|
学校の帰り道、加奈はとっておきの場所に麻衣ちゃんを案内した。山に沿った通学路の途中に、山が引っ込んで野原になったところがある。春は花見、秋には紅葉狩りや木の実拾いをして、昔から地域の人が楽しむところだ。その野原の真中に浅い沼があり、六月にはショウブの花が咲いている。沼の周りは自然に咲いた花がいっぱいで、今はタデが赤い色を競い合い、その向こうにはツリフネソウの赤も点々と広がっていた。
「あっ、ミツバチ」
麻衣ちゃんがおどろきの声をあげて、加奈の肩をたたいた。加奈は「どこに?」と探していると、麻衣ちゃんが「あそこ」と言い、はしゃぐように指さした。
ツリフネソウの花をかすかにゆらして、ミツバチが花にもぐるのをやっと見つけた。
「ほんまや、気がつかへんかった」
庭のヒマワリに来たのを見たきりで、夏休みが終わるとミツバチはいなくなるのかと思っていた。
「神戸の駐車場でミツバチを見た」
麻衣ちゃんがさびしそうな顔になった。
「駐車場?」
加奈は不思議に思った。
「私が小さいころの話。駐車場に黄色い花が一本だけ咲いとった。風もないのに変なゆれかたをして。コンクリートの割れ目によ」
麻衣ちゃんは静かに言った。加奈は、その不思議な光景を頭に描いた。
「なんでゆれとったと思う?」
麻衣ちゃんは、クイズのようにじれったく言う。加奈は、早く続きを聞きたかった。
「コンクリートにたたかれそうになるまで茎が曲がって、ミツバチがびっくりして花の中から飛び出した。そしたら花がピヨンと立って、またミツバチが花にとまった。それを繰り返すんや」
「へえー、ミツバチが」
加奈は、ゆれていたわけがわかってすっきりとした。
「昔、そこは私の家があったところやって。私はコンクリートを敷いた駐車場しか覚えてないけど」
麻衣ちゃんが、そんな話をしたわけが加奈にはわからなかった。
「あのときミツバチを見て、今みたいにファーとした気持ちになった。でも、ミツバチは黄色い花が好きなはずなのになあ」
麻衣ちゃんは、赤いツリフネソウにとまったミツバチを、じっと見つめていた。
「知ってる? おじいさんの菜の花」
加奈は聞いてみた。
「まだ見てない。私が小さいころ、黄色い花が好きや言うたことがあるみたい。『麻衣、菜の花が咲いたぞー』、春になったら毎年、おじいちゃんから電話がかかってきた」
「来年は見られるね」
加奈は、おじいさんがよろこぶ顔を浮かべて、うれしくなった。
「帰ろうか、また連れて来て。ここ、すっごく気に入った」
麻衣ちゃんは広い野原を見渡した。そのときミツバチが、麻衣ちゃんの匂いをかぐように近づいた。
「お花はあちらです」
ホテルに泊まったときのボーイさんのように、麻衣ちゃんは手で案内する真似をした。
通学路までもどって来ると、麻衣ちゃんが立ち止まった。
「ここも好き」
田んぼが段々になった下の方に、山にはさまれた県道が曲がりくねって見えている。加奈もここの景色が好きだ。麻衣ちゃんは、とうとう田舎の子になったと思った。
|