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どのくらい、目をつぶっていたでしょうか。ふわぁっと、まぶたの奥が明るくなり、小さな虫たちの羽音や、鳥のさえずり、小川のせせらぎなどが、聞こえてきました。梢杪を揺らし、木の葉の間をすりぬけた甘い風が、ほっぺたをなでて、ぼくを包み込みました。
そうっと、目を開けると、そこは一面、うす紫色に染まったお花畑でした。山のすその方まで広がっています。
そう……、ぼくが生まれ育った町のはずれに、こんなお花畑があったっけ。
そこへ、どこからか、歌声が聞こえてきました。
「ひぃらいた ひぃらいたぁ
なぁんの はぁなが ひぃらいた……」
声のする方へ目をやると、誰かいます。一人の女の子が、うす紫色の、ぼくの庭のとおんなじお花で、いっしょうけんめい、なにか作っていました。
「れんげの はぁなが ひぃらいた……」
と、ぼくがこそっと小さい声で続けますと、そのまっ黒のまん丸の目がこちらを向いて、じっと見つめました。
「あ。」
目が合った瞬間、ぼくは声をあげてしまいました。だって、お花やさんで会った、あの女の子だったのですから。
「あぁ……。」
ぼくは、思い出しました。小学生だったころ、このれんげのお花畑がいっせいに色づく、この季節にだけ、転校してきて、またすぐに、よそへ行ってしまう女の子のことを。その子の名前は、たしか「咲」さきちゃんっていいました。さきちゃんのお父さんは、養蜂といって、みつばちを飼いながら、ハチミツを集めるお仕事をしていました。だから、さきちゃんは、お父さんといっしょに、あちこちのお花畑へ行くために、日本中をトラックで旅しているのでした。
そんなことを、ぼんやりと思い出していたぼくに、さきちゃんは、まぁるく輪にしたれんげのくびかざりを両手でかかげて
「ほら、できたわ。」
と、言って見せてくれました。
そして、ぴょんっと立ち上がり、背伸びして、ぼくのくびに、できあがったばかりの、れんげのうす紫が美しいくびかざりを、かけてくれました。こそばゆい顔してつっ立ったままのぼくの顔を見て、さきちゃんは、小さく両手でパチパチと手をたたきました。にっこりほほえむ顔に、ぼくは、またハッとしてしまいました。右のほっぺたにだけできる小さなえくぼを見て、にわかに、この日のことが、思い出されてきたのです。
もうすぐ、ぼくが、ここに来るはずだったのです。小学生の……。そう、この日の夕方、さきちゃんは、もっと山の方へ、お父さんと出発してしまうのでした。その前に、ぼくはお花畑をさきちゃんに案内してもらいながら、みつばちを見せてもらう約束をしていたのでした。
なのに――。
なのに、ぼくは、間に合わなかったのです。
そして、この日から、さきちゃんがこの町に訪れることはなくなってしまったのでした。
ぼくは、新しく、れんげのくびかざりを編み始めていたさきちゃんに、
「ちょっと、待ってて。」
と、言って、かけ出しました。
「ぼくを見つけなくちゃ。ぼくを助けなくちゃ。」
と、つぶやきながら、町へと続く一本道を走りました。走りに走りました。
いました。ちょうど、小川の橋の手前で、やせた小さなぼくが、自転車ごとひっくり返っているのを見つけました。
(間に合わなかった……。)
どうせなら、転ぶ前に見つけたかったのです。急ぐぼくの自転車の車輪が、でこぼこ道に入ったとたん、小石を拾ってしまったのでした。その時の傷のあとが、まだ、ひざこぞうに残っています。ころんだショックで全身がしびれていたことを思い出しながら、
「早くっ。」
と、ぼくは、ぼくを抱き起こして、背中におぶって、もと来た道をひきかえしました。
どろんこで、すり傷だらけの、小さなぼくを、どうしても、さきちゃんのところまで連れていきたい一心で走りました。耳もとで、巣箱に帰るみつばちたちのブンブンいう音がします。あっという間に、みつばちたちには追い越されて、ぼくの息急き切る声だけが聞こえていました。
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