山田英生対談録

緑が地球を救う よみがえれ ふるさとの森

宮脇 昭氏×山田 英生対談

農が危ない

地域、家族が互いに支え合った昔の農村社会。

24時間、何でもそろうコンビニ店。ボタンを押すだけで、家事が一瞬の間に片付くオール電化の住宅。物があふれ、便利な時代となりました。しかし、精神的な豊かさを実感できないのは、なぜでしょうか。「家族、地域が支え合う農型社会が失われたため」と分析するのは、山田養蜂場代表、山田英生(49)。農業を知る養蜂家として「農の心」を子どもたちに伝えて行きたい、と話しています。一方、世界的な植物生態学者として活躍する横浜国立大学名誉教授の宮脇昭氏(78)は、「農薬を使わずに草取りを」と考えたのが、植物の世界に進むきっかけでした。温かいきずなに結ばれた農型社会。その社会が今、ピンチに直面しています。

【構成 毎日新聞社 編集委員・成井哲郎】

貧しくても心は豊かだった農村

山田

最近の子どもたちは、食を生み出す農業についてほとんど知りませんね。都市型ライフスタイルの影響からか、食物が他の生き物の命からできている事さえわかっていません。かつての日本は、貧しくても心はとても豊かだったように思いますね。そこには、作物を育て収穫する農を中心とした社会がありました。

宮脇

戦中、戦後派の私も、同じ環境でしたから、よくわかります。

山田

例えば、植物でも動物でも世話をし、育てていると、命とか生き物がサイクルで動いているのが実感としてわかりますよね。植物だって、種をまいてもいきなり花は、咲きません。まず芽が顔を出し、双葉が出て、茎が伸び、そして花が咲き、実がなる―という一連のサイクルで成り立っています。こうした時間の経過をきちんと理解することで、人間は、我慢することも覚えるわけです。昔はどこの農家でも鶏を飼い、子どもたちも、その鶏と遊びながら育ってきました。その鶏が姿を変え、夕食の食卓にのぼることを経験しながら「自分たちは他の生物から命をいただくことによって生きているんだ」ということを実感したものです。農型社会が崩れて、生き物とふれあう機会がほとんどなくなってきました。だから、動物が死んでも辛いことであるという認識さえないんです。

宮脇

まったく同感ですね。命の尊厳さというか、尊さを実感する場が確かに少なくなった気がします。2、3年前、小学生が同級生を、高校生が両親を殺すという悲惨な事件が相次ぎました。最近でも、岐阜県で高校生の男子が中学生の女の子を殺す事件が、奈良県でも名門高校に通う少年が自宅に放火し、母親、弟、妹を焼死させる事件がありました。いずれも取るに足らない理由から、簡単に殺してしまうんですね。子どもたちは、物心がついたころからテレビゲームなどで遊び、バーチャル(仮想)な世界の中に生かされていることも背景にあると思いますね。目と指だけ動かせば、どうにでもなるような仕組みというか、例えば、殺してもリセットすれば、また生き返ると錯覚し、実行に移してしまうんですね。文明、技術がこれほど発達し、人類が夢にも思わなかった、恵まれた時代が到来したにもかかわらず、子どもたちは相変わらず無関心で無気力のまま。家庭や社会だって、多くの人たちが未来への確たる目標や希望を持てずに喘いでいます。これも、政治、経済、教育の仕組みが形式、体裁、数合わせ、画一主義に振り回された結果のような気がしてなりませんね。現実と架空の世界が混同され、辻褄あわせが横行しています。

山田
年中行事のように毎年、日本列島を襲う台風や水害。限度を越えて森林を破壊してきた結果か。逃げ遅れた住民を救う航空自衛隊のヘリ=新潟県の刈谷田川で03年

地域、家族が互いに支え合った昔の農村社会。ライフスタイルの変化で農村のきずなも失われつつある

本当に怖い社会になりました。私は、生まれてからずっと「農業」と「自然」という概念が自分の心の中にありました。子どものころは、山や川や野原が生活の場で、養蜂業の父の仕事を手伝うようになってからは、早朝に一緒に巣箱に向かい、ひと仕事を終えたら、みんなで山菜を積んで家路につく―というような自然とともに生きる生活でした。それが当たり前の生活で、そこには家族、地域の人たちが支えあう、温かいきずながありました。「農」とは、常に次の世代を意識し、受け継いでいくもの。私は、農業を知る養蜂家として土を、水を、里山を守り、農の心を多くの子どもたちに伝えていくことが務めと思っています。

宮脇

りっぱな見識ですね。そうした考えを持ち続けて来られたのが、今日の会社発展の原動力になっていると思います。

山田

私が農業家であることを強く意識したのは、大学卒業後、養蜂とは関係のない世界に一時就職したころでした。その仕事を通じ、いろんな疑問や歪みに突き当たり、現代社会が失ったものについて少しずつ考え始めました。それは、心身のすべてが「養蜂家」であったような昔気質の父の背中が教えてくれたような気がしますね。父は、40年以上前からミツバチの飼育をしながら有機無農薬で田畑を耕作していました。「有機農法」とか「自然農法」といった言葉が、今ほど一般的でなかった時代です。父は「昆虫や雑草を殺すような農薬を人間が口にする食べ物にかけてよいはずがない」が口癖で、そのころから、化学肥料や農薬を嫌い、かたくなまでに無農薬にこだわりながらコメや野菜を栽培していました。また、化学調味料や人工甘味料などの食品添加物にも「不自然さ」を感じ、健康のためには自然のままが一番であることを、自ら行動で示していましたね。父はそうした考えを、自然の中で学んだようです。先生が、雑草生態学を専攻されたのは、なぜですか。

辛い農作業見て植物の世界へ

宮脇

私は、岡山県の吉備高原の山あいの農家の4男坊として生まれました。梅雨に入ると、畑の雑草が一斉に繁茂するんですが、同時にブヨや蚊も出てきて、農家の人を困らせました。彼らは蚊除けのためにボロ布をよじって火をつけ、それを腰につけて野良仕事をしていました。今でいえば、蚊取り線香のようなものですね。しかし、雑草は取っても取っても1週間もすれば、また生えてくる。田植えが終われば、今度はコナギなどの雑草が田んぼ一面に出るんですね。農家の人は、直射日光を浴びながら泥水の中を這いずり回って何回も草取りをしていました。こうした光景を眺めながら私は、「毒(農薬)を使わずに草取りができたら野良仕事も楽になるだろうな」と、子供心に思っていました。これが、植物の世界に進むきっかけとなりましたね。

病害虫に負けぬ強い品種づくり

山田
ヘリで農薬を空中散布する水田。農薬漬けの日本の農業にも曲がり角が・・・

ヘリで農薬を空中散布する水田。農薬漬けの日本の農業にも曲がり角が・・・

農薬といえば長い間、農薬に頼りがちだった日本の農業も医学の世界と同じように曲がり角にきているように感じます。本来なら病害虫に負けない強い品種をつくればよいものを農薬を使って他の害虫を殺すとか、雑草を抑えるなど人工的な環境の中で逆に種の生命力を弱めるようなことをしています。弱くなれば当然、病害虫にやられますから、今度はもっと強力な農薬を開発するという悪い連鎖が起きています。それでも有機無農薬やオーガニックが世界的なブームとなっているように、日本も先進各国もやっと、これまでの農法が間違っていたことに気づき始めました。これからは、ますます農薬を使わず、化学肥料に頼らない「自然農法」が重要になってくると思いますね。

宮脇

本当によく勉強されています。感心しました。

先住民に学ぶ自然と共生の農業

山田
自然とともに生きる養蜂。自然環境が良くないとミツバチは生きていけない

自然とともに生きる養蜂。自然環境が良くないとミツバチは生きていけない

それと、生態系に基づいた農法であるアグロフォレストリーも、自然と共存する農業として私は、注目しています。私がアマゾンのトメアス郡(日系人がアマゾンで初めて入植した地)で見たアグロフォレストリーは、「アンジローバ」という高木からアセロラのような低木までが混植されていました。単一の作物だと病気で全滅する恐れがありますが、いろんな植物を植えていますから、ある植物が病気になっても他の植物にはなかなか感染しにくい。しかも、収穫の時は、多少、不便さはあっても、ふつうの農業の収量よりも「かえって多いくらい」と農家の人は、自慢していましたね。私が訪れた時は、ちょうどアセロラの収穫時期で、収穫されたアセロラの全部が虫食いでした。聞いてみると、アセロラはビタミンCが豊富であるのを虫たちも知っていて、しかも農薬を一切、使わないから、好んで食べるのだそうです。農家の人たちは「虫が食ってても果汁にするから問題はない」と言っていました。

宮脇

虫くいと言えば、私がドイツのストルチエナウという小さな町に滞在中、顔見知りの中学生の女の子たちが固いリンゴをかじりながら、時々、食べた部分を「プッ」と口から吐き出していました。私は「なぜそんなことをするの。あまり行儀がよくないね」とからかうと、女の子たちは「何を言うの。虫がいるのは、農薬を使っていない証拠でしょう」と、怒られ、コーヒーをおごらせられたことがありました。

山田

人間、知恵を働かせれば、アグロフォレストリーのように自然を壊さずにできる農業があることを学びました。先住民は、原生に近い中で、ちょっと工夫しながら自然と共生するような農業をやってきたんでしょうね。

アグロフォレストリー
アグリカルチャー(農業)とフォレスト(森)を合わせた造語で、「森林農業」と呼ぶ国もある。同一の土地で、樹木と農作物(あるいは家畜)などを意図的に組み合わせて育て、生産力の向上をめざすシステムである。アマゾンなどの熱帯アメリカでは、ココナツやマメ科の樹木の下にコーヒーやカカオを、熱帯アフリカでは樹木の下にトウモロコシやヤムイモ、マメなどが植えられているケースが多い。

(企画制作、写真提供:毎日新聞社広告局)

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