、気になるのが農家の高齢化です。農業に従事している人たちの6割近くが65歳以上で、耕作放棄地は増えるばかり。日本の農業の先行きが非常に心配されます。

竹熊

ところが、最近の経済不況による企業のリストラで失業者が続出し、若い人たちが徐々に農業に戻ってきているような気がします。農業が雇用の受け皿になっているんですね。だから今がチャンスです。若者が土に生きる喜びに目覚め、優秀な人たちが農に帰ってくれば、そこに新しい道ができる。人間には本能として自然の中で働きたいという欲求があります。しかも、お天道さま以外、だれにも頭を下げなくてすむ。若い人たちにはぜひ農に戻ってきてほしいですね。

食は人間の生き方

山田

先生は、農は「生き方」とおっしゃいましたが、生き方といえば今、スローフード運動が世界的にブームになっていますよね。元々、消えゆく恐れのある伝統的な食材や料理などを守ろうとイタリアの片田舎で始まった運動です。今、日本では若者世代を中心にファーストフードやコンビニ弁当を好み、輸入農産物に頼りがちな人が多く見られますが、そんな日本人にこそ、この運動の精神に基づいたスローな生き方が求められているようにも思えますね。個々人のライフスタイルを大切にしながら郷土の食文化を取り入れた心豊かな生活を送る。まさに人間の生き方であり、食への思いといってもよいのではないでしょうか。

竹熊

その通りです。日本にもたくさんの郷土料理やすぐれた食文化がありますから、ぜひ子や孫の代にまで受け継いでいってほしいと思いますね。

山田

前回、キューバの医療事情に触れましたが、医療だけでなく農業や民衆の生き方でも私は大変考えさせられました。ご承知のように、キューバは旧ソ連崩壊後にアメリカの経済封鎖が追い討ちをかけ、輸入が激減しました。化学肥料や農薬が極端に不足し、仕方なく有機農業を復活せざるを得なかったといわれています。化学肥料や農薬の代わりに、鶏糞や牛糞、家庭の生ごみ、ミミズ堆肥などを利用しながら、牛を使って畑を耕していると聞きました。コストはかからず、環境的にも持続可能な農業を実践し、今や知られざる有機農業大国といっても言い過ぎではないと思います。貧しさや困難をお金をかけずに創意工夫で乗り越えようとする民衆の生き方に学ぶ点は多いですね。

竹熊
竹熊さんの講演では、養生農園の野菜をつかった料理が受講者に出される。

竹熊さんの講演では、養生農園の野菜をつかった料理が受講者に出される。

1年中、メロンやスイカ、イチゴなど食べたいものは何でも食べられ、なければ外国から輸入してでも手に入れようとする日本人。おまけに、農薬にまみれた農産物は、食べ物というより、農産加工品といってもいいくらいです。キューバの人たちの生き方を考えるとき、豊かさとは一体、何だろうかとつくづく考えさせられますね。

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