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みつばちの童話と絵本のコンクール


「昆虫博士」 一般の部 佳作  森 きなこ(千葉県)

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 タカシはあんなに嫌だった新しい進学塾に通うのが楽しみになった。
 少し早めに家を出てくるものの、おじさんたちと話をしたり、ミツバチの仕事ぶりを見ているとついつい時間を忘れ、一時間目は毎度さぼりになってしまった。
 ある日そのことがお母さんにばれてしまった。塾の先生からお母さんに電話があったのだ。
 塾に飛び出して行こうとしていたタカシは玄関で呼び止められてしまった。
「タカシ、塾の一時間目サボリなの?一体その時間何しているの?まさかゲームセンターなんかに行ったりしてないわよね?」
「もちろんだよ。行ってないよ。」
「じゃあ、どこに行っているの?お母さんに言えないような所なの?」
「そうじゃないよ。でも今は言いたくない。」
 お母さんの顔色がみるみる変わって行くのがわかった。頭から湯気も出ている感じだった。
「じゃ、行ってくる。」
「ちょっとタカシ待ちなさい!まだ話の途中よ。勉強するために塾へ行っているんでしょ?さぼってどうするのよ。それじゃ、星大附属に受からないわよ。どうするのよ。」
 タカシは脱げかかっている靴を気にしながら走り出した。
「そんなに行きたいならお母さんが行けば?僕はそんな所には行かない!」
「タカシ!タカシ!ちょっと待ちなさい。」
 お母さんの怒った声が聞こえたけど、タカシはもう一寸も待てなかった。
 屋上農園へ着くなりタカシは大きな声で怒鳴った。
「おじさん、どうして子どもは勉強ばっかりしなくちゃいけないのさ。僕にはわからない。僕のしたいことなんて何一つさせてくれないんだ。今年は塾の夏期講習があるからって、長野のおじいちゃんちに昆虫採集にも行かせてもらえない。」
 おじさんは仕事の手を休めて困ったような顔でタカシの方を見た。
「う〜ん、難しい質問だな。実を言うとおじさんも子どもの頃わからなかったなあ、なんで勉強しなくちゃいけないのか。おじさん勉強嫌いでな、いつもさぼってた。テストの点もひどかったなあ。母親にしょっちゅう叱られてたよ。でも今、もう少し勉強しとけば良かったってよく思うんだ。」
 タカシはしたり顔で叫んだ。
「おじさんもやっぱり、僕に勉強させようとしている!」
「いやいや、そんなつもりじゃないよ。おじさん蜂が好きで今この仕事しているだろ?この仕事は蜂を働かせるだけみたいに見えるかもしれないけど、いろいろ勉強しないといけないことばっかりなんだ。蜂の病気とか、花のこともよく知らないといけないし、難しい本も読んだりするんだよ。そんな時、勉強しとけば良かったってちょっと思うんだよ。」
 タカシはほんの少し納得した様子だった。
「でもさ、おじさん、その勉強は何も星山大学附属中学校へ行くための勉強じゃなくてもいいよね。そんな所に行かせたいなんて、お母さん見栄っ張りなんだ。僕のためなんかじゃないんだ。お母さんの見栄のためなんだ。」
 おじさんは、ちょっとビックリしたようだった。
「タカシ君が行こうとしているのは星山大学附属なのかあ。確かに難しい学校だな。そこは難しいだけって思っている人が多いと思うけど、実はそこの大学にはミツバチ研究所があるんだよ。それとすごく有名な昆虫博士がいるんだ。特にミツバチの生態について研究している先生で、世界的にも有名なんだよ。おじさんたちのように蜂を飼っている連中も年に一度くらいはそこの先生の話を聞きに行くんだよ。うまくそこの附属に入れたら、タカシ君ただでその先生の話も聞けるかもしれないな。」
 タカシはだまったままじっとおじさんの話を聞いていた。頭の中でいくつもの考えが渦巻いていた。
「な、タカシ君、蜂たちを見てごらん。一日中忙しく働いているなあ。もちろん人間のためなんかじゃないよ。女王蜂のために一生懸命蜜を集めてくるんだ。こんなに一生懸命働いても一匹の蜂が一生に集められるのはたった茶さじ一杯分の蜜なんだよ。タカシ君はハチミツ好きかい?」
 タカシはうなずいた。
「ハチミツ甘くておいしいよなあ。こんなにおいしいハチミツをいやいや集めている訳がないとおじさんは思っているんだ。簡単な仕事じゃない、大変な仕事だ。だけどきっと喜んでやっている気がする。でなきゃあ、ハチミツもっと苦いと思うんだ。」
 ミツバチの羽音だけが聞こえていた。
 おばさんも箱のそばに腰をかけてだまってタカシとおじさんの顔を見つめていた。

 タカシは立ち上がるときっぱり言った。
「おじさん、おばさん今までありがとう。僕これから塾に行ってくる。」
 おじさんとおばさんは顔を見合わせ声を合わせてタカシの背中に向かって言った。
「タカシ君、いってらっしゃい。」

 塾が終わって家に帰り着くと九時近かった。
お父さんも珍しくもう帰ってきていた。多分お母さんが電話でもしたのだろう。
 タカシの顔を見てお母さんが何か言おうと口を開けた。でもそれよりはやく、タカシは大きな声で言った。
「おかあさん、今まで塾さぼってごめんなさい。僕、学校でできない勉強をしていました。これからはちゃんと塾に行く。そしてきっと星大附属に合格する。 でも合格したら、僕好きなことをしたいんだ。勉強ばっかりはイヤダ。」
 お母さんは呆気にとられたみたいだけどすぐに我に帰って言った。
「答えになってないわ。どこに行っていたのかなぜ言わないの?学校でできない勉強って何?星大に受かったらそれで勉強は終わりじゃないわ。だってそれじゃ……。」
 とまだ言いかけていたが、そばで聞いていたお父さんがお母さんを制止した。
「まあ、いいじゃないか。タカシは今こんなに頑張っている。人間ずーっと頑張り続けることなんて出来ないんだから、合格したらタカシの好きなこと、思いっきりやればいいさ。」
 お母さんはまだ納得していないようだったけど、お父さんがなんとかなだめてくれた。

四月。
 長く退屈な入学式がやっと終わった。
 涙ぐんでいるお母さんを見てタカシはなんだか恥ずかしかった。
 講堂から出てくると、事務員らしい人に呼び止められた。
「新一年生の戸塚タカシ君ですか?」
「はい、そうです。」
「ちょっとこちらへ。」
 講堂から吐き出されるたくさんの生徒たちと父兄に押しつぶされそうになっていたので、事務の人が校舎の廊下まで連れて行ってくれた。
「あの、こんなものを預かっているんですが。」
 事務の人の手の中に小さいけど重そうな包みがあった。
「星山大学附属中学校 新一年生 戸塚タカシ君へ」
 小包の宛名にはそう書いてあった。
 お母さんやお父さんが不思議そうに覗いていたので包みを開けてみた。
 お母さんが思わず言った。
「あ、ハチミツ!」
 薄い黄色のハチミツがひと瓶入っていた。
 小さなカードにはこう書いてあった。
「おいしいハチミツが出来上がりました。
              未来の昆虫博士さんへ」


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