ミツバチの童話と絵本のコンクール

鬼のおくりもの

受賞しおた としこ 様(岡山県)

 西の空がほんのり、赤うなりかけとったころ、おばさは大きな荷を負うて、山道を登っとった。
 この山をこえて、下りたところに谷川がある。その谷川ぞいに下って一里ちょっとのところに、おばさの家はあった。
 大きな荷のほとんどは、おばさの村や、近くの村のしゅうからの、たのまれもんじゃった。おばさのていしゅが元気じゃったころは、ていしゅのおっ母と三人で、田畑をかりて小作をしとった。ていしゅが死んで、おっ母と二人になってしもうたとき、田畑は返して、おばさは、いくつもの山をこえて町まで行って、村のしゅうの、いりそうな物を買うて帰っては売ったり、たのまれもんを買うてきては、そのだちんで、なんとかくらしとった。
 とても一日じゃあ帰ってこられん。そんな時は、どこかの家の納屋に、とめてもろうたんじゃ。
 おばさはこまっとるもんをみたら、ほっとけんたちじゃったから、荷の中には、もうけにならんもんも、しっかり入っとった。

 その日の荷は、いつもより重かったもんで、前かがみになって歩いとった。おばさはちょっと立ちどまって一息ついた。
 ほんとは一休みしたかったんじゃ。じゃけど、赤うなりかけとる空をみて、休むのはやめにした。
 くれきってしまわんうちに、家に帰りたかったんじゃ。なれとる言うても、山道ゆうもんは、足もとが悪るい。

 おばさが歩き出そうとした、そのときじゃ。“ふうーん”と、ひょんな風が、耳もとにふいてきた。 (はてな?)おばさは首をひねったが、そのまま歩いた。するとまた。
“ふうーん”と風が、耳もとをかすめる。
(風にしちゃあ、おかしいで)と、おばさは思うた。(なまぐせえ風じゃったな)
 歩きながら、まわりを見まわしたが、木はうっそうとしげっとるし、草はせいの高けえのが、びっちり生えとって、ようわからん。
(早う、この山おりにゃぁ…)そう思うたが、荷がかたにずっしりとくいこんで、足は思うようにはかどらん。きつい登り道じゃったしな。“ふうーん”と、また風がきた。風はおばさの顔のまわりを、一まわりしたように思うたが、一まわりどころか、二まわりもしたんじゃ。

 おばさは山の村で生まれて、山にかこまれて、この年まで生きてきたから、山のこたあなんもこわいもなあなかったが、この風だけは、みょうに気味が悪かった。
(わしゃ、なんも知らん。わしゃなんも気がつかん…)おばさはむねン中で、そう一人ごとを言うてずんずん歩いとったが、おーいと、だれかによばれたような気がした。
 ぞーっとした。おばさははげしゅう首をふって、その声みたようなもんをはらいのけ、
(わしゃなんも聞こえとらん…)
 おばさが、そう自分に言いきかせたとたんじゃった。
「おーい。そこにだれか、おるんかぁ」
 こんどは、はっきり聞こえたから、おばさはしかたのう、言うたんじゃ。
「ほぉーい。だれかいのー。なんの用かいのー」
 こんどは前よりもはっきりとした声がした。
「おおー。ちょっと来てくれんかぁー。たのまれてくれんかぁー」
 おばさは、せの高けえ草のしげみを、ぐるーっと見まわして言うた。
「どこじゃろうかのぉー」
 ブーンと、かすかな羽音がした。
 蜂じゃった。二、三びき飛んできて、おばさの顔のまわりを飛びまわってから、西の方へ行っては引き返してくる。
「蜂について来てくれんかぁー」
と、声が言う。
 草を分けながら、おばさは蜂について行った。百歩ぐらい歩いたおばさの目に入ったのは、だれやらすわっとる姿じゃ。それも、どうも大きな男のようじゃった。
 近づこうにも草はしげっとるし、地面はでこぼこで、そこまではまっすぐには行けず、あっちまわり、こっちまわりして、やっと男のところにやって来たおばさは、もうちょっとでこしをぬかすとこじゃった。
 大きな鬼じゃ! 横だおしになった、ひとかかえはあろうかという木に、どかっとすわっとるんじゃもの。
 てっきり、くわれると思うて、“ひえぇっ”と身をちぢめたが、なんもおこらん。
 そぉーっとうす目をあけて見ると、鬼はすわったままじゃ。

 おばさは、こわいことはこわいが、こうなったらなりゆきじゃと、はらをくくった。
「こりゃあ鬼さまじゃあねえですかね。なにをしとんさるんじゃあ」
「あぁ、ここまで来たら、おかしなことに、力がぬけてしもうた。水もきれた。食うものもつきた…」
 鬼は本当に力のう見えた。
「水なら持っとります。食うものなら、もちを持っとるからあげますらあ」
 おばさはそう言うて、荷をかたから下ろして、つつみをほどいた。
「今朝つきたてのもちじゃから、おあがんなせえ。あんこの入ったのがええかな」
 鬼は、おばさの竹づつの水をごくごくのみ、あんこもちをペロッとたいらげたが、ものたりなさそうじゃった。
 おばさは言うた。
「あんこもちはそれだけじゃ。白いもちもおあがんなせえ。ひものの魚と、するめと、塩さばと、ほかにもすきなだけ、おあがんなせえ」
 そう言われると鬼は、いせいよう、あっと言う間にみんな食うてしもうた。
 食うてしもうてから、鬼は気がついた。
「おばさよ。あんたのもん、わしゃ、みんな食うてしもうたぞ」
「これだけしかねえんで、気のどくじゃ。はらの虫は、おさまりましたじゃろうか」
 みごとな食いっぷりに、感心しとったので、ぜんぶのうなっても、別におしゅうもない。
「あんだけの水じゃあ、たらんじゃろう。谷まで行って、水を持って来ましょうかの」
 人のいいおばさは、こうなったら相手が鬼でも、ちゃんとめんどう見にゃいけん、と言う気になった。
「いや、もう自分で行ける。おばさよ、おかげで助かった。なにか礼をせにゃあな……じゃが今はなんも持っとらん。なんがええかな」
 おばさは、こんなおそろしい鬼に出合うて、命が助かっただけで、じゅうぶんじゃと思うとったから言うた。
「いやぁ、鬼さまのお役に立てただけで、じゅうぶん、じゅうぶん」
 食いものを全部鬼に食べさせてしもうたんで、ほとんどからになったつつみを、こしにまきつけて言うた。
「それじゃあ、わしはこれで、帰らせてもらいますらあ」
 そう言うて立ち上ってみたら、もうまわりは、うす暗うなっとる。
「足もとが悪いから、わしが道を作らせてもらおう。わしの後について来てくれ」
 そう言うと鬼は、ドスドス歩いて行く。すると草も木もへしおれて道ができた。
 おばさは鬼の後をついて行き、あっと言う間に、谷川までくることができた。
 鬼は、家まで送ると言うてくれたが、おばさは、とにかく一人になりたかったので、鬼に礼を言うてわかれた。
「ここまでくれば、もう自分の庭みたようなもんじゃ。ありがとう、ありがとう。家はすぐそこじゃけえ」

 もうあとは、むがむちゅうで家まで、走りに走ったんじゃ。
 家に帰りつくと、戸をピシャッとしめて、しんばりぼうで、だれもよう開けんようにした。ねこんどるおっ母に、今帰ったと声をかけ、いろりに火をつけて、おばさはやっとこほおーっと気がぬけた。
(やあー。わしも長う生きとる思うとったが、こんなことに出合うて、ゆめを見とるんじゃあなかろうか)
 ぱちぱちはぜて、まっ赤になった火を見ながら、ぼんやりと、おんなじ事ばっかり、むねん中でくり返しとった。
(鬼にやってしもうて、なんもかもなくしたが、命は助かった。これはたしかじゃ。あの荷は明日から村々を、売り歩くはずじゃったのに……。あんころもちの一つは、おっ母と分けて食いたかったのに……)
 おばさは、大根ときびが、なべん中で、ぐつぐつ言うとるのを聞きながら、
(それにしても、鬼のけらいが蜂とはなあ。なんの役に立つんじゃろう。もっともわしのあんない役には、なったなあ)
 おばさは、つかれもあって、残っとった食べもんを、さらえて食べると、さっさとねてしもうた。

 ほとほと、ほと。ほとほと、ほと。
 だれかが戸をたたくもんじゃから、おばさは目がさめた。
(どなたじゃあ……)と、しんばりはずして戸を開けると、村の庄屋さまが立っとられる。
「あれ、庄屋さまぁ、こねえに早うから、なにごとじゃろう」
 小がらな庄屋さまは、人さし指で天をつきながら、白い頭をふりふりにこにこ言った。
「日はもう高けえで……。塩サバとするめ、まっとったんじゃ」
(ああ、そうじゃった。庄屋さまに、たのまれとったんじゃった)と、思うたとたん、鬼のことを思い出した。
「それが庄屋さまぁ、きのう鬼に出合いましたんじゃぁ」
と、一部しじゅうを話した。
「そんなら全部、鬼にとられたんか」
「いや、庄屋さま。とられた言うのとは、ちょっとちがうんじゃ。わしの方が、つつみを開けて、鬼にやったんじゃから」
「そりゃ、やっぱりとられたうちじゃろうが。じゃが、命あってのものだねじゃ。不幸中のさいわい、と言うやつじゃな」
 よかった、よかったと、庄屋さまは帰って行かれた。庄屋さまを見送りながら、おばさは大きなため息をついた。
(もういっぺん、仕入れなおさにゃいけん。じゃけど仕入れのお金はどうする。ぜんぜんありゃせん。売って買って、売って買ってで、まわっとったんじゃ。売ってがのうなったら買うこともできんが……)
 おばさは、もうひとつ大きなため息をついて、家ん中へ入ろうとしたが、ブーンと言う音で、おやっとふり返った。なんと蜂が目の高さに飛びまわっとる。(ひょっとして、きのうの蜂かな、三びきじゃし……)と思うた後で、(まさかぁ)と、つけくわえた。
 ところが蜂は、やかましゅう顔のまわりを飛びまわる。おばさが(やっぱりきのうの……)と思うたとたん、蜂たちは、ついてこいと言うように、山の方へむかっては、引き返してくる。

 おばさは蜂を追って、走ったり歩いたり、山ん中を行くと、急にひらけたところに出た。
 そこの草がぬかれたところに、ま新らしい手おけが一つ、おいてある。蜂はそのおけのまわりを、音をたてて飛びまわった。
(なんじゃろう)おばさは、おけのふたを取って見たら、とろりと黄色いものが入っとる。
「鬼さまぁ……これをわしに、くださるんじゃろうかぁ」
 おばさは、大きな声で言うてみた。すると遠くから、鬼の声が聞こえた。
「おうよ。それが礼じゃあ……それをなあ、ひとさじずつ売れぇ……万病にきくぞう……」
(ふうん、病気にきくならにがい味じゃろうな)そう思うて、ためしに指につけてなめてみた。なんと、それまでにいっぺんも口にしたことのない、あまいあまい味じゃ。
(はあ、こりゃあ、なんとうまいもんか)
 おばさは、もういっぺん聞いた。
「鬼さまぁ、こんなうまいもん、ほんまに万病にきくんかなぁ?」
 返事はなかったが、蜂はもう、帰り道をおしえようとしとる

 おばさは家に帰ると、まずおっ母になめさせた。
「おっ母。これは万病にきくんじゃと。しっかりなめて、元気になってほしいが……」
 おっ母は、両手を合わせて、なきながら言うた。
「のうや。こんなうまいもん。生まれてはじめて、口に入れさせてもろうた。せがれが死んでから言うもの、おまえには苦労ばっかりかけとるのに、こんなうまいもんをなあ」

 おばさは万病のくすりを、庄屋さまに持って行った。
「こりゃぁみつじゃ。蜂みつじゃがな。それもえれえりっぱな蜂みつじゃ。こんなええ蜂みつは、しょうぐんさまでも、めったにお口にゃできんじゃろ」
 庄屋さまは、えろう喜ばれて、おけの中の半分を、びっくりするほど高う買うてくれた。
 おばさは考えた。(庄屋さまはたんと銭をもっとってじゃから、喜んで買うてくださった。じゃが村のしゅうは銭のないもんが多い。そんなもんにかぎって病気でこまっとる。よしきめた。あとはただで分けよう)
 おばさは万病のくすりを、せきでこまっとる市じいさんのまごにやり、ちちが出んでよわっとったおよね方のよめにやり、となり村の、病気でかせげんようになった吉三にやりして歩いた。
「たのむたのむ、おらの馬がたおれた。おらの馬にもなめさせてやってくれ」
と、むこう村の男にたのまれて、馬になめさせると、なんと馬はおき上って、ヒヒヒーンと、いせいようないた。
 万病のくすりは、びっくりするほどようきいた。ちゅうぶでねとったじじさも、足をいためとった男も、青い顔でぜいぜいしとった女も、二、三日もするとピンピンして、畑のもんやら山のもんやら、川のもんやら持って礼に来た。
 湯のみ一ぱいの、白い米を持って来たものもいた。おばさはその白い米をたいて、おっ母に食べさせた。おっ母は、
「万病のくすりもうまい。白いまんまもうまい。わしはなんと幸せもんじゃろうか」
と、またないた。
 いや、人間だけじゃあなかった。
 たぬきやきつね、鹿やら小鳥までがおばさのくすりで元気になった。
 すっかりからになった手おけの中を、もうひとすくいとれんかと思うとったとき、ブーンとあの音がした。蜂じゃ。おばさはためらわず、からの手おけを持って蜂を追った。

 いつかのひらけたところについたが、蜂は飛ぶのをやめん。
「鬼さまあ……万病のくすり、ありがとうございましたぁ。手おけ、お返しせにゃあいけんと思うとりました。ここにおいといて、よろしいじゃろうか」
 おばさが大声で言うと、遠くの方から声が聞えた。
「もっと、こっちへ来いよう。いいもん見せてやろう」
 おばさはまた、半分走りながら蜂を追うた。
 するとどうじゃろう。花のさきみだれている所にたどりついた。かぞえきれん蜂がぶんぶん飛んどって、花の中に鬼がすわっとる。
「よう来たぁ」
と、鬼が言うた。
「おばさよ。この花畑をおまえにやる。おしえてやるから、これからは万病のくすり、自分であつめろ」
 おばさは、目をまわしそうになった。
「鬼さまぁ。手おけ一ぱいで、じゅう分じゃが。あれだけで、どんなに助かったことか。おかげでおっ母も元気になったし」
 鬼はわらった。わらう声はかみなりのように、ごろごろとひびいた。

「万病のくすりは、少しずつ、つづけてなめろ。蜂をかわいがってくれ。そうすりゃあ蜂が、くすりを作ってくれる」
「鬼さまぁ、これから、どうされるんじゃ」
「おばさに、仕事のやり方おしえたから、わしは行く。まだせんとならんことがあるからな」
 鬼はそう言うと、よっこらしょっと立ちあがり、ずしん、ずしんと、行ってしもうた。

 何年たったじゃろうか。
 おばさは村のしゅうに、おばさとはよばれず、おばばとよばれるようになっておった。
 雪どけの、ある日のことじゃった。蜂がむかえに来たので、おばさは花畑に行った。
 花はもうさいとった。いや、ずーっとさいとったんかもしれん。
 花畑のまん中に、黒いもんがある。
 なんじゃろうと、そばまで行ってみると、鬼がたおれとった。おばさはおどろいて、
「鬼さまあ……鬼さまあ……」
と、よんだ。なんべんもゆすったら、鬼はたいぎそうに目をあけて言うた。
「おばさか……。わしは、もうじき命がつきる」
「万病のくすりが、あるじゃろうに……」
と、おばさはないた。鬼はごろごろわらった。
「わしは、病気じゃあない。年よ、年……」
 そう言うて、鬼は力なく手をふった。
「千年も生きた。おばさよ。おばさに助けられてからの年はなあ、おまけじゃった」
「鬼さまあ、死んじゃあいけん、死んじゃあ」
 おばさは、なきにないた。
「ここは、わしがおらんようになったら、元の山にもどる。おばさよ……もうここには来るな。すぐ帰れ……」
 おばさは、大声でさけんだ。
「いいやっ。わしは、鬼さまのそばにおらせてもろうて、かん病させてもらいますっ」
 鬼はまた、やっと聞こえる声でわらった。
「おばさよ、帰れ。わしは風になる。帰れ……」
 鬼がそう言うと、花畑に、さあーっときりが立ちこめてきて、たちまちなんも見えんようになってしもうた。と思うたら、ぶーんと音がして、蜂が目の前を飛びまわりはじめた。
 おばさは蜂について、とぼとぼ歩いた。
 蜂の羽音が聞こえんようになって、おばさがわれにかえると、足もとの谷川が、雪どけ水を、ようけあつめて、いきおいように流れとった。

 おばさの、万病のくすりは、それからも、みなのしゅうを助けた。
 手おけの中の蜂みつは、いくらすくっても、あくる日には、ちゃーんとふえとるのじゃった。

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