ミツバチの童話と絵本のコンクール

空のように青いまほうの足

受賞五十嵐 敬也 様(千葉県)

 太陽がさんさんと輝いて、大地を照らしています。道のむこうから、ひとりの少年が走ってきました。ドミーです。ドミーは走るのが大好きな十さいの元気な少年で、かけっこはだれにも負けません。
 ここは、カンボジアにある小さな村。カンボジアは日本の南西にある国で「アンコールワット」というお寺が有名です。この村はタイとの国境の近くにあって、ドミーはここで生まれてずっとここで暮らしてきました。

 ドミーには、走ることともうひとつ好きなものがあります。それは、ハチミツでした。今、カンボジアは乾季で、この時期は川の水が干上がってしまうので、とても困ります。でもいつもこの頃になると、村長さんが庭で育てているミツバチのおいしいハチミツを、みんなに分けて下さいます。だから、ドミーはこの季節が大好きでした。
「村長さーん。」
 すると、建物の奥から村長さんが現れました。
「おお、ドミーか。ハチミツを取りにきたのじゃな。」
 いつもはこわい顔の村長さんも、ハチミツとなるとニコニコ顔になるのです。
「ちょっと待っておれ。」
 村長さんはドミーのからっぽのつぼを受け取ると、また建物の奥に入って行きました。
 建物の奥に、ミツバチの巣がたくさんあるのですが、ドミーたちは入ることができません。
 しばらくして村長さんが出てくると、つぼには黄金色のハチミツがたっぷり入っていました。ドミーはそわそわして村長さんにお礼を言うと、大いそぎで家へ向かって走り出そうとしました。でも帰りは、ハチミツが少しでもこぼれたら大変なので、急ぎ足で帰ることにしました。もうドミーはうれしくてたまりません。
『今年はこのハチミツで、お母さんは何を作ってくれるのかな?』
 とにかく早く家に帰り着きたいドミーは、近道をしようと思いました。村長さんの家からドミーの家へ帰るには、山をひとつ越えなければなりません。でも、いつもお母さんに、
「山にはおそろしいものがたくさんあるから絶対入ってはいけませんよ。」
と言われていたので、ドミーは村長さんの家に行くときはいつも山のまわりをぐるりと回っていました。でも今日のドミーは
『今日だけ特別さ。』
と、山の中へどんどん進んでいきました。

 山に登り始めて少し行ったところで、ドミーは小さな声に気がつきました。
「助けて〜!助けて〜!」
 ドミーはあたりを見回しましたが、誰もいません。とっさに自分の抱えているつぼの中をのぞくと、小さなミツバチがジタバタしていました。ドミーは驚いてミツバチを外へ出してあげました。
「ふぅ!」 とミツバチが言いました。
「ぼく、村長さんがつぼにハチミツを入れる時にいっしょに入っちゃったんだ。助けてくれてどうもありがとう。」
 ドミーはミツバチがしゃべったことに、とてもびっくりしながら、聞きました。
「名前はなんていうの?」
「ぼくはカイ。はじめまして。」
「はじめまして。ぼくはドミーだよ。よろしく。」
 さっそく友だちになった二人は、いっしょにどんどん進んでいきました。しばらくしてカイが言いました。
「さっきから何か匂わない?」
 そう言われてもドミーにはその何かの匂いはわかりません。
「ぼくたちミツバチは、ハチミツを見つけるときによく鼻を使うから、鼻はとってもいいんだけど、最近こんな変な匂いがあちこちからするんだよね」
「ふーん、カイはすごいね。ぼくは何にも匂わないけど、いったい何の匂いだろうね。」

 そのときです。ドミーは何かを踏みました。ドミーは
『木の実でも踏んじゃったかな。』
と思って、足を離しました。その瞬間です。
「ドガーン!」 ものすごい音がして、ドミーの体は吹き飛ばされました。驚いたカイは何度も
「ドミー!ドミー!」
と声をかけましたが、ドミーは全く動きません。でも両腕には、しっかりとハチミツのつぼを抱いたままでした。そのつぼからハチミツがどんどんこぼれていきます。カイはいそいで、村長さんの庭にある家に戻りました。
「ジュリ姉ちゃん!キョウ兄ちゃん!今いきなり、すごい音がして、ドミーという男の子が…ドミーが…!」
「何を言っているの、私たちは今いそがしいんだからね。それにいったいドミーってだれなの?」
カイのすぐ上のジュリ姉さんと、一番上のキョウ兄さんは仕事中だったので、まともに話を聞いてくれませんでした。でも、
「とにかくすごくすごく大変なんだよっ!」
カイの涙声を聞くと、さすがに
『これは大変なことが起きたんだ。』
と思ったらしく、とにかくカイについて行ってみることにしました。

 カイに案内されて山へかけつけてみると、血だらけになった男の子が投げ出されたように倒れていました。カイとジュリとキョウは
「三人ではどうにもならないよ…。」
と困りはてましたが、あることを思いつき、仲間をできるだけたくさん集め始めました。
 その山のふもとに小さなお寺がありました。そこのお坊さんがお祈りを終えて、お昼ごはんを食べに行こうとしたときです。ミツバチたちが窓から入ってきました。次から次へと入ってくるミツバチの大群に驚いて、お坊さんは思わず逃げ出しました。でも、どこまでもしつこくミツバチたちは追いかけてきます。
「うわぁー助けてくれぇー」
お坊さんは悲鳴をあげながら、山のほうへ逃げていきました。ミツバチたちはブーンと羽をふるわせてお坊さんを追いかけます。そして、山を少し登ったあたりで、お坊さんを取り囲みました。お坊さんがその場に立ち止まると、お坊さんの足元に男の子がぐったりと倒れていました。ドミーでした。
「これは!また地雷の犠牲者が出てしまったか!」
 このお坊さんは、昔お医者さんをしていました。さっと自分の服を細く切りさくと、すばやくドミーの傷口に結び付けました。
「急がないと手遅れになるぞ。」
その時、お坊さんは気づいたのでした。ミツバチたちは、自分を刺そうとしたのではなく、自分をここへ連れてきてくれたのだと。
「ありがとう。ドミーはもうだいじょうぶだよ。みんなのおかげだよ。」
お坊さんは、ミツバチたちにお礼を言うと、ドミーをおぶって、山を下って行きました。

 ドミーが踏んだのは「地雷」というおそろしい鉄のかたまりでした。地雷は、むかしカンボジアが戦争をしていた時に埋められたものです。地雷は、体だけではなく、人々の心まで傷つけてしまいます。だから「悪魔の兵器」とよばれています。今もカンボジアや多くの国に地雷はたくさん埋められたままなので、毎日たくさんの犠牲者が出ています。
 その日から、ドミーは何日も目をさましませんでした。やっと目をさましてからも、なかなか元気が出ませんでした。でもお坊さんたちのおかげで、少しずつ元気をとりもどしていきました。

 何日かたったある日のことです。今日のカイは、何だかそわそわしておちつきがありません。ジュリ姉さんの言うこともうわの空で、お昼ごはんを食べ終わると、いちもくさんに病院へ向かって飛んで行きました。今日はやっとドミーに会える日なのです。
 一番窓ぎわのベッドにドミーが静かに寝ていました。ドミーは、命は助かりましたが両足を失ってしまいました。カイは開いている窓からそっと中へ入りました。ドミーの小さな白い枕が涙でぐしょぐしょにぬ れていました。カイは小さな声で話しかけたり、歌を歌ってみましたが、ドミーの涙は止まりませんでした。カイにできることは、ただだまってそばにいることだけでした。
 何日も何日もかかって、やっとドミーはベッドの上に起き上がれるようになりました。カイは毎日毎日ドミーに会いに行きました。ある日カイは、羽の中から小さなキャンディーを取り出しました。
「これをなめればきっと元気が出るよ。」
金色のそのキャンディーは甘いハチミツの匂いがしました。
「うん、がんばるよ。ありがとう。」
ハチミツキャンディーのおかげで、ドミーは少しずつ笑顔も取りもどしていきました。

 そして一年後、ドミーにうれしい知らせが飛びこんできました。村長さんの友だちである日本のハチミツやさんが、ハチミツの売上げで義足をプレゼントしてくれるというのです。
「もしかしたらぼくはもう一度走れるようになるかもしれないんだ。」
ドミーの心は、期待で大きくふくらみました。そして、その日さっそくカイに、そのすてきなニュースを話しました。
「カイ、義足をつけたら、もう一度走れるようになるかもしれないんだ。」
「義足?何なの?それ。」
「ぼくみたいに足がない人でも、歩いたり走ったりできる『まほうの足』のことなんだよ。でも、慣れるまでは大変らしい…」
「良かったね。楽しみだね。ドミーならきっとがんばれるよ。これからも、キャンディーをたくさん届けるからね。」

 一ヶ月後、日本からついに義足が届きました。まるでカンボジアの空のような澄んだ青色の義足でした。
「これならきっと走れるようになる!」
ドミーは勇気がわいてきました。そして次の日からさっそく練習が始まりました。義足を足に取り付けた時、ドミーはワクワクとドキドキでいっぱいになりました。でも立ち上がったとたん
「痛いっ!」
ものすごい痛みが太ももを走りぬけて、思わず、座りこみました。
「やっぱり駄目なのかな…。」
 ドミーはがっかりしながらつぶやいて、ポケットに手をつっこみました。すると何か丸いものが指にあたりました。それはカイがくれたキャンディーでした。
「そうだ。ぼくはまだ何もやっていないじゃないか。」
ドミーは口の中にキャンディーをほおりこんで、もう一度立ち上がりました。痛みは体中を走りましたが、今度はふんばることができました。一歩、そしてまた一歩。次の日もその次の日もドミーは練習を続けました。
 痛みに負けそうになったとき、もう練習をやめたくなったとき、枕もとにはいつも小さなキャンディーがココナッツの葉に包んで置かれていました。
 今日はついに最後の練習の日です。そしてドミーにとっての旅立ちの日でもありました。ドミーは大好きな家族やカイたちの元を離れて、遠い町の大学に通 う決心をしていました。ドミーは今ならどんなことでも、やりとげられる気がしていました。

 十年後…。 太陽がさんさんと輝いて大地を照らしています。道のむこうから、ひとりの青年が走ってきました。ドミーです。大学生のドミーはひさしぶりに村へ帰ってきたので、村長さんに会いにきたのです。
「村長さーん」
ドミーの声を聞き、村長さんが奥から出てきました。
「おおドミーか。ずいぶん久しぶりじゃな。まぁ入るがいい。」
昔と全く変わらない村長さんですが、歩き方がぎこちなくなっていました。村長さんはお茶を入れながら話してくれました。
「実を言うとあの後、わしも地雷にやられてしまったのじゃ。」
その言葉を聞いたとたん、ドミーはとても悲しい気持ちでいっぱいになりました。
「どうすれば地雷はなくなるのだろう。」
ドミーがつぶやいた時、一匹のミツバチが目の前にやってきました。
「あぁ君はカイだね!」
ドミーが手を差し伸べると。
「私はカイじゃないんです。私はカナ。カイは私のおじいちゃんの名前です。」
と言いました。
「えぇ?いつのまにかそんなに時が過ぎていたのか。」
ドミーの心にたくさんの想い出がよみがえってきました。カイに初めて出会った日の悲しいできごと、カイたちが助けてくれたこと、カイがくれたキャンディー…。
 そして、ドミーはカイが言ったある一言を思い出しました。
「ぼくたちミツバチは、ハチミツを見つけるときによく鼻を使うから鼻はとってもいいんだよ…。」
そして、思いついたのです。
『これからは、ミツバチたちに協力してもらって地雷を探せばいいんだ。そしてゆっくりひとつずつでも、地雷を取りのぞいていけばいいんだ。』
 その夜、ドミーの家にたくさんの人が集まりました。ドミーは、家族や村長さんやお坊さんの前で、昼間思いついたことを話しました。みんなとても真剣にドミーの話を聞いてくれました。そしてお坊さんは言いました。
「そうだ。ドミーにはこれからも、ハチミツのようにねばり強く、そしてキラキラとかがやいて生きていって欲しい。」

 ドミーは今も世界のどこかで、ミツバチたちといっしょに明るく生きています。この世界から地雷がすっかりなくなる日まで、がんばれドミー!青いまほうの足で…。

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