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みつばちの童話と絵本のコンクール


「春のうた」
一般の部 佳作
河合 真平 (愛知県)

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 その日から孤独な作業をはじめた。村の者たちは当座の住居を建てると、あとはやる気をなくして、どうやってさらなる援助を引き出すか、いつ村を捨てるか、そんなことばかりひそひそ話し合っていた。みなの心もまた沼になっていた。それに背を向けて、デンイチは用水路を造りつづけた。
 竹を切り出し、鉄棒で節を抜いた。
 測量の道具を作った。水が流れるように要所を決めた。
 デンイチは勝手に歌を作った。歌いながら働いた。こんな歌だ。
「水をやれ 肥をやれ 春になったら花が咲く 花が咲いたら蜂が来る 蜂が来たら蜜がとれ 実りの多い秋が来る」
 四六時中歌っているもので、小さな子どもたちが真似をはじめた。そのうち歌いながら手伝うようになった。なぜか子どもたちは小さな鍬を持っている。聞くと援助物資に入っていたという。
 デンイチは意味を図りかねた。巌谷屋は心底意地悪で、年端も行かない子どもに働かせるほど悪辣な男なのか。それとも……。
 デンイチの手で何度も血マメが破れて固まった。手のひらが石のようになった。そのころおとなたちも動き出した。デンイチの計画に従い、竹の導水管を何本もつなげた。冬が来た。雪の中でも作業は続けられた。力を合わせれば作業は早かった。旧暦の正月が来る前に、どこでも水が使えるようになった。
「さあ。種をまこう」
 人々は疲れ果てていた。しかし、種をまこう、こういったとき、その顔が光り輝いた。それは希望だったからだ。種は芽を出す。光の中で、あのちっぽけな一粒だったものが、緑を繁らせる。畑のこちらで肥をやり、一周して戻ってくると、最初の瓜がすでに一回り大きくなっている。その魔法のような出来事を人々は思い出した。
 やってやろう。人々は歌った。
「耕せよ 種をまけ 黒い畑に芽が息吹き、繁ってやがて花が咲く。花のあとには実がなって 腹がくちればまた来年」
 一日ごとに日が長くなった。風がやさしくなった。黒ずんだあかぎれの手にあぶらが戻った。大地がぬくもった。
 春が来た。
 山の木々の枝に、小さな芽が吹き、すぐに若葉になった。その枝でうぐいすが鳴いた。
 ある朝デンイチは畑に目を見張った。干からびた沼地の色に、小さな緑が並んでいた。
「芽が出たぞー」デンイチは叫びながら村中を駆け巡った。
「デンイチ、こっちに来てみや」
 ミカが呼び止めた。デンイチが駆け寄ると導水管にそってカタバミの群れがあった。
「花が咲くよ」ミカが顔をほころばせた。
「蜂は来るかな」
「来るよ。きっと来るよ」
 デンイチはうなずいた。
 夏が過ぎ、秋になった。
 デンイチは玉沢に巌谷屋を尋ねた。いつぞやの営所で巌谷屋に会った。つぼを鼻先に突きつけた。
「そら見ろ。蜜だ」
 巌谷屋は厳しい目つきでつぼを受け取った。ふたを解いて指で蜜をすくった。つーっと金の糸が輝いた。巌谷屋は指をなめた。
 口をぐっと結んだ。顔をやや伏せてふーっと大きな息をついた。目を閉じていた。
 どんなものだ。
 デンイチは心の中で叫んだ。
 そのとき巌谷屋の目から、はらはらと涙が落ちた。
 おれの成功が泣くほど悔しいのか?
 デンイチは疑いつつ巌谷屋の顔を見つめた。
 いやちがう。
「よくなさいました」巌谷屋は声を絞り出した。「一滴、一両で買いましょう。つぼの残りには百両出しましょう」
「なんだって? あんた……」
 巌谷屋は立ち上がり深く腰を折った。デンイチをおとなと認めたのだった。
「巌谷屋さん……。おれは」
 デンイチはようやく知った。巌谷屋は強情な若者に負けん気を起こさせたのだ。それをてこにがんばる機会をくれた。
「これからも励んで、いい蜜を作ってください。その際にはなにとぞ当方にお納めくださいますようお願いします」
 デンイチの足が、がくがくと震えた。陣屋の前を玉沢の人々が歌いながら通り過ぎた。
「水をやれ 肥をやれ 春になったら花が咲く……」
 巌谷屋がわらった。
「だれが作った歌でしょうか。いい歌です」
 花が咲いたら蜂が来る 蜂が来たら蜜がとれ 実りの多い秋が来る
 デンイチは翌年ミカと所帯を持った。
 村は年々豊かになった。時代が変わって苗字をつけるとき、多くの人は蜂谷と名乗ったそうだ。
   



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