山田英生対談録

予防医学が拓く未来

渥美 和彦氏×山田 英生対談

お金をかけないと、質の高い医療は築けないのでしょうか?

医師が漢方を処方するようになった動機

今、世界の医療は、西洋医学一辺倒を見直し、代替医療の優れた点を生かした統合医療に舵(かじ)を切りつつあるようです。
その流れは、徐々に日本にも押し寄せてきました。
患者さん一人ひとりに合った医療、心と体の健康を診る統合医療を、今後どう進めていくか。
日本の統合医療の第一人者で、東大名誉教授の渥美和彦さん(86)と山田英生・山田養蜂場代表(57)が語り合いました。

先進国の医療危機が続く中、
統合医療を生かしたキューバの医療システムが注目されています。

患者中心の統合医療

山田

近代西洋医学の歴史は、わずか100年余りと短いのですが、その間、感染症の予防や臓器移植、ゲノムの解析などで飛躍的な発展を遂げ、私たちの健康と幸せに多くの恩恵をもたらしてくれました。その半面、慢性疾患や加齢に伴う病気などの治療は不得手で、東洋医学のほうが向いている、ともいわれています。

渥美

西洋医学と東洋医学にはそれぞれ「向き、不向き」、「長所と短所」があるのはご指摘の通りです。でも、西洋医学か、東洋医学かという二者択一の問題ではなく、私はもっと柔軟に考えたほうがいい、と思いますね。例えば、交通事故で大ケガをしたときは、まず出血を止め、輸血をし、手術で骨をつなぐ、という西洋医学の外科的な処置が必要になります。鍼灸やアロマテラピーでは治せません。でも、その後のリハビリ段階になったら、指圧やマッサージ、鍼灸などの代替医療を使ったほうが、かえって治りが早い場合もあるでしょう。要は、患者さんにとって最も適した治療法は何か、という問題なんですね。その人に最も合った医療を患者さんを中心にして行うのが、統合医療です。

山田

薬も同じことがいえますね。西洋薬は症状をピンポイントに抑えるため、効き目も早く効果も大きい半面、副作用も起きやすい。一方、漢方薬は、体全体を整えるという働きのため、効き目はゆっくりでマイルドですが、副作用も少ないようです。東洋医学では体のバランスを重視しております。例えば、漢方薬は体のバランスが崩れて病気になった状態を、もとの健康な状態に戻すため、体に備わっている自然治癒力を漢方薬を通じて引き出す、という考え方だと聞きました。この考えは、とても理にかなっていると思いますね。

広がる漢方薬の使用

渥美

最近は一般の治療においても慢性の病気などには漢方薬や鍼灸などを勧める医師が増え、中でも漢方薬の利用は、医療現場でも広がっています。西洋薬と併用する形で、恐らく9割近い医師が漢方薬を使っているのではないでしょうか。例えば、開腹手術後の回復が思わしくないときや、がんの緩和ケアや認知症の周辺症状を抑えるときなどにも漢方薬が使われるようになりました。

山田

なるほど。インフルエンザの治療薬として有名な「タミフル」も、漢方薬の「八角」の成分の一つを合成して作っている、と聞きました。また、女性に多い肩凝りやイライラ、冷え性など西洋医学では原因が掴みにくい不定愁訴などにも漢方薬はよく使われているようですね。もともと西洋薬は、科学的な検査をもとに病名を決めて薬を選ぶのに対し、漢方薬は患者の症状や体質などをもとに薬を決めるのが特徴、といわれています。そのため長い間、漢方薬は「科学的でない」とされてきましたが、近年、漢方薬も西洋医学的な分析や臨床報告などによってその有効性が証明されつつある、と聞いております。その結果、医師も漢方薬を使いやすくなったのではないでしょうか。先生は、漢方薬はよく利用されますか。

渥美

私も使います。注意しているポイントは、必要最低限の薬を処方してもらうことと、その選択肢においては漢方薬をはじめ症状に適した薬を処方していただくことです。山田さんは、どうですか。

数千年の経験と知恵

山田

もともと私は、体質が敏感なのか薬を飲むとすぐ効いてきます。医師の中には、これまでも私の体質や症状などにお構いなく薬を処方する人がいて、いわれた通りに飲むと、効きすぎて困ることもありました。その点、漢方薬はその人の体質に合わせて処方してもらえますから、私には合っているような気がしますね。
でも、西洋薬と漢方薬にも一長一短があり、その人の体質や病気の種類、症状などに応じて使い分けることが必要ではないでしょうか。漢方医学は、診察にも時間をかけますね。問診で患者さんの訴えをよく聞き、脈を取り、顔色や舌を診て、お腹を押す。その結果、その患者さんにはどの薬が合うかを決めているようですね。心と体を総合的にとらえる漢方は、人に優しい医療といえるのではないでしょうか。

渥美

そう思いますね。最近は日本でも漢方薬や食事療法、鍼灸、気功、ヨガなどの代替医療を、治療に生かす病院が増えてきました。でもそれは、東洋医学的な方法を西洋医学の中に取り込み、部分的に利用しているに過ぎず、医療として体系的に展開しているわけでもありません。まだ日本では、医療行政に携わる人たちの中に西洋医学を中心に考える方が多いと感じます。でも、数千年の歴史と経験にもとづいた伝承医療は人類の知恵であり、それを上手く活用する発想の転換が必要だと思いますね。

山田

同感ですね。

注目されるキューバ医療

渥美

ところで、話は変わりますが、山田さんは仕事でキューバによく行かれるそうですね。キューバといえば、統合医療の先進国と私は感じていますが、今、その医療システムが世界から注目され始めていますね。

山田

ご承知のように、キューバはカリブ海に浮かぶ小さな国で、経済的にはけして豊かとはいえませんが、乳児死亡率は米国よりも低く、平均寿命も先進国並みといわれています。さらに、「B型肝炎」のワクチンを開発するなど高度な先端医療技術を持つ「医療立国」を目指していると言っても過言ではありません。しかも、がんの手術から心臓移植まで医療費は無料です。かつてキューバは、友好国だった旧ソ連が崩壊したあと、米国による経済封鎖でどん底の苦境にあえぎながらも先進国並みの高い医療水準を維持してきたことには、たいへん驚かされます。

渥美

私も何回か行きましたが、「医療水準は極めて高い」との印象を受けました。経済的に楽ではないのに、なぜキューバでは、高い医療水準を維持できるのか、当時は不思議に思い、興味を感じました。

山田

私も最初は、不思議に思いましたが、現地でいろんな人に聞いてみて、納得できましたね。キューバは米国の経済封鎖で医薬品が入って来なくなり、自前で開発せざるを得なかったようです。貧しくて薬が買えないから昔、使っていた伝統的な医薬品を復活させ、大事に使っていた、とも聞きました。
さらに軍事費を削ってまで医師の養成に力を注ぎ、大都市から地方の山村までファミリードクター(家庭医)をくまなく配置し、徹底した予防医療を展開したこともキューバ医療の成功につながったようです。また、代替医療にも熱心に取り組み、ハーブや温熱療法のほか、東洋医学の鍼灸や気功、ヨガなどを積極的に導入したことも国民の病気予防に効果があった、といわれています。すでに1990年代から、キューバは統合医療に取り組んでいたことになりますね。

創意と工夫で高水準を維持

渥美

そうなんです。私が、「キューバは統合医療の先進国」と先ほど述べたのも、旧ソ連の崩壊と米国の経済封鎖で医薬品が入ってこないのを逆手にとって、自然治癒力を重視した代替医療を導入した画期的なシステムを作り上げたことが背景にあるからです。先進国の医療が危機的状況にある中で、医療費をかけなくとも創意と工夫によって質の高い医療を築くことができた例といえるでしょう。

山田

医療面で先進国が多くの問題を抱える中、貧しさゆえに生まれたキューバ医療に世界が注目するのは、皮肉な話ですね。医療費の増大や国民皆保険制度の危機、医師不足など曲がり角にきた日本の医療も、限られた医療資源を有効に生かし、国を挙げて持続可能な医療に挑戦して成功したキューバの経験と知恵に学ぶ必要がありそうですね。

渥美

その通りです。また日本でも2011年の東日本大震災では、医療資源や電気、水道などのライフラインが十分に機能しない中で、統合医療は非常に大きな役割を果たしました。こうした経験を踏まえ私は、昨年11月に財団を設立し、これからの医療のあり方として「予防医療」「エコ医療」「セルフケア」の3つの基本的理念を提唱しています。その原点には、近い将来に地球が直面するであろう医療資源の危機や高齢社会への思いがあることは、言うまでもありません。

渥美 和彦(あつみ・かずひこ)
(財)渥美和彦記念未来健康医療財団理事長・日本統合医療学会名誉理事長・東大名誉教授:1928年大阪生まれ。1954年東大医学部卒業後、人工心臓やレーザー治療などの研究に取り組む。1984年、人工心臓を装着したヤギの生存世界記録を達成。東大医学部教授などを経て現職。
◎ホームページ http://www.atsumi-kazuhiko.org/
渥美和彦さん
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