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みつばちの童話と絵本のコンクール


「里山のカクリ」
一般の部 佳作
榎田 政隆 (神奈川県)

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また春がやってきました。
 その年のカクリのめは、自分でもびっくりするほど大きな葉が二枚も出て、いよいよ花をつけるときがきたのかも知れません。これまでの何年間は、先が少しふくらんだ一枚だけの葉でしたから、大きな葉が二枚出てきたときにはおどろいてしまいました。カクリの夢がかなうときがようやくきたのです。
 そう思うとカクリの気持もたかぶっていました。まわりをよく見ると、二枚葉のカタクリよりも一枚葉だけの目だたないカタクリがいっぱいあることに気づきます。いままで自分のことだけが気になって、一枚葉の仲間がこんなに多くあったことに気づかなかったのです。カクリは、そんな自分が少しはずかしくなりました。
 カクリにとって、わくわくするような時間がはじまりました。
 向き合った二枚の葉の間から出たくきの先に、先を閉じたままうつむきかげんのつぼみが出てくると、くきはぐんぐんのび出て、そして、カクリは美しいすがたのカタクリになりました。
 日ざしのあたたかさが伝わると、やがて花びらの先が半分だけ反りかえりました。花がさいたのです。カクリの夢がこれから始まるのです。つぼみは、日がさしてあたたかくなると開きはじめ、くもった日にはしぼんだままです。そんな日が何日かつづきました。
 花が開くと、どこからともなく生きものたちがまわりにあつまってきました。
 最初にやってきたのはミツバチでした。ミツバチはしばらく花びらにとりつこうとしていましたが、あきらめてこんどは外がわの花の根もとにとまり、花びらの外からミツをすいはじめました。ミツバチはしばらくしてさっさと飛びたっていきました。カクリは、花の中ではなく、外からいきなりミツを横どりする虫がいたのにはおどろきました。
「花粉をはこんでもらうためにミツを用意したんだから、しべに止まってよ」
 となりで見ていたカタクリが、そんなミツバチをみてつぶやきました。そのあとしばらくは、カクリのもとに虫がやってくることはありませんでした。カクリは、あたたかな日ざしにあたりながらうとうとしていました。
 そんなときです。とつぜん羽根をはばたきながら大きなチョウがやってきて、カクリの花にとまりました。カクリがはじめてめを出したときに、せんぱいの花に止まっていたギフチョウです。羽根は、あざやかな黄色と黒のしまもようで、しっぽのあたりにひときわ目をひく赤色が小さく点々とついた美しいチョウでした。カクリは思わずうきうきとした気持になりました。

 そのとき近くで声がしました。
「ゴローちゃん」
 カクリはその声を聞いて、いっしゅんあの懐かしいセミのゴロのことかな、と思いました。そんなはずはありません。セミのゴロが地上へ出ていってからもう何年もたっていましたから。その声の主は、いままで見たこともないほど大きな大きな生きものでした。
「ゴローちゃん、カタクリの花をふんだりしてはだめよ」
 それは人間の声でした。走り出した子どもを母親がたしなめるために子どもの名前を呼んだのです。カクリはびっくりしてしばらくじっとしていました。落ち着いてよく見直すと、呼ばれた子どもはうれしそうにカクリを指さしています。
「ほら見て、カタクリの花にチョウが止まっているよ」
「まあほんとだわ。なんてきれいなんでしょう」
「これは何というチョウ?」
「ギフチョウじゃないかしら。本で見たことあるわ。本物を見るのははじめてよ」
「なぜチョウがカタクリの花に止まってるの」
「花のミツを食べにきたんだわ」
「それじゃ、カタクリの花のミツをよこどりしてるの?」
「そうじゃないのよ。花は虫をよびよせるためにミツを用意してるの。花粉をはこんでもらうためだわ。花は受粉しなくちゃ種がつくれないのね。だからこうやって、花と虫はおたがいに助けあってるのよ」
「ふうーん、じゃ、カタクリとギフチョウはお友だちなんだね」
 しゃがみこんだまま、ゴローという人間の子どもは、カタクリの花とミツをすいつづけているギフチョウをじーっと見入っていました。カクリは少し有頂天になっていました。
 しだいに、このゴローという人間に、セミのゴロと同じように親しみを感じはじめていました。いつまでも見ていてほしいと思ったのです。だって、こんなに目と目でみつめあったことは、カクリにとってはじめてです。まるで夢のような時間です。
 いっしょうけんめい生きてきてよかった、カクリはそう思いました。ゴローという人間の子どもの心の中は、いま、ギフチョウとカクリのことでいっぱいなのです。きっとゴローにも夢のような時間なのでしょう。
 カクリは、息をころすようなそぶりで見入っているゴローが、しだいに友だちのように思われてきました。カクリはゴローに声をかけました。
「やっと花がさいたんだ、きれいでしょう」
 カクリの呼びかけにゴローは気づいたようすはありません。ゴローの声は聞こえても、カクリの声は人間にはとどかないようでした。それでもカクリは、セミのゴロがいったように、ギフチョウやミツを横どりしていったミツバチやそれに知らんぷりしていた土の中の生きものたち、それに人間のゴローなどともいま「いっしょに生きてる」と思うのでした。

 ゴローの花の時期はおわり、また夏になりました。林の中は葉がしげって太陽の光がはいらなくなりました。でも、カクリの花のあとには小さな実がそだちはじめていました。
   



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