山田英生対談録

地球物語

石 弘之氏×山田 英生対談

ウイルスによる新しい病気が増えている。どこに原因があるのだろうか。

山田

新型インフルエンザ・ウイルスがクローズアップされていますが、突然、姿を現して人間を襲う「エマージング・ウイルス」は、ここ40年で40種類にも及ぶようですねえ。エイズやエボラ出血熱もそうですが、なぜ、こんなに暴れ出したのか。私たちは人の健康とかかわる仕事なので、すごく気になります。

石

こういったウイルスの多くは、家畜や野生動物を宿主としていて人間には感染しないはずなのですね。人間が動物に接触したり、自然を破壊したりしたために、一部のウイルスが変異を起こしてヒトに感染しやすくなったようです。たとえば、90年代にマレーシアで養豚ブームが起きたのをご存知でしょうか。どんどん森を切り開いて養豚場をつくった結果、98年にニパ・ウイルスに感染した人が100人以上も死んだのですね。もともとボルネオのコウモリが持っていたウイルスが、蚊を介して豚に感染し、その血を吸った蚊が人間を襲うようになったのですね。

山田

人間が自然に入り込みすぎたということでは、新顔ウイルスの出現も立派な環境問題ですね。

石

エイズはアフリカのチンパンジーが起源ですし、死亡率が異様に高いエボラ出血熱もコウモリが宿主として疑われていますね。鳥インフルエンザだって、元はと言えば、シベリアのカモが持っていたウイルスなのですよ。カモとは長年共生しているから、病気を発病させるような悪さをしない。

山田

鳥インフルエンザのうちはいいですが、それがヒトからヒトに感染しやすくなる新型インフルエンザに変異したときは、怖いですね。

石

カモが越冬先で野鳥に感染させるのです。初めは毒性をもっていないが、野鳥の間で感染を繰り返すうちに病原性を身につけたものに変異したのですね。ヒトからヒトへの感染力を身につけた新型インフルエンザが世界中に流行すれば、1億5000万人が死ぬかもしれないという試算もあります。英国政府は20万人分の死体袋を用意したと報じられていますから、絵空事ではありません。

山田

新型に変異するのも時間の問題と言われていますが、どこで、どうやって変異するのでしょうか。

石

1918年のスペインかぜも香港かぜも、大流行の起源は中国南部といわれています。現地を見ると、人家に近い鶏舎はぎゅうぎゅう詰めで、フンを通じて感染が広がりやすい。ブタもウイルスの宿主となって変異を起こします。人間と家畜とウイルスが渾然一体となって、ウイルスが変異しやすい土壌ができている。とくに中国南部や東南アジアでは、生きた鳥を扱う市場があって、ウイルスの変異を生みやすい場所として、専門家が危険性を指摘していますね。日本の鶏舎も過密状態ですから、1羽でも感染すると、たちまち全体に広がってしまう。

BSE(狂牛病)は、人間の肉食志向が生んだ。

山田

家畜の飼育方法に問題がありそうですね。BSEもそうでしょう。感染源となった肉骨粉なんて、人間側の事情で草食獣に肉を食べさせたわけですから。

石

その背景には、少しでも安くてカロリーの高い餌を求めていった牛肉の生産方法があるのでしょう。動物の死体やくず肉、骨などを煮て粉末にした肉骨粉は、安いうえに、肉やミルクの質もよくなる。その原料に羊に病気を起こすたんぱく質の「プリオン」が混じっていたのがそもそもの原因ですね。肉骨粉は前世紀はじめから使われていました。ところが、80年代に入って燃料が高騰したことから肉骨粉の製造方法が低温処理に変わりましてね。プリオンが破壊されにくくなってしまった。牛に感染するようになって、今度はその感染して死んだ牛をさらに肉骨粉にして共食いさせるから、どんどん広がっていったのですね。

山田

共食いねえ。私たちには大切なものが見えなくなっていると思わざるを得ませんねえ。旧石器時代の狩猟採取では、個々の集団の中で衣食住が完結していた。ですが、農耕を覚えてから穀物や家畜が貨幣に変わり、富の蓄積ができ、やがて都市化が促された。そうすると、都市の人間は、農村に支えられているという実感が失われていく。だから環境とか自然に対して傲慢さが出てくるのですね。旧石器時代の人たちは、自分たちが食べる動物たちに畏敬の念をもっていたはずですよ。

石

この30年間で世界的に肉食が広まって、牛肉消費は約2倍、豚肉は3倍、鶏肉は7倍にもなりました。この需要に応えるために畜産業の高密度・効率化が進んだのですね。食肉市場がグローバル化して取引が世界的になっていく。人間の肉食嗜好が、ウイルスやプリオンを呼び込んだと言われても仕方がないですね。

ウイルスも生き延びようと、進化する。

山田

家畜から人間に感染するようになったウイルスもいますよね。

石

人間が農耕文化に入ると、家畜と一緒に住むようになる。するとその動物のもつウイルスが人間に感染するチャンスが増えてくる。ハシカと犬のディステンバーは近縁ですし、結核やジフテリアは牛の病気が起源と言われているのですよ。鳥インフルエンザだって家畜である豚の体内で新型インフルエンザに変異したという説が有力ですから。

山田

ウイルスも生き残るためにいろんな努力をしていますよね。ワクチンができると、ウイルスはそのワクチンが効かないような型のものが生き残るとか。細菌でも抗生物質の効かない耐性菌ができていますよねえ。ワクチンなんかができるとウイルスは「もっと強くなれる」って喜んでいるのではないかと思うんです。

石

彼らは巧妙ですよ。私はマラリアに4回感染しましたが、数時間おきに昏倒させられるのです。倒れて動けないから、蚊が刺しにくる。少しすると、人間は動けるようになるから移動する。するとその先でまた昏倒して蚊に吸われる。そうやってウイルスは新たな宿主を求めて拡大していくわけです。

山田

自然の摂理ですねえ。

石

彼らは、宿主を殺してしまったら生きていけなくなってしまう。赤痢は、私たちが子どものころは致死性の恐ろしい病気だったけど、いまはそれほど怖くないですよねえ。人間を殺してばかりいたら自分たちが生き残れなくなるから、人間と共生する道を選んでいる。エイズ・ウイルスもこのところ、以前よりも毒性が弱まってきたという報告を読みました。医学の進歩もあるけど、強毒の病原体は滅びて宿主と共生できる弱毒のものが生き残ってきている。

人間とウイルスが良い関係でいるために。

山田

適者生存と自然淘汰は生命の法則ですよね。こんなことを本で読んだことがあるんです。3歳までに抗生物質を大量に使った子どもは、アトピーなどのアレルギー疾患に陥りやすいという説が紹介されていました。世界の中でも、我々日本人が抗生物質を使いすぎているとも言われています。かぜのようなウイルス疾患には、抗生物質は効果がないにもかかわらず、私たちは、つい何でも抗生物質で解決しようとしてしまう習慣がありますよね。こういった乱用が耐性菌を生んで、それに打ち勝つ抗生物質をまた開発しなければならなくなる。いたちごっこです。

石

まさしく、多くの感染症は、私たちが流行を広げていることを自覚すべきでしょう。エイズの世界的な「感染爆発」も70〜80年代のセックスの開放が関係しているし、16世紀の欧州における梅毒の大流行も、ルネッサンス期に性が解放された時期ですね。産業革命で免疫のない地方の若者が工場で缶詰になって働くと、そこに結核が流行した。20世紀に超過密社会が出現すると、空気感染するインフルエンザが爆発した。人間の作り出した環境を狙い撃ちするように、新たな感染症が姿を現していますね。

山田

そういった病原体を撲滅しようとしても、なかなかそうはいきません。私たちも自衛のための免疫をつける必要があると思います。今の子どもには、他人との触れ合いが不足しているのではないですか。傷つけられたり、傷つけたり。体も精神も。だから、免疫ができないまま大人になってしまう。あらゆる意味で免疫力をアップさせることが大切なんだと思いますね。

石

その通りです。それに、欲望に任せた食生活をする前に、私たちの食べているものがどうやって食卓にまで運ばれてくるのか、それを考えないと。

山田

私たちはむやみに森林を開拓して入り込みましたが、そこには多様な生物が生息していたのですね。ウイルスのように、人間にとって悪いものもありますが、天然の抗生物質のような資源もあり、特効薬が隠されているかもしれない。それを破壊してしまったら未来の子どもたちに必要な環境を残せません。人類の財産を大切に使う必要があります。

ものがたりは続く「国際協力で阻止したSARS流行」
SARSは2002年11月に中国広東省で発生したが、明らかになったのは2003年2月に米国の「新興感染症モニタリング組織」に報告されてからだ。これを受けて、WHOは直ちに日本や米国など世界10カ国の研究機関に協力を呼びかけ、研究グループを結成した。4月上旬には、香港、米国、ドイツの研究所から新型コロナウイルスが患者から分離され、その遺伝子の配列が明らかにされた。次いで、オランダの大学がサルに接種する実験で肺炎の発病を確認した。研究の詳細は国際医学誌のオンライン版で逐次発表され、世界中の研究者が最新の情報を共有することができた。競争相手のはずの研究者同士が協力して解明にあたる国際研究体制によって、1カ月足らずで原因が突き止められた。この連携によって、世界的流行という大惨事が阻止された。
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