ようこそ ゲスト
小中大
ごあいさつ
創業の精神・企業理念
事業内容
会社概要
私たちの取組み
みつばち文庫
ミツバチの童話と絵本のコンクール
エコスクール
みつばち教室
文化セミナー
植樹活動
ネパール植樹活動
内モンゴル植樹活動
子どもたちの子どもたちの子どもたちのために。
環境への取り組み
風力発電システム
ソーラーシステム
みつばち牧場

新着情報
採用情報
お問い合わせ
ショッピング
みつばち広場

当サイトはTRUSTeプライバシープログラムのライセンシーです。

みつばちの童話と絵本のコンクール


「春のうた」
一般の部 佳作
河合 真平 (愛知県)

――――――――――――――――――――

 ズドドドド。
「地震だ」デンイチはミカの手をにぎった。
 村はずれの見晴台に、きのこ狩りに来ていた。左右の山がどんどこ歩くかというほどの揺れだった。
 いまから百五十年ばかり前、その年は正月から地震が続いた。デンイチの住む大沢村でも、秋までに何度か揺れた。家が倒れるほどのことはなかった。が……。
 地震から半月もたったある晩のことだ。デンイチは父母と祖母と囲炉裏を囲んでいた。
 オバアのしわに埋もれた目が、はすに天井を見上げた。
「耳を澄ませ」乾いた声が発せられた。
 デンイチはひさしぶりにオバアの声を聞いてきょろっと笑った。父と母は箸を止めて顔を見合わせた。しんとするとグググと家をずらすような音があった。
「谷に変わったことはないか」
「さあなあ」父は首をかしげた。「そういえば川の水が少なくなってほとんど涸れんばかりだな」
「うかつな」老婆はバシッと膳に箸をたたきつけた。「山津波が来るぞ」
 父はバネのように飛び上がった。一目散に外へ走りでた。フレが回った。谷のきしむ音がすでにゴウゴウとどろいていた。
 オバアは「見晴台に上る」といった。
「ついていきな」デンイチは母にナタを渡されて暗い山肌を見上げた。
 デンイチはナタでやぶを払って登る、そのうしろから杖のオバアがつづいた。十三で元気の盛りのデンイチと、同じ速さで歩む。昨日まで置物のように動かなかったというのに。
「歳をとれば、力の出しどころもわかるってものだ」
 デンイチはなにもきかないのにオバアは不思議にこたえた。
 なるほどたいしたもんだ。岩か山かというほど頑固な父を、飛び上がらせたのだものな。
 デンイチは目を丸くしてうなずいた。

 三日月が西の山に沈みかかっていた。暗い谷に松明が動いている。デンイチたちのようにやぶをこいでまっすぐに高台に向かうもの、九十九折の道を行く大勢のもの、しらみの亡霊のごとく燃えていた。
 見晴台の木々は赤く色づきはじめていた。つい先日ここでミカの手をにぎったことをニヤニヤと思い出した。オバアにまた見透かされてはたいへん、と顔を引き締めた。そのうち母が登ってきた。父も来た。いくらかの家族が見晴台にやってきて、デンイチはミカと顔を合わせた。小さくうなずいた。
 村の低地から松明が消えた。谷を挟んであちらこちらで揺れていた。月が沈んでゆく。山の陰が谷をおおいだした。 「どうせおじゃんだ。せっかくだから見物だ」
 オバアは松明を消させた。目が闇になれる。谷の様子が浮き上がった。
 大太鼓を乱れ打つような音が足元に伝わった。上の沢でなにかが光った。
「山津波で稲光が起こるとはほんとうだったか」オバアはつぶやいた。
 キィッ、キィッとヘビの鳴くような音がした。かん高く空気を貫いた。
「見ろ」押し殺した声でだれかがいった。みなが息をのんだ。
 あちこちで小さな光を発しながら、なにものかが谷を動いてゆく。黒い。ナメクジがはうほどにゆっくりに見える。しかし家々を飲み込むのは一瞬だ。大木が倒され根が天を向く。さいころのように大岩が転がる。風が舞い上がって着物のすそをなびかせた。沼のにおいがした。
 そうだ。沼だ。ナメクジは動きを止め沼になった。村人の眼下で、谷は沼になった。  畑もない。田んぼもない。あぜもない。家もない。のっぺりとした沼だ。所々引き裂かれた木の幹が夜空をさしていた。まだ動きそうな大岩が濡れた巨体に湯気を上げていた。
 村人たちはその光景を眺めつつ、立ちつくして一夜を過ごした。
 三日後、代官所から役人が来た。
「復旧に努力せよ」と伝えて帰っていった。形のある話はなかった。
 百人ほどの村人はかろうじて残った神社で身を寄せていた。谷中探してクワが三本、それよりほかに使える道具とてなかった。
 どうしたらいいか、話し合いがもたれたが、役人が頼りにならないとあってはなす術がない。
「巌谷屋に頼めんかな」だれかがつぶやいた。
 役人の話によれば、今回の山津波で下流の玉沢も被害を受け、巌谷屋が援助しているとのことだった。
「あの人は商人だで。カネにならんことはせえへんだろう」
 みな無理だと思った。巌谷屋は古くは農民出の商家で、祖先は玉沢村の者だった。玉沢は代々水争いで大沢と仲が悪かった。
 それでも他に手がない。一か八かたずねることになった。が、壮年の男たちはみなしりごみした。上流の強みでいままでさんざ玉沢をコケにしてきた。合わせる顔がない。
 オバアとデンイチが発った。男たちは獣と戦ったり、なんとかして柱の一本でも建てようと必死である、そういうことにした。
 デンイチは玉沢の者と直接争ったことはなかった。しかし悪口はいくらでも聞かされていた。巌谷屋も強欲との評判だった。会いたくもないし頼みごとなどまっぴらだった。
 巌谷屋は玉沢にいた。寺に真新しい小屋を建て陣取っていた。
 目通りを願うと、中に通された。土間の向こうの板の間に巌谷屋は腰掛けていた。細長い顔がのっぺりと無表情で、デンイチは虫唾が走った。
 オバアにうながされてデンイチが文書を渡した。
 村の惨状を書き、急場の食料、木材、建築と農耕の道具を要請している。
「たいへんですな」巌谷屋は文書から目を上げた。
「なんとかお助けいただきたい」
「ふむ。しかしね」
 オバアは相手の気を読んだ。
「来るべき男どもが来なかったのは申し訳ない。しかし同じ水で育った兄弟と思い」
「兄弟げんかで、兄は弟に頭を下げられんですか」
 巌谷屋は皮肉っぽくわらった。
「なにとぞ見殺しにせんでいただきたい」
 オバアは腰を折った。デンイチはびくりとも頭を下げない。
「私も藩の桐山様の頼みで故郷の物産はよく買いますが、大沢の物は扱ったことがない」巌谷屋はデンイチに目をやった。
「大沢ではみな自分らが食うだけで精一杯だからな」
「それでは私が助けても甲斐はないというものです」
 デンイチは体がかっと熱くなった。
「それはわしらも反省せねばならん」
「このワラシは」
「わしの孫だ。こら、デンイチ、お前も頭を下げい」
 デンイチは、はらわた煮えくり返る思いで巌谷屋をにらんだ。
「ふむ」巌谷屋はデンイチの視線を受け流した。「いいでしょう。一度村にうかがいます」
 帰り道デンイチは悪態をついた。父を飛び上がらせるほどのオバアに腰を折らせたまま、椅子にもかけさせない。あんな奴の世話になんかなりたくない。
 黙って聞いていたオバアがぼそりといった。
「デンイチ。人間はいまこのとき、自分のためだけに生きるわけではないぞ」
 デンイチはオバアがなにをいったかわからなかった。が、おでこから尻まで棒を通されたような気がした。それ以上悪態はつけなかった。
 翌日巌谷屋がやってきた。当座の食料と材木がいっしょだった。のこぎりや槌も来た。さっそく住居の建築がはじまった。
 昼飯のあと、デンイチがしゃがんでひざを抱えていると、そばに巌谷屋が立った。
「まったくひどいものだ」
 デンイチはむっとしてこたえない。
「また耕作ができるようになると思うかね」
 なるさ、そう怒鳴ってやりたいが、谷の様子を見ればカラ元気も沸いてこない。デンイチの心にも泥が積もっていた。
 巌谷屋はデンイチに竹の筒を渡した。
「これがなにかわかるか」
 筒はたっぷりと重かった。水が入っているのではなさそうだ。デンイチは筒の栓を抜いた。栓からしたたったものが金色の糸を引いた。
「蜜だ」デンイチは思わず顔をほころばせた。
「ワラシ。わたしと賭けをするかね」
 デンイチは巌谷屋を見た。相手の細い目に気後れしてすぐにそらした。
 いまいましい。その場を離れてしまいたかった。村がカネを借りている。どうしようもなく卑屈になる自分を感じ、デンイチは顔を真っ赤に染めた。
「賭けってなんです」木くずで地べたをほじりながら聞いた。
「蜂を飼ってみろ」
「蜂? 花どころか草もないのに蜂なんか来ない」
「ならば来るようにすることだ。一年やろう。一年後一滴でも蜜を採ったら、一両で買ってやる」
 巌谷屋は西の谷に和作という蜂飼いの名人がいるから訪ねろ、と去った。
 意地悪だ。できないと思ってからかっているにちがいない。どんよりしていたデンイチの心に火がついた。
 一両だって? 一滴でいいならやってやらあ。
 



――――――――――――――――――――
→ 次のページへ
トップへ

フリーダイヤルでもご注文・お問い合せを承ります。詳しくはこちらをクリック
TRUST-e 山田養蜂場WebサイトはTRUSTeのライセンシーです。
山田養蜂場Webサイトでは個人情報保護のため、SSL暗号化通信を採用しております。
JADMA 山田養蜂場は、(社)日本通信販売協会の会員です。
株式会社山田養蜂場(岡山県鏡野町) Copyright(C)2008 Yamada Bee Farm All Rights Reserved.