ミツバチの童話と絵本のコンクール

ひとりぼっちのミツバチ

受賞後藤 みわこ 様(愛知県)

村の道は、ひっそりとしていました。あたりの小さな家のどれもが、るすのようです。お姫さまが自転車に乗って、ミツバチといっしょにとおりすぎていくことに気づくものは、いません。
「どうしてかしら」
お姫さまがいうと、ミツバチはこたえました。
「天気がいいからだよ」
「あそびにいったのね」
「ちがうちがう。畑のしごとに出たんだよ。麦の畑があるからね。麦を育てて、粉にして、お城にとどけなきゃ」
「ホットケーキを作るためね」
「まきばの牛のせわもある。お城にミルクやバターをとどけなきゃ」
「ホットケーキを作るためだわ」
仲間はひとりもいないけれど、みんなが、わたしのためにはたらいている。そう思うと、お姫さまはとくいな気分になって、
「ミツバチだって、わたしのためにせっせとミツをとどけるべきなのよ」
そんなひとりごとをいいました。それなのにミツを自分でとりにいかなくてはならないのが、なんともしゃくにさわります。
ミツバチが、あきれたようにため息をつきました。
村の道ではじめに出会ったのは、つばめでした。お姫さまの頭の上で、とおせんぼしたのです。
「ちょいとまちな」
高いところから命令されて、お姫さまはむっとしました。しらん顔でとおりすぎようとしましたが、つばめはつばさを広げて、じゃまをします。しかたなく自転車を止めると、どこかにペチコートがはさまっていたのでしょう、ぴりりっと音がして、やぶれてしまいました。
そのせいで、お姫さまはいっそうおこっていいました。
「なんの用?わたしたち、いそがしいの」
「そのミツバチ、あんたのかい?」
「わたしのじゃないわ」
「じゃあ、くっちまってもいいよな」
「くう、ですって?」
「おいら、はらがへってるんだ。これからもういちど、巣を作らなくちゃならないのにさ。村のいたずらな子どもたちが、おいらの巣を、のきからたたきおとしちまったんだ」
「それは、お気のどくに」
と、お姫さまはどうでもよさそうにいいました。本当に、つばめのことなど、どうでもよかったのです。ペチコートをやぶいてしまった自分のほうが、ずっと気のどくだと思っていました。
「だから、はらごしらえをさせてくれ」
つばめがいうのを聞いていたミツバチは、はねの音をしのばせて、お姫さまのかたのうしろにかくれました。お姫さまは首をすくめて、
「わるいけど、このミツバチはわたせないわ。だいじな道案内なの。そのかわり、お城のまわりのどこにでも、巣を作っていいわ。いたずらする子は、ひとりもいないわよ」
つばめは、よろこびました。
「そいつはありがてぇ。城なら安全だ。むかしみたいに花がさいて、虫のれんちゅうがあつまってくれりゃ、えさにもこまらねぇから、いうことないんだがな」
そういって、城のほうにとびさってゆきました。
「つばめのせいで、ダメになってしまったわ」
お姫さまはいいながら、やぶれたペチコートをぬぎました。ペチコートがあるから、ドレスが広がって、はなやかに見えるのです。でも、ペチコートがないほうがペダルをこぎやすいことは、自転車に乗るとすぐにわかりました。だからお姫さまは、つばめにはらを立てたことをわすれてしまいました。
しばらくいくと、こんどは、かえるにとおせんぼをされました。細い道のまんなかに、かえるがどってりと四つんばいになっているので、お姫さまもあわてて自転車を止めるしかなかったのです。そのひょうしに、お姫さまは、道ばたのどろでくつをよごしてしまいました。
「ちょっと、おじょうさん。おじょうさんの頭の上でぶんぶんとんでいるハチ、あたしにたべさせてくれないかね」
かえるがいいました。
お姫さまは、くつを見ながら、どうでもよさそうにいいました。じっさい、かえるのことなど、どうでもよかったのです。
「あんたも、おなかがすいてるの?」
「ああ。たまごをうむ前には、えいようをとらないとね。けっこうつかれるしごとなんだよ」
かえるは、どれだけおなかがすいているかを見せようとするように、くわあっと口をあけました。
ミツバチはまた、お姫さまのかたのうしろににげました。お姫さまは首をすくめて、
「このハチは、たべさせるわけにはいかないわ。だいじな道案内だもの。そのかわり、きれいな池をおしえてあげる。お城のうら庭よ。そこでたまごをうんでもいいわ。石だたみをずっと歩いていくと、池に出るから、すぐにわかるわ」
「そうかい、ありがたい。石だたみの上を歩くのは、体がかわいちまうから、つらいけどね」
そういいながら、かえるはのそのそと、すれちがっていきました。
「お気にいりのくつだったのに」
お姫さまはそういいながら、くつのどろがつかないようにドレスのすそをもちあげてむすびました。そのほうがペダルをこぎやすいことは、自転車に乗るとすぐにわかりましたから、お姫さまはかえるにはらを立てたことも、わすれてしまいました。

お姫さまの自転車は、小さな村をとおりぬけ、大きな森に入りました。
森の木々にはいつでも葉がしげっています。たった一本ある道も、夕方みたいにうすぐらく、ゆきかうものはありません。
「だれにもじゃまされずに走れて、わたし、たのしいわ」
お姫さまは頭をあげて、わざと大きい声でいいました。
「こわいの?」
ミツバチが耳のそばでいいました。お姫さまは頭をふって、
「こわいわけないでしょう!」
「そうだよね、ひとりじゃないもんね」
お姫さまは自転車を止めて、ミツバチを見ました。たしかに、ミツバチがいるだけで、ひとりでこの森をとおるより、ずっとましです。
「でも、おまえは、ひとりぼっちが好きだっていってたわね」
お姫さまがつぶやくと、ミツバチはハンドルにおりました。
「きみも、ひとりが好きなんだよね」
おたがいにそういったきり、ふたりはだまりこみました。
ぎしぎし鳴る自転車と、ぶんぶんうなるはねが止まり、おしゃべりもやめてしまうと、森の中はしずまりかえりました。
風も、森には入りたくないのでしょうか、こずえはじっとしたきりです。どの葉も、そっぽを向いています。こんなにたくさんの木があって、かぞえきれない葉がしげっていても、お姫さまはひとりぼっち。ミツバチもひとりぼっちなのでした。
あんまりしずかすぎるので、うるさいような気もします。耳のおくで、どきんどきんと「こわさ」がふくらんでくるせいかもしれません。
「おまえと手をつなげたらいいのに」
ハンドルの上のミツバチに、お姫さまはいいました。ミツバチはふしぎそうに、
「同じこと、考えていたんだよ」
と、つぶやきました。
お姫さまはきゅうにてれくさくなって、わざと大きな声をあげました。
「でも、そんなこと、ばかげてるわね!さぁ、いそぐのよ」
きびしく命令して、お姫さまはペダルをふみおろしました。銀のハンドルからすべりおち、ミツバチはあわててとびあがりました。
こうして、森のなかばまで、やってきたときです。
目の前にいきなり、黒いかべがあらわれました。
お姫さまはあわてて、ブレーキをかけました。ミツバチもいそいで身をひるがえし、お姫さまの髪にしがみつきました。
「うおおい」
かべがいいました。いいえ、かべに見えたのは、大きなクマだったのです。
「ちょっとまて。このハチは、たべさせてあげないわよ。いないとこまるの」
クマが、大きな体をふるわせて笑いました。
「ハチなんかくわない。小さすぎる。おれは、もうれつにはらぺこだ。おまえをくいたい」
「まぁ!なんですって?わたしをだれだと思っているの?」
お姫さまは自転車からおりたって、むねをはりました。
「おまえがだれでもいいさ。まるまる太って、うまそうだ」
「ぶ、ぶれいもの!」
まるまる太って・・・・・なんて!
お姫さまにそんなことをはっきりいうものは、ひとりだって城にはいないのです。
お姫さまはまっかになっておこりましたが、クマは聞いていませんでした。両手をあげ、口をあけて、せまってきます。本当に、かべがたおれかかってくるようでした。
お姫さまはこわくなって、ぼうのように立ちつくしました。にげなくては・・・・・と思うのに、どんなに自分に命令しても、体はいうことを聞きません。
そのとき、髪から、小さな光がはじけました。金色の服を着たミツバチが、クマの顔めがけてとびだしたのです。
「あっちへ行け!行かないと、いたい目にあわせるから」
ミツバチがさけびます。
クマは、笑うだけです。
「おまえのようなちびに何ができる。じゃまするな。うるさいぞ」
クマの大きな手が、ぐるんとふりあげられました。ミツバチがとおくにはねとばされる・・・・・とお姫さまが目をみはったときです。
「うおうおうお、なんだ?うおお、いたいよぅ」
クマが、べそをかきはじめました。
ふりあげていた手をかかえるようにしながら、森のおくへかけこんでいきます。
「ぶれいもののクマなんか、いたい目にあってあたりまえよ!」
お姫さまは、クマのせなかにそういいました。 そのとき、かたの上におちてきたものがあります。つまみあげて、お姫さまはおどろきました。
「ミツバチじゃないの!」
「うん」
ミツバチは、はねを動かすこともできないようです。
お姫さまのてのひらにのったまま、小さくうなずいただけでした。
「クマにやられたのね」
「ちがうよ。クマには指だって、さわらせなかった。すばやかったでしょう?手に針をさしてやったんだ」
「まぁ、すごいわ」
「うん、すごいよ。でも、おしりの針は一本しかないから、だれかにさしてしまうと、もう、ダメなんだ」
「まぁ、ミツバチ!目をあけなさい!わたし、こまるわ」
「そうだよね、だいじな道案内だもんね」
お姫さまは、口をとがらせました。
「しつれいね!道案内なんかいなくても、ミツバチの巣ぐらいさがせるわ。いいわよ、すぐに見つけるわ。ミツバチの巣をね。あんたのママなら、あんたを元気にできるかもしれないもの。わたしがカゼをひいたとき、お母さまがおくすりをのませてくれるみたいにね」

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