山田英生対談録

地球物語

石 弘之氏×山田 英生対談

どこの国のものでもない南極は、ごみの山。これはいったい何を表しているのだろう。

山田

南極といえば、思い出があります。私がまだ小学生のころ、父親が私の誕生日に、1965年に進水した日本の砕氷船「ふじ」のプラモデルを買ってくれましてね。それを池で浮かべて遊んだのですが、南極の氷を砕いて進む姿に思いをはせて、胸を躍らせたものです。当時は、南極といえば、まだまだ夢の土地でしたから。

石

私が小学生のころは、世界地図を見ると、南極は白一色で描かれた空白地帯でした。私が高校生のころ、日本の越冬隊がその南極へ出かけて行った。1956年のことです。日本が国連に加盟したのも同じ年ですから、敗戦のどん底から這い上がって、いよいよ日本も世界進出するという時期でしたねえ。こんな地の果てに、今では自由に旅行ができる。

山田

団体旅行が増え、あらゆるところへ出かけていく。その終着点が、南極なのでしょう。

石

日本からのツアーだと安くて80万円ぐらいからあるようです。昨シーズン、南極を訪れた世界各地からの観光客は、ついに2万に達しました。

山田

簡単にいけるようになったのですねえ。

石

ただ、南米から南極へ渡る航路には、ドレーク海峡という難所があって、10メートルに達する波が、船体を木の葉みたいにもみくちゃにします。「吼える60度線」と言われ、私もロシア船でここを通ったときは、死ぬ思いでした。

山田

観光客が訪れるようになって、観光公害が深刻だそうですね。

石

ごみ問題も深刻ですが、観光客によってペンギンの営巣地などが、荒らされています。ツアーには専門のガイドがついて気を遣っていますが、コケ類や地衣類も被害にあっているようです。

山田

今まで人が訪れていない自然環境のなかでは、細心の注意が必要ですね。南極にある各国の基地の状況はいかがですか?

石

英国は閉鎖した基地を修復して、おみやげ屋と郵便局のある博物館に作り変えて、毎年、7000人もの観光客が訪れています。アルゼンチンのエスペランサ基地では、学校や教会、放送局まであります。

山田

さながら小さな町ですね。ここでは、ごみの問題はどうなのですか。

石

そのアルゼンチンの基地へ行くと、ものすごいごみの山でした。ペンギンがヨチヨチごみの山を歩いて海に向かう。南極とは思えない光景でした。南極には 100ヶ所以上の基地がありますから、ごみの量はすさまじい。排泄物や不燃物は海に放り込まれたりしている。きれいなはずの南極の海面には、油が浮いている。基地にもドラム缶、廃材が何メートルも積み上げられていました。

山田

南極はどこの国の領土でもありませんから、各国の国内法が及びません。つまり、法律を警察権力によって強制できませんから、ごみを散らかしても動物を殺しても、取り締まれないのです。しかし、私はだからこそ、人間の自然や公共のものに対するモラルが問われる場だと思うのです。南極の汚れた姿は、人類の環境への姿勢を表しているようで、私はとても残念ですね。

72万年前の空気がわかる氷層は、まさにタイムカプセル。

石

南極の氷で水割りウイスキーなんかつくると、氷が「ピチピチ」という音を立ててはじけます。南極では、降った雪が解けないまま層になっていくので、空気が氷のなかに閉じ込められる。解けるときにはじける気泡は、降った当時の空気です。その気泡を分析すると、過去の二酸化炭素などの成分がわかる。各国が競争で調べています。欧州の研究グループは65万年分の氷の層を取り出すのに成功しましたが、日本は3000メートルを掘って72万年前まで遡れるようになりました。

山田

まさに、タイムカプセルですね。人間活動で二酸化炭素が増えて温暖化してきた証拠も、この氷のなかに閉じ込められていたわけですね。ほかの汚染もわかるのですか。

石

1900年前後の氷の層から、含まれている鉛が急増していきます。自動車の普及でガソリン中の鉛化合物が飛来したのです。1950年代からは核実験による放射能。1960年以降はPCBなどの有機塩素系の化合物。地球の汚染の歴史を物語る証人です。

山田

いま、温暖化でその南極の氷が解け始めているわけですね。これはいったいどんな意味があるのでしょうか?

石

日本で平均気温が1度上がると、南極では3度から4度、上がっている。なぜかというと、南極は氷に覆われて白一色ですよね。太陽光線を跳ね返して熱がたまらない。ですが、温暖化で氷が解けて地面が露出すると、熱を吸収するから、温度が上がりやすい。この50年間で、世界の平均気温は0.6度しか上がっていないのに、南極の平均気温は2.5度くらい上がっています。

山田

その温暖化で南極の気温が世界平均気温の数倍もの上昇率を示して、今度は、南極の気温上昇が、地球の平均気温を押し上げているとことになる。相乗作用で一層の温暖化が進むことになるのですね。

石

温暖化の影響ですが、十数年ぶりに南極半島のオットセイの営巣地を訪ねたら、氷原が草原に変わっていました。ちょっと想像できないでしょう。

山田

それは悲しいですね。私も人工衛星画像で棚氷の解ける様子を見ましたが、とんでもない状態だと思いました。2002年には3250平方キロメートルの棚氷の崩落がありました。これは東京都よりも広い面積なんですね。

世界の平均気温の数倍の気温上昇で、棚氷が解けていく。

石

標高の高いところから氷床が海へと流れていって、海岸からひさしのように海に張り出したのが棚氷です。やがて海に落ちて氷山になる。だから南極の氷河はてっぺんが平らなのです。北極の場合は、でこぼこの氷河がそのまま海に滑り込むから、とんがっている。南極の氷がすべて解けたら、世界の海面は60〜70 メートルも上昇するという試算もある。

山田

南太平洋のツバルが温暖化の影響で水没が迫っている事から、アメリカ等の先進国のエネルギー消費を非難しているというのを聞きました。海面上昇の影響も途上国や貧しい人たちが最も影響を受けるのでしょうね。

石

その通りです。バングラデッシュなどでも、耕地面積の半分が水浸しになると指摘する専門家もいますね。余談ですが、船舶にとって、氷山は危険極まりない。北大西洋にはタグボートで引っ張って暖かい海に運んで解かす「氷山カウボーイ」までいます。世界的な水不足ですから、その氷山を引っぱってきて、水不足を補おうという計画もありました。オーストラリアなどは、真剣にこの計画を考えたらしい。

山田

氷山は、私は見たことがありませんが、氷河ならヨーロッパや南米、ニュージーランドなどで見たことがあります。とても美しい自然の妙の一つなのですが、この氷河も地球規模で減少しており、今世紀中になくなってしまうのではないでしょうか?

南極は、人類の心のバロメーター。

山田

温暖化が進むと、生態系が変わりますよね。例えば、マラリアなんかが流行り始めませんか。平安時代の日本は暖かかったので、関東地方はマラリアの巣だったらしいですが。

石

平清盛はマラリアで死んだともいわれています。米国でも首都のワシントンDCがなかなか開拓できなかったのは、マラリアの流行地だったからです。

山田

そのマラリアが、温暖化の影響で再び熱帯地域から北上しているらしいですね。

石

南極の生態系も変化しています。オキアミが、この20年間で8割も減ったとの報告もあります。多くの南極の動物は、オキアミを食べている。生態系の基盤です。南極半島のアデリーペンギンが海域によってこの20年間で4割も減ったのも、オキアミが減ったのが一因でしょう。

山田

PCBやDDTなどの有害化学物質も南極で検出されていますね。

石

世界中で使っている有害物質が、海に流れ込み、蒸発して、また海に落下して南極にまで運ばれてきたのです。食物連鎖でペンギンやヒョウアザラシとかに蓄積されて高い汚染を受けている。

山田

アザラシがウイルス病などに感染して大量死していますねえ。石 北極海で始まってカスピ海、バイカル湖でも。ジステンバーと同じ仲間のウイルスです。

石

北極海で始まってカスピ海、バイカル湖でも。ジステンバーと同じ仲間のウイルスです。

山田

有害物質が体内に蓄積された動物たちの免疫が落ちて、発症を招いているのでしょう。

石

あるいは、ウイルスや細菌の毒性が高まっているのか。原因ははっきりわかりません。南極の米国基地の近くでは、基地から流れ出る下水で、ウニやホヤの8割以上が、食中毒を起こすウェルシュ菌で汚染されていました。南極に近いオークランド諸島では1400頭を超えるアシカが、サルモネラ菌による敗血症で死んでいた。

山田

国境のない人類のユートピアであるはずの南極の地が、人間によって汚染されるというのは、国境という概念を作って生活している私たちの心が、あまりにも地球全体の環境問題に対して未熟だからでしょう。南極は、人類の心のバロメーターなのですね。そのことを実感しました。

石

その通りですね。豊かな生活を続けているうちに、環境容量を超えてしまった。そのしわ寄せで、いま南極は、悲鳴を上げています。

ものがたりは続く「ゴミ持ち帰り活動が始まった」
半世紀にわたって南極で観測をつづけてきた結果、各国基地には膨大なごみの山が残された。使われなくなった建物や観測機器、壊れた雪上車や梱包材から、燃料のドラム缶、ビンや缶にいたるまで積みあがっている。一方で、南極で科学的調査活動をつづける28ヵ国で組織する南極条約協議国で、これまで200以上の勧告や措置を採択したが、その多くは環境保全や観光の規制に関するもの
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