山田英生対談録

予防医学 〜病気にならないために〜

尚 弘子氏×山田 英生対談

食を守ることは、文化を守ること。そして、命を守ることです。

米国統治が食生活に影響

サンニン(月桃/げっとう)

サンニン(月桃/げっとう)
葉に防虫・防菌・防カビ効果がある。練った餅米粉をサンニンの葉で包んで蒸すムーチー(餅)は、甘くスパイシーな香りがする。

山田

沖縄は日本を代表する長寿の島。それを支えているのは、温暖な気候や伝統的な長寿食に加え、おおらかな県民性や今でも篤い信仰心なども大きく影響しているようですね。しかし、男性の平均寿命は、1990年に初めてトップの座を長野県に譲って5位になり、2000年には26位に転落し、"沖縄クライシス"と話題になりました。今も25位と低迷しています。女性にしても、トップの座は必ずしも安泰とはいえなくなってきました。何が原因なのでしょうか。

尚

やはり、食べ物の欧米化による影響が大きいと思いますね。沖縄は、中国の影響で戦前から肉食文化がものすごく発達したところです。内地では、一般的に豚というと「脂」を連想し、拒否反応を示す人が多いようですが、沖縄は豚肉に抵抗感はまったくありません。元々、沖縄は外国からの食べ物にも特に身構えたりはしないですね。何しろアメリカのファーストフードが日常の暮らしの中に入ってきても、すんなり受け入れたくらいですから。でも、どちらかといえば女性のほうが男性よりも(欧米風の食生活に)抵抗感はあるでしょうね。

山田

男性は、米軍基地をはじめ自宅の外で働く人が多く、当然、外食中心になりますね。米国製の缶詰類やステーキ、ハンバーガー、フライドチキンを食べ、清涼飲料水を水代わりのように飲んでいる人も結構いるようです。なにしろ、1963年に日本で初めてファーストフード店が登場したのも沖縄でしたから、食の欧米化が進むのも、当たり前かもしれません。その結果、肥満が増え、生活習慣病も目立ってきました。米国による27年間の沖縄統治が、沖縄の食生活に少なからぬ影響を与えたといってもよいでしょう。

肥満率はワーストワン

尚

私たちは、以前から男性の肥満について警鐘を鳴らしてきましたが、最近では男性だけでなく女性も、例外ではなくなりました。今は、肥満率が全国で男女とも一番高くなってしまったのは、残念としか言いようがありません。特に目立つのが若い世代。最近(2007年)の資料を、チェックしたのですが、沖縄の20代、30代のメタボリック症候群の比率は、男女ともワーストワン。その原因は、やはり食事と運動不足といってもよいでしょう。男性は、どこへ行くにも車ですからね。それと暑いのであまり外へ出たがらないことも、運動不足になっている理由でしょう。

山田

カロリー過剰なうえに運動不足とくれば、当然肥満になり、心臓病や脳卒中が増えるのは、必然の結果ですね。

尚

確かに沖縄の65歳以上の高齢者の死亡率は、全国平均より低いのですが、55歳以下、とりわけ働き盛りの30代、40代の死亡率が悪化しています。男性の平均余命にしても65歳以上では相変わらず1位を維持しているものの、40歳以下では、大幅にダウンしています。これまで、がん、脳血管疾患、心疾患の3大生活習慣病は2005年のデータでは、全国最低の死亡率でしたが、今はそうでもありません。特に壮年期、中年期では全国ベースを上回っているのではないでしょうか。このままでは「長寿県沖縄」の呼び名を返上しなくてはならなくなります。

増えるメタボの子供たち

山田

これまで沖縄の長寿は、戦前、戦後、そして本土復帰までの苦難の中を生き抜いてきた高齢者が支えてきたといってもよいでしょう。しかし、今は先人が築いてきた長寿の遺産を守るどころか、若い世代が食い潰しているように思えてなりません。伝統的な食文化を若い世代に引き継ぐような取り組みも必要になってくるのではないでしょうか。

尚

戦後生まれの人たちは、戦中・戦後の貧しさや苦しさを知らず、食への有難さや感謝の気持ちも足りないような気がしてなりません。沖縄の先人たちが、長い年月をかけて育んできた「長寿食文化」を今こそ忘れてはならないと思いますね。

山田

今、日本のどこでも肥満の低年齢化が進み、肥満児の中には小児メタボリック症候群の子供たちも増えてきました。肉やバターなど過剰なカロリーの摂取に加え、不規則な食事、運動不足などが原因として考えられますが、肥満になると子供でも糖尿病などの生活習慣病になる恐れもありますから、非常に心配です。沖縄の子供たちは、どうでしょうか。

尚

本土とたいして変わらないと思いますね。ファーストフードやスナック菓子、清涼飲料水などを普通に食べたり、飲んだりしていますよ。私はアメリカから帰国後、琉球大学の教壇に立ちましたが、ここで最初に行ったのが「沖縄における学童の栄養状態調査」でした。当時の沖縄県の子供たちの栄養状態は悪く、身長が全国一低かったように記憶しています。だから、当時は「あれも食べなさい」「これも食べるように」と指導してきましたが、飽食の今は、まず「食べ過ぎないように」と釘を刺さなければなりません。時代とともに指導の仕方も変わってきました。当時の児童の肥満率は、おそらく3%以下だったと思いますが、今は15%を超えているのではないでしょうか。

敬遠される郷土料理

山田

子供の食は、親の食習慣などと直接に結びついています。共働きも増え、家庭内で食事にかける時間も少なくなりました。その半面、外食や弁当、惣菜など調理済みの食品を買ってきて食べる中食を利用する人も増えてきました。子供の時に覚えた食習慣は、大人になっても影響するといわれるだけに、心配ですね。沖縄といえば、低カロリーでヘルシーな沖縄料理が長寿に一役買ってきたといわれてきましたが、その伝統的な郷土料理を作る人もずいぶん、少なくなってきたように聞いています。これも、平均寿命の伸び悩みの原因の一つともいえるのでしょうか。

尚

いえると思いますね。長寿食といえる沖縄の料理は、豚肉にしても緑黄色野菜にしても下ごしらえをしたり、煮たり、炒めたりするのに結構時間がかかります。今の若いお母さんたちは、手間ヒマかけて料理を作るのを嫌がりますね。今、スーパーに行けばクーブイリチーやンブシーなどの郷土料理も、できたてのものが売られています。「食べたいなぁ」と思ったら、買ってきてレンジでチンして食べている人が多いようですよ。

短命県への仲間入りも

山田

沖縄の料理は、例えばチャンプルーなどは生活習慣病を防いでくれる野菜や豆腐などを食材としてふんだんに使いますが、こうした郷土料理を食べる人が減ってきたことも、生活習慣病が増えた理由の一つといえるのではないでしょうか。

尚

野菜も以前とくらべ、だいぶ摂取量が減ってきました。それと塩分ですね。沖縄は、かつては塩分の摂取量は、10グラム以下で東北地方の塩分の多い地域と比べ、半分くらいでした。沖縄は、肉食文化で、豚肉にはタンパク系アミノ酸の旨み成分があるため、それほど塩を使わなくてもよかったのです。それに加え、ミカンに似た柑橘類のシークワーサーが調味料としても用いられ、その分、塩を使わなくて済みました。また、沖縄には、本土のように塩を大量に使う漬物を食べる習慣があまりありません。これも塩分の摂取量が少ない理由でした。ただ、それも過去の話で、今は塩分の摂取量は増える傾向にありますね。

山田

野菜を摂る人が減って、逆に塩分の摂取量が増える。伝統的な郷土料理が敬遠されて、欧米化が進む。これでは、欧米人に多い心臓病や脳卒中のような病気が増えるのも無理ありませんね。沖縄は、食生活の変化が寿命にいかに影響を与えるかを示した典型的な例といってもよいでしょう。特に若い世代や壮年期の人たちの食事を早く何とかしないと、長寿を誇った沖縄県も瞬く間に、短命県の仲間入りをせざるを得なくなりますね。

尚

私も、大変心配しています。特に若い人たちですね。私は、長寿村として知られた北部の大宜味村のおばあちゃんたちをフィールドスタディでよく訪ねましたが、食べ物に対する薀蓄のすごさには、いつも驚かされました。昔は旨み成分として貴重だった豚の脂も、今は摂り過ぎたら健康によくないことをおばあちゃんたちは、よくご存じなんですね。長寿村といえども、もう昔の食生活のスタイルではなく、お年よりも今の時代にマッチした食べ方をしておられます。ですから、若い人たちも、お年寄りをぜひ見習って何を、どのように食べたら健康によいかを考えながら健全な食生活を送っていただきたいと思います。

山田

同感ですね。確かに「沖縄の長寿危うし」の感は致しますが、沖縄独特の食材の組み合わせに工夫を凝らし、巧みに調理した先人の知恵は、まだ随所に息づいています。こうした知恵を飽食とグルメに明け暮れる現代人に、ぜひ伝えてほしいです。

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