山田英生対談録

予防医学 〜病気にならないために〜

劉 影氏×山田 英生対談

病気を防ぐ食習慣

季節の食材で旬の気もらう

山田

桜も咲いて春風が心地よい季節となりましたね。春といえば、ワラビやタケノコ、タラノメなどの山の幸、サヨリや鰆、メバル、マダイなどの海の幸に代表されるように新鮮な食材があふれています。特にサヨリは「春を告げる魚」といわれ、鰆は「魚」偏に「春」と書くほど春になじみの深い魚です。こうした季節の食材を使った食事は、特においしく感じられ、私たちは、旬の料理を生み出してくれる自然の恵みに感謝しなければなりません。でも、最近、魚の乱獲がたたってか世界中で漁獲高が激減しているのが気になりますね。魚の食文化も見直さなくてはならない時期にきているような気がします。

劉

春にはたくさんの新鮮な食材が登場します。中国の食養生の大切な考え方の一つに「自然に合わせる」ということがあります。人間も自然界の一部であり、自然が育んだ食べ物から旬の気をもらうためには、ぜひ季節の食材を選んで食べるようにしてほしいですね。

山田

旬のものは、おいしくて安い。しかし、日本では、野菜にしても果物にしても一年中、出回っているので旬という意識がだいぶ薄れてきました。

劉

中国では春には何を食べ、どのように料理し、誰と一緒に食べるかは、とても重要な問題です。それだけ、医食同源の考え方が家庭の中に浸透している証拠なのでしょうね。子どもたちは、その日に出された家庭料理を食べながら、どんな食事が健康によいかを母親から学ぶ習慣があります。私も子どものころに、例えば風邪を引いたら、長ネギの白い部分と刻んだショウガに水を加えて煎じた「葱白湯(そうはくとう)」を、また胃腸の具合がよくないときは、干したミカンの皮とおろしダイコンに水を加えて煎じた「陳皮湯」を母がよく作ってくれました。これも中国古来からの知恵が現代に伝えられたもので、日本に来て20年以上たった今でも、とても役に立っています。

土産土法こそ健康食の基本

山田

私も両親の健康や病気に対する考え方をしっかり受け継いできた気がしますね。子どものころ、妹が重い心臓病でしたから、両親は治したい一心で、食事から生活面までいろんなことに細かく気を配っていました。自宅の庭には、民間薬として知られたセンブリやゲンノショウコ、ドクダミなどの生薬がいつも干してあったのを覚えています。体調が悪いときなどには「これを飲めば治る」と母からいわれ、よく煎じて飲まされたものです。「良薬は口に苦し」と言いますが、センブリのあの苦い味は、今でも忘れられません。そういう環境で育ちましたから食が健康にとっていかに大事であるかということを、知らず知らずのうちに意識するようになりましたね。

劉

山田さんが食文化や食習慣に精通されているのは、子どものころのそうした経験があったからなんですね。食文化といえば、外交官だった私の父は、私を各地のレストランによく連れて行ってくれました。中国には、その土地によって調理法も味付けも異なるさまざまな郷土料理があり、父は食を通して幼い私に中国各地の食文化を伝えようとしたのでしょう。これも医食同源を大事にする中国の家庭教育の一環と言ってもよいかもしれません。

山田

日本にも古来から食事と健康のあり方についていろんな考え方が残っています。例えば、「身土不二」といって、その土地で季節に採れる旬のものを食べることが最も健康によいという教え、また「土産土法」といって、その土地で取れたものは、その土地の調理法で食べるのが最も健康によい、という言い伝えですね。いずれも健康料理のあり方を今に伝える食生活の基本的な考え方といってもよいでしょう。

懐石料理に見る日本の食文化

劉

食文化といえば、私が日本に来て初めて懐石料理をいただいたとき、その新鮮な旬の食材と磨かれた調理技術にとても感心したことがありました。おしゃれで、繊細なその料理を目と舌でじっくり味わい、心ゆくまで日本の食文化を堪能したことを覚えています。

山田

元々、懐石料理は、茶道の流れを汲むのでしょうか、厳選された旬の素材を手間ひまかけて調理し、「もてなしの心」をもって供される、世界に誇る日本の素晴らしい食文化の一つだと私は、思っています。

劉

私は中国生まれの中国育ちですが、日本料理が大好きで、友人と食事するときも、中国料理よりも和食を選ぶほうが多いくらい。和食は、季節の食材を上手に使い、繊細な味ながらカロリーを取りすぎることもなく、安心して食べられます。でも、塩分が多いのがちょっと気になりますね。塩、しょうゆ、みそなどの調味料は、和食の味をうまく引き立ててくれますが、やはり取り過ぎは禁物ですよ。

山田

確かに、過剰摂取は、よくありませんね。

劉

塩分の摂取量を少なくするためには、できるだけ酢を使うことをお勧めします。中国では食卓に必ず黒酢が置いてあり、餃子や肉まん、揚げ物、炒め物、麺類、スープにも黒酢をかけて食べる習慣があります。古代から伝わるもので、昔は治療にも使われたくらい黒酢は健康によいですよ。疲労回復や消化吸収にも効果があり、血糖値を抑える機能もある。塩分を少なくして酢で味付ける「少塩多酢」の考えを食生活にぜひ取り入れてほしいですね。

山田

黒酢は、たんぱく質の素となるアミノ酸がたっぷり含まれていると聞きました。その点も健康にもよい理由の一つなのでしょうね。

劉

未病の段階で病気の芽を摘み取るには、日ごろからの生活習慣が大事なのはいうまでもありません。中でも、食習慣は未病を改善するにも、健康な体を保つにも極めて重要。 「少塩多酢」だけでなく、例えば

  • 肉を少なくして野菜をたっぷり取る「少肉多菜」
  • お酒をほどほどにして、お茶をたくさん飲む「少酒多茶」
  • 砂糖を少なくして果物を多めに取る「少糖多果」
  • 食事の量を少なくして、よく噛む「少食多嚼」

――などの食習慣をぜひ心がけてほしいと思いますね。

山田

これに、「よく眠り、よく笑い、よく歩く」などの健康法を加えたら、未病はもちろん、老化防止にも役立つということですね。

劉

その通りです。中国最古の医学書、「黄帝内経(こうていだいけい) 」でも、食養生の心得として (1)五味(酸っぱい・苦い・甘い・辛い・しおからい)を調和させて食べる (2)3食規則正しく、適量を食べる (3)偏食しない (4)脂っこいもの、甘いものを取り過ぎない (5)酒は適度に飲むーなどを挙げ、推奨しています。

山田

こうした食習慣は今でこそ、多くの人に知られていますが、すでに約2000年以上も前に中国で生活の知恵として確立していたことになりますね。

劉

最近、日本の男性の中には、朝食は食べずに、昼はソバ、夕食はこってりした料理をたくさん食べて、お酒も浴びるように飲んでいる人を、よく見かけますね。中には「安くて、すぐ食べられるから」と言って毎日、コンビニ弁当やファーストフードの繰り返しという人も珍しくありません。この人たちは、栄養や効能などを考えているとは思えません。確かに仕事が忙しいのはわかりますが、こうした食の不養生を続けていると、栄養の偏りによる不調が必ず出てきます。その点、中国では、医食同源や医茶同源の考え方が浸透していますから「体調の乱れを防ぐ」、「疲れをとる」などの目的のために、栄養バランスや薬効を考えてメニューを決めたり、食材や料理法を選ぶ習慣が残っています。

家庭から消えるおふくろの味

山田

かつての日本では、例えば野菜の煮物や味噌汁のだしの取り方などのように、どの家にも母から娘へ、姑から嫁へと代々伝わる「おふくろの味」がありました。私が子どものころのわが家にも、昔から伝わる「山田家の味」がありました。「おふくろの味」は、伝統的な手法で素材を吟味し、手間ひまかけて作った手作りの味。作る家庭によって十人十色の味で、家ごとに独特の個性がありました。それが核家族化や女性の社会進出に伴って家庭から消えつつあるのは本当にさみしい。今ではおふくろの味も郷土料理も、デパートの地下やコンビニ、商店街の惣菜店で買うのが普通となりました。家族が少人数だと、買う方が経済的であり、働く女性にとっては食事を作る時間もありません。だから電子レンジでちょっと温めれば、すぐ食べられる加工食品に人気があるのでしょう。

劉

中国の人たちは食文化を大切にし、食べることを非常に楽しみます。でも、最近の急激な経済発展に伴って日本と同じようにファーストフードで食事を済ませる人たちが増えてきましたね。

山田
今やデパート地下街の食料品店で買うのが当たり前となったおふくろの味や郷土料理。核家族化や働く女性の増加で、伝統料理も家庭から消えつつあるのか

今やデパート地下街の食料品店で買うのが当たり前となったおふくろの味や郷土料理。核家族化や働く女性の増加で、伝統料理も家庭から消えつつあるのか

それと最近、気になるのが、家族が一人で食事をとる孤食が目立ってきたことですね。お父さんは仕事で帰りが遅く、働くお母さんも増えて、帰宅してから食事を作るのがなかなか面倒なようです。子どもたちも、塾やお稽古ごとで忙しく、家族がバラバラに食事をしている家庭が多くなったみたいですね。特に家族が一緒にいても自分の個室でテレビを見ながら好きなものを一人で食べる子や、朝、お金だけを渡し「これで好きなものを食べなさい」というお母さんもいるようです。

劉

ちょっと変ですね。

目は子どもの心を映す鏡

山田

昔は家族が一緒に食卓を囲み、その日にあった出来事を報告しあったものでした。その中から、自分の子どもが学校でどのような勉強をし、どんな友達と遊んでいるか、いじめなどで悩んでいないか、などが自ずとわかったものです。今は家族団らんがなくなって、親のしつけや、家庭の教育力がずいぶん落ちてきたような気がしてなりません。最近の子どもたちによる暴力やいじめの多発、非行の凶悪化も、こうした食卓の風景と無縁でないように思います。

劉

子どもがある日、突然キレて、無残な事件を起こすことがありますね。これも思春期の不安定な心の状態が引き起こしているのでしょう。子どもは心が未発達なために、自分の感情をなかなかうまく表現できません。寡黙な子ほどキレる前に何らかのサインを出しているはずなんです。特に出やすいのが目。「目は口ほどにものをいう」というでしょう。怒り、おびえ、悲しみ、悩みだって、目を見ればすぐわかりますよ。それだけ目は、その子の心理状態を正直に映し出す鏡なんです。これに気づくことができるのは、お父さん、お母さんしかいません。両親がもっと子どもの心に関心を持ち、目を見ながら話していたら、悲惨な事件が起きずに済んだかもかもしれませんね。

山田

最近の若いお父さんたちを見ていると、オムツを替えたり、保育園の送り迎えをしたり、以前に比べると、だいぶ育児や子育てに関わるようになってきました。確かによい傾向なのですが、まだまだ仕事の忙しさを口実に子育てを妻任せにしている父親も多いようです。これまでの子育てや家事にしても母親の存在の大きさばかりが目立ち、父親は影が薄く、存在感はあまりなかったですね。

過保護と愛情はき違える親

劉

そう思いますね。

山田

叱ることだってそうですよ。私は子どものころ、父親の養蜂の仕事を手伝っていましたが、よく叱られましたね。しかし、今のお父さんたちは、自分の子どもが人前で行儀が悪かったり、いたずらをしても、あまり叱ろうとしませんね。子どもとの関係を壊したくないと思っているのでしょうか。私は父親の存在をここでもう一度、問い直す必要があるのではないかと思います。外でいくら父親ががんばっても、家庭で父親の存在感を失っては、父親にも子どもにとっても幸せとはいえないでしょう。

劉

それと、過保護と愛情をはき違えている親も少なくありませんね。子どもが成長するのにあわせ、自立を促すのが親の本来の役目ではないですか。干渉のし過ぎや世話の焼き過ぎは、かえって子どもの成長を妨げ、健全な発達にとってマイナスとなりかねません。こうした親子の歪んだ関係が子どもに負担となり、強いストレスを与えるようになる。それが思春期の不安定な心と重なって暴力や非行という形で一気に爆発する。そんな危険から子どもを救うには、親は、子どもとほどよい関係を保ち、冷静に見守り続けることですね。一家団らんもその一つ。夕食を別々に取っていたら家族のコミュニケーションが取れるはずがありません。本当に子どもの幸せを願うなら学校の成績だけでなく心の成長にも関心を持つべきではないでしょうか。

山田

一緒に食卓を囲みながら語り合う習慣があれば、子どものちょっとした変化に気づくことができますね。

劉

本当にそうですよ。よい食習慣というのは、健康な身体を育むだけでなく、健全な心も育てます。中国には古来から「福は口から、病も口から」という諺があります。良い食事は心身を健康にして幸福をもたらすが、食が乱れると病気にもなりかねない―という意味なんですが、それほど食事には、人間の健康に大きな影響を与え、幸、不幸を左右する力があることを、中医学(東洋医学)は教えています。

山田

食べることは、まさに生きることにほかなりません。私たちが次世代の子どもたちに何を残し、伝えるか。それは、先人たちが築き上げた「病気にならないための食習慣」であり、「健全に生きるための食文化」だと思いますね。

劉

食習慣と食文化は人間が生きるうえで欠かせない条件といっても過言ではありません。私はこの20年間、東西医学を融合しながら日本人の体質に合わせた未病治療からアンチエイジングの研究まで全力を注いでまいりました。それも、多くの人たちに幸福に生きていただきたいとの思いからなんです。もちろん、未病を治すことは大切なことですが、これからはさらに研究を進め、多くの人たちを未病から無病に導くことが、私に課された使命だと思っています。

(企画制作、写真提供:毎日新聞社広告局)

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