山田英生対談録

予防医学 〜病気にならないために〜

白澤 卓二氏×山田 英生対談

認知症を防ぐ食生活

認知症に、まだ特効薬はありません。でも、予防に良い生活習慣はあります。

高齢社会の進展に伴って、今後ますます増加が予想される認知症。症状が進めば、物忘れが極度に激しくなり、身の回りのこともできずに、寝たきりになったり、介護が必要になることもあります。「健康で長生きしたい」という高齢者を襲う認知症ですが、その根本的な治療法は、残念ながらまだ確立していません。それならば、認知症を治す特効薬が現れるのを待つよりも、認知症にならないよう予防することが健康長寿には何よりも大切です。最近の研究では、食事や運動などである程度、認知症を予防できることがわかってきました。どのような食材をどのように食べればよいか。長寿と老化研究の第一人者で、順天堂大学大学院教授の白澤卓二さん(54)と山田英生・山田養蜂場代表(54)が語り合いました。

誰にもある発症リスク

山田

年をとると、増えるのが認知症ですね。認知機能が低下し、末期になれば、自分や家族が誰だか分からなくなり、寝たきりになることも多いと言われています。せっかく、長生きしたのに認知症になっては、QOL(生活の質)が損なわれ、とてもお気の毒に思いますね。

白澤

アルツハイマー病は徐々に記憶が失われ、自分や家族が誰だか分からなくなる心配があるうえに、原因も分からず、治療も不可能とされてきたため、誰もが避けたい病気の一つと思ってきたのでしょう。

山田

人口の高齢化に伴って認知症の人は急増し、現在、208万人と推定されています。2035年には推計で450万人を超えるとも聞きました。認知症は、若年性アルツハイマー病を別にすれば、加齢に伴って発症する病気とも言えます。年をとれば誰でも認知症になりうる可能性があり、とても心配になりますね。

白澤

アメリカのレーガン元大統領が自筆の手紙でアルツハイマー病を全国民に公表した時、テレビニュースは「あのレーガン元大統領でさえアルツハイマー病になったのだから、スーパーマンだっていつ発症してもおかしくない」というようなコメントを流したように記憶しています。つまり、アルツハイマー病は、年齢を重ねれば誰がなっても不思議ではありません。

山田

あれは、大変印象的な言葉でした。告白の中で「私は今、人生の黄昏へ向けた旅に出発します」という米国民に向けたメッセージにも感動しましたが、それ以上に、人一倍エネルギッシュに世界を動かしていた彼でさえもアルツハイマー病になる、ということに大変ショックを受けたものです。でも、レーガンさんの勇気ある告白は、アルツハイマー病の深刻さを世界に伝えると同時に、アルツハイマー病がもはや隠す病気ではないことを堂々と宣言したものとして高く評価されていますね。

白澤

その通りです。彼の告白は、全世界の人たちへの警告であり、大変インパクトがありました。前々回の対談で、東京都老人総合研究所(現・東京都健康長寿医療センター)の研究で「亡くなられた約7000人を病理解剖したら、51%の人にがんが見つかった」という話をしましたが、アルツハイマー病も、80〜85歳の人に限れば、35〜40%の人が抱えていたことがわかっています。この割合を考えると、誰でもアルツハイマー病になるリスクがある、と言えますね。

山田

認知症というと、一般的には物忘れを連想しますね。たとえば、年をとると、「人の名前が出てこない」「漢字を忘れる」「物をどこにしまったか覚えていない」というような経験をよくします。こんな物忘れがあまりにも多いと「認知症の始まりではないか」と心配する人も結構多いようです。

家族に深刻な周辺症状

白澤

脳の衰えは、年をとるごとに進んでいきますので、ある程度の物忘れは、自然な老化現象といってもよいでしょう。でも、物忘れがひどくなると、加齢に伴う物忘れなのか、認知症によるものなのか初期の段階では、なかなか区別がつきません。認知症の初期の段階を、「軽度認知機能障害」(MCI)と言い、同じ話を何度も繰り返すような兆候がよく見られるようになります。もっと症状が進めば、「その日が何日で、何曜日なのか」わからなくなる「見当識障害」が出てきたり、さらに「身の回りのことができない」、「文字が読めない」などの「認知機能障害」が現れてきます。こうした障害は中核症状と呼ばれますが、介護する家族にとって最も大変なのは、徘徊や失禁、幻覚、妄想、暴力などが出てくる周辺症状と言ってもよいでしょう。

山田

認知症には、いくつか種類があると聞きました。

白澤

大きく分けて脳梗塞や脳出血などの脳疾患に伴って、脳の記憶や言語をつかさどる部位が障害を受けて起こる脳血管性認知症と、脳の中に「βアミロイド」と呼ばれるたんぱく質が蓄積され、神経細胞を壊して脳が委縮するアルツハイマー型認知症があります。75歳までの人には、脳血管性が多く、75歳を過ぎるとアルツハイマー型が増え、全体の約6割を占めるとも言われています。

広がる治療の選択肢

山田

よく「親が認知症だったから自分も危ない」と思っている人が多いようですが、アルツハイマー病は遺伝するのでしょうか。

白澤

まだ原因は解明されていませんが、「家族性アルツハイマー病」のように遺伝するタイプを除き、ほとんど関係ないと言ってもよいでしょう。アメリカではアルツハイマー病の患者さんの5%、日本では3%が遺伝要因と言われ、残りの人は遺伝とは関係なく、環境要因、つまり生活習慣が関係しているとも言われています。たとえば、太っている人、肉など高脂肪食を摂り続けている人、タバコを吸う人、血圧が高い人などもリスクが高いことが最近の研究でわかってきました。

山田

現在、アルツハイマー病の治療は、どの様な状況なのでしょうか。治療薬などはあるのでしょうか。

動脈硬化は血管の老化

白澤

アルツハイマー病の治療薬は、これまで一種類だけでしたが、昨年、貼り薬(パッチ剤)など3種類の新しい治療薬が登場したほか、2種類の薬の併用も可能になりました。

山田

認知症の患者さんやご家族にとっては治療の選択肢が広がり、特にパッチ剤の登場は介護する家族の負担軽減にもつながりますね。

白澤

確かに治療の選択肢が増えたことはよいことですが、いずれも進行を遅らせる薬で、アルツハイマー病を根本から治す特効薬ではありません。今のところ、βアミロイドの量を減らしたり、脳内への蓄積を阻害する方法はまだ開発途上にあります。免疫力を活発にしてβアミロイドを取り除くワクチンが実用化されるまで多分、10年、20年はかかるでしょう。それを待つよりも今の時点では、アルツハイマー病にならないための予防法を確立するほうが大切ではないでしょうか。アルツハイマー病は、いったん発症すれば、死滅した神経細胞を元に戻すことはできません。それよりも、まだ神経細胞が残っているときに、症状を進行させないように予防するほうが重要だと私は思います。ネズミを使った実験などから、アルツハイマー病は食事や運動などで予防できることがわかってきました。

山田

今の段階では、アルツハイマー病は完全に治せないものの、予防することはできるということですね。では、どんな食べ物を、どのように食べればよいのですか。

白澤

「ブレインフーズ」という言葉を聞いたことがあるかと思います。脳を活性化させる食べ物のことですが、アルツハイマー病予防との関係で、比較的エビデンス(科学的根拠)があると言われています。たとえば、カレー粉に含まれているウコン(ターメリック)の化学成分クルクミンは、ポリフェノールの一種ですが、このクルクミンをβアミロイドの溶液に加えると神経細胞が死滅しないことがわかっています。カレーをたくさん食べるインド人は、アメリカ人に比べアルツハイマー病患者が少ないとの報告もあります。

酸化を抑える野菜の力

山田

野菜や果物も認知症の予防によいと聞きました。

白澤

認知症予防のカギとなるのが、体をサビつかせる活性酸素をどう抑えるかでしょう。野菜や果物には、植物の化学成分であるファイトケミカルが十分含まれ、とても抗酸化力に優れています。また、果物には活性酸素を抑えるビタミンCが豊富に含まれています。旬の野菜や果物をたっぷり摂ることは認知症を予防するうえでとても大切ですが、朝、忙しい人はその代わりに野菜ジュースを摂っても構いません。1836人の日系米国人を対象にした大規模疫学調査では、野菜か果物ジュースを1週間に3回以上飲む人は、1回以下しか飲まない人に比べアルツハイマー病になるリスクが76%も低いことがわかっています。ジュースに含まれているポリフェノールがアルツハイマーの予防によいのでしょう。

山田

地中海料理を食べている人は、アルツハイマー病に罹りにくいとも聞きました。地中海料理といえば、野菜や果物、魚介類、穀物、豆類などを食材としてふんだんに用いる一方、肉は少なめ、油はオリーブオイルを使うのが特徴ですね。日本食とよく似ていると言われていますが、地中海料理のどんな点がアルツハイマー病の予防に良いのですか。

白澤

ニューヨークに住む1984人を対象に、健康と食事の関係を聞いた調査があります。その結果によると、「最も地中海料理に近い食事を摂っている人」は、「最も地中海料理とかけ離れた食事を摂っている人」に比べ、アルツハイマー病の発症リスクが68%も低かった、との報告があります。野菜・果物など抗酸化作用を持つ食品と不飽和脂肪酸のオリーブオイルを中心としたバランスのとれた食事がアルツハイマー病の予防に良いのでしょう。確かに地中海料理で使われている食品群は、オリーブオイルを除けば、日本食とよく似ています。であれば、日本食中心の食事を続ければ、認知症を予防できる可能性があるかもしれません。

魚を食べて認知症予防

山田

地中海料理には魚介類がよく使われますが、魚が認知症によいとも聞きました。

白澤

確かに魚をたくさん食べている高齢者に認知症の人が少ない、とも言われています。おそらくマグロ、ブリ、イワシ、サンマなど背の青い魚が持っている脂のDHA(ドコサヘキサエン酸)にその秘密がありそうです。アルツハイマー病が進んだ18カ月のマウスに0.6%のDHAを含んだエサを与え、3か月間飼育したところ、老人斑(βアミロイドが脳に蓄積してできたシミ)の面積が40%減少したとの研究結果があります。このほか、地中海料理の定番である赤ワインや、脳血管性認知症の原因の一つでもある脳梗塞を防ぐ働きがあるとされる納豆などが認知症によいとされています。こうした食品を積極的に摂り、バランスのとれた食生活を心がけることは、健康長寿にとって欠かせないでしょうね。

白澤 卓二(しらさわたくじ)
1958年神奈川に生まれる。東京都老人総合研究所研究員等を経て現職。日本抗加齢医学会理事。専門は寿命制御遺伝子の分子遺伝学など。著書に「100歳までボケない101の方法」(文春新書)など多数。
白澤卓二さん
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