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空には燃えるような夕焼けが広がり キラキラと流れる川に映り それはそれは美しかった。木々の緑が深呼吸する音が聞こえそうなほど 今日の山の空気は 澄みきっているように思えた。
夏草の香りに包まれているのは フロに入るより気持ちいい感じがした。
しかし ナオッペの腹の虫は 満足してはいなかった。
グルグルグル キュキュウウ…。
「魚 焼いてみるかな。」
ナオッペは 火を起こしたことはなかったが あんまり腹が減るもんで 見様見まねでやってみた。が、カチカチと石を打っても 木の枝をこすり合わせても
火はおろか煙も立たなかった。それでもなんとしても腹ペコでたまらんもんだから 何度も何度もやってみた。
カチカチ ゴシゴシ カチカチ ゴシゴシ
どれくらいやってみたか さすがのナオッペも あきらめかけた。
「だめか やっぱり。」
夕日は今にも焼け落ちそうなほど ぼってりと赤くなり あたりは薄暗くなりはじめた。
ふいに突風が吹き ザワリと草がゆれた。
あたりは どんどん暗くなっていった。
どこからか パチパチとたき火する音が きこえてきた。プーンと煙のにおいもしてきた。
「ありがてぇ!火種もらってこよう。」
ナオッペは 煙の来る方向を探した。どうやら ここより もっと川上の方らしかった。
ナオッペは 魚を脇にかかえて走って行った。草をかき分け 枝をくぐり たき火の音をめざして行った。
どれくらい走ったか パチパチとたき火の燃える音は ますますハッキリして 煙のにおいも濃くなってきた。
とっぷりと日が暮れて、月あかりの中 ナオッペは目をこらしてみると 川岸に 大きな木が三本あって その根元に うずくまっている人影があった。
たき火しているのは どうやら その人らしかった。暗くてよく見えないが 夜釣りの村人か旅の途中の人か。ナオッペは 少しずつ近づいて行った。
ブーン ブンブン と耳の奥がかゆくなるような奇妙な音が聞こえた。何の音だと思いながら ナオッペがさらにその人に近づいて行くと、その人は夜空に向かって手を振った。
「バイバイ また明日じゃなぁ。」
しわ枯れたような声は老婆と思われた。
「どこのばあさんだ こっだな所になしているんだべ。」
ナオッペは近づきながら もっと目をこらし もっとよく見た。
長くボワボワと広がった髪、きものは着ているが ただまいているだけのようで 何やら毛皮のような物を腰にまいている。
パチパチ燃えるたき火の明りに照らされてその長くボワボワした髪が金色に光って見えた。
ナオッペの足が ピタリと止まった。
ザワリと 全身に緊張が走った。体中に鳥肌が立ち 髪の毛が逆立っていくように感じた。
「まさか…ウソだべ…!!」
震えが 止まらない。
老婆がゆっくりと振り向き ナオッペを見た。そして ゆっくりとしゃべった。
「さびぃんだば 火ぃさあだれまんず。」
逃げなきゃと思い ナオッペは必死に走ろうとしたが どうにもこうにも足が動かなかった。
震えが 止まらない。
するとその老婆は ゆっくりと立ち上がり近づいて来た。
ナオッペはますます震え 脂汗が流れた。
そんなナオッペを まったく気に止めるようでなく、老婆は
「よいしょ、どっこらしょ」
と 落ちていた魚を三匹 ひょいひょいっとひろい上げると 川のほとりへ行き ササッと洗った。
それから ちょうどいい木の枝をひろい ズブリ ズブリと魚をさし たき火にかざして焼いた。びっくりするほど器用だった。
やがて ジュジューと魚が焼ける音がしてきた。
「ほれ、け(食)、はやぐこさ来てけ(食)ばいいべ。いづまでも そっだな所で 石みてぇんなってても しかたねぇべ。」
山吹オンバにしては 角もないしキバもない。ちがうかもしれない。そう思ったとたん腹の虫が大合唱をはじめた。
ナオッペは四つんばいになり まだ震えている足をひきずるようにして、おそるおそる老婆の方へ近づいて行った。
「ほれ けぇまんづ。」
老婆がさしだした魚は こんがりと焼けていて いかにもうまそうだった。
たまらず ナオッペは ガブリと魚にかぶりついた。そのうまいことうまいこと。口いっぱいにほおばったら のどにつまってしまいむせた。
「あいすかたねぇなぁ そっだにあわてて食うなやまんず。」
ナオッペの背中をたたきながら老婆は言った。そして竹筒の水を飲ませてくれた。ナオッペは ぐびぐびのどを鳴らして それを 飲み干した。
「うめぇ なんてうめぇ水だ。こんな水 村で飲んだことねぇや。」
老婆は ゆっくりと立ち上がり のっそりと歩いて川まで行き 竹筒に水をくんでもどってきた。そしてそれをまた ナオッペに さしだした。
ナオッペはまた ぐびぐびと飲んだ。不思議な ほんのりとした甘味があり かすかに何かいい香りがした。
老婆は 先ほどのと同じように こんがり焼き上がった残りの二匹の魚を ナオッペにさし出した。枝にささった魚は これまた うまそうに焼けて 香ばしいにおいがした。
ナオッペは 一本を老婆にさし出した。
「ばあちゃんも 食ってくれ。」
しばらくの間 老婆は だまってナオッペを見ていた。
「わしが 食っていいのけ?」
ナオッペは 大きくうなずいて
「お礼だ。それにしても ばあちゃんは 魚焼くの上手だな。火も起こせるのは すげぇなあ。」
老婆はナオッペから魚を受けとると 両手でかかえ じっと魚を見ていた。そして ゆっくりとひと口 魚を食べた。
ひと口ひと口大事そうに ゆっくりゆっくり魚を食べた。
それを見たナオッペは
「このばあちゃんは山吹オンバじゃねぇな。」
と安心し 自分もバクバクと魚を食った。
「ばあちゃんは 家さ帰らねぐていいのけ、家の人達とか 心配してねぇのけ?」
老婆は だまったまま ゆっくりと魚を食べていた。
「ばあちゃんは 山さひとりでいて こわぐねぇのけ?クマとか 山吹オ…。」
オンバと言いかけて ナオッペは自分の口を手でおさえた。
正体を見やぶられ みるみるうちに その姿はひょう変し、ニョキニョキと角がはえ キバがはえ
髪の毛がボワボワッと金色に光り出すのではなかろうかと 一瞬 ナオッペは身構えた。
が、老婆は 全く動じることなく、あいかわらず ゆっくりと魚を味わっていた。
そして これまたすっかりきれいにみごとに食べおわると、川へ行き 竹筒に水をくんでもどってきた。
コクコクと飲み、大きなため息をひとつすると、重そうに口を開いて言った。
「わしには 帰る家なんぞねぇ、心配する人なんぞ どこさも だれもいね。
わしゃなぁ 死にぞこないだで、死に場所がほしくて山さ来たんだ。」
「なして ばあちゃんが死ぬんだ?」
「病気だでぇしかなねぇべ。わしだって 生まれた時から老婆でねぇや。子どもん時もあったし、田さも畑さも山さも働きに行ったもんだ。
ところが 胸ばやられてしまって、他人さ移せば だめだはんで 家さとじこもったんだともよ、やっぱし そういう病気のことが分かってしまえば だれも近よって来ねぐなってしまって。
んだども それだば なんともしょねぇことだはんでぇーー。」
「ばあちゃんは そんなに元気だのに 病気なんてウソみたいだね。」
すると老婆は ガッハッハと大声で笑った。
「分かるか この木はリンゴの木じゃ。あの川の水 うまかったべ。リンゴ食って川の水飲んでどういう訳か まだ死なねぇ。」
「病気 直ったんじゃねぇべか。直ったのなら 家さ帰ったらいいべ。」
「もういいんじゃ わしゃ、こさいる(ここにいる)。こさいて 死神様のお迎えを待ってるだで。友達もおるんで もうちっと辛抱するったな。」
「友達?友達がおるのかここに?」
「明日の朝 会えるべさ。今夜は あと休めや。」
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