ミツバチの童話と絵本のコンクール

金のみつばち

受賞水凪 紅美子 様(群馬県)

 教室を出ようとした時、廊下を歩いてきた竹内先生にでくわした。
「森村君、まだいたの!」
 そう僕を叱りかけた先生は、純の方を見てあれ、という顔になった。
「あなた、波多野さんじゃない?南小の」
 僕はびっくりした。
「先生、コイツのこと知ってるの?」
「コイツとは何よ。もちろん、知ってるよ。うちのライバルチームのエースだもの。卒業まで、南小の方へ通うんだってね」
「はい。あと一月ちょっとだし」
「残念だなぁ。もっと早く来てくれればうちのチームにスカウトしたのに。森村君、知ってる?波多野さんってすごいんだよ。 豪速球投手で、男の子以上。未来のオリンピック候補か、っていわれてるんだから」
 もちろん、知るわけない。僕はただ呆然と立ちつくしていた。

 先生と別れてから、しばらくは無言で歩いた。やっと言えたのは校門を出る時だった。
「女だって、何で言わなかったんだよ」
「聞かれなかったし。勝手に間違ったのそっちでしょ」
「一度もわたし、って言わなかった」
「ぼく、とも言ってないよ」
「わざと間違ったままにしたろ」
「まぁね」
 先を歩いていた純は、振り返って笑った。
「全く何の疑問もなく、男だって思うんだもん。ま、私はこの見た目だからよく間違われるけど、最初にどっちか確かめるよ、普通」
 僕が何も言えないでいると、純は笑った。
「君は、思い込みが激しいんだよ」
 胸の底がキュン、と痛くなった。
「……あした、あやまるよ。タカシに」
 純の笑顔が、優しくなった。
「うん。それがいいよ」

 それからしばらく、また黙って歩いていたら、ふいに純が空を見上げて、言った。
「見て、虹だよ」
 いつの間にか雨は止んで、空に大きな虹が架かっていた。
「そうだ。あの卒業製作の空にさ、虹を入れるのはどう、森村君」
「凉太でいいよ」
 言いながら僕は、ちょっと虹なんてベタじゃないかな、と思った。
 でもすぐ、それもいいかな、と思った。僕は自分の得意なことばかりやろうとして、  色を楽しむことを忘れてたんじゃないかな、と思ったんだ。
「ありがとう。いろいろ」
 僕がそう言うと、純はちょっとびっくりした顔で立ち止まった。でもすぐ笑って、
「どういたしまして。お礼はうちの店の開店に来てくれるってのはどう?」
 いつの間にか、雨宿りをしたあの店の前に来ていた。
「そうか、ここ純のお父さんの店だっけ。何の店なの?」
「基本的には喫茶店。でもコーヒーだけじゃなく紅茶やハーブティーもあって、砂糖の他に蜂蜜も添えるんだ。 もちろんケーキもあるよ。蜂の巣、っていう意味のワッフルとか」
 言いながら純は看板を指差した。きれいな飾り文字でこう書いていた。  『ハニー「ビー「ガーデン』……なるほど、それでミツバチに詳しかったのか。
「ランチもやりたいけど、今のところウェイトレスは私だけだから、無理かなって」
「ミニのワンピースでも着て、白いエプロンかけたりするわけ?」
 純は声を立てて笑った。
「がらじゃないんじゃない?凉太君に男に間違われて、自信なくしたもんね」
 僕はちょっと考えて、言った。
「じゃ、これやるよ」
 ポケットから取り出した金のミツバチのブローチを、純の手のひらにのせた。
「これを服の襟なんかにつけとけば、店の名前にぴったりじゃない?」
「ええっ!悪いよ、こんな立派なの…」
 初めて、純がうろたえたので僕は笑った。
「嫌い、これ?」
「ううん。むしろ可愛いし、好きだけど」
「やっぱり。お前普通の女子じゃないもんな」
「何それ!…でも、お母さんにも悪いし」
「いいよ。引っ越し祝いと、開店祝い。それに何だか、純が持ってる方がぴったりくる気がするんだ」
 少しためらったけど、やがて純は笑った。
「うん。……じゃ、ありがとう。その代わり店に来た時、ケーキセットくらいおごるよ」
 
 暗くなった帰り道を急ぎながら、僕の胸は何となく弾んだ。
 何だか、楽しみになってきた。絵を描くのが。そして、春が来ることが。

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