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みつばちの童話と絵本のコンクール


「さよならのむこうに」 一般の部 佳作 藤原 あずみ(千葉県)

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 サヤは毎日、夜中に目をさまして泣く。
「ぺっちゃんこが見たいよう。ぺっちゃんこだよう」
 すると、ハルばあちゃんもぱちっと目をあける。どんなに眠くても、サヤをおんぶして夜の散歩にでかける。
 ハルばあちゃんの背中で空を見ながら、サヤは何べんもぐずぐずとくり返した。
「ぺっちゃんこが見たい。ぺっちゃんこだよ」
 ぼくはハルばあちゃんの足もとをころころついてまわりながら、ふんふんと鼻を鳴らす。
 夜の匂いってあるんだよ。つめたくて、ふわんとして静かな匂いなんだよ。
 そのふわんとした匂いをいっぱい吸いながら、ハルばあちゃんの子守唄を聞いた。ハルばあちゃんは、背中を揺すりながらそっと唄った。
 ねんねんこーろ こーろのやまのうさぎは
 なぜにおみみがながいの
 びわのはをくわえて
 それでおみみがながいの……
 静かになったと思ったら、いつのまにかサヤは、ハルばあちゃんの背中ですうすう寝息を立てている。
 そのまましばらく庭を歩いて、ハルばあちゃんはぼくに話をしてくれた。
「ぺっちゃんこって言うのはね、お月さまのことなの。お月さまにはウサギがいて、おもちをぺっちゃんこ、ぺっちゃんこついているんだって。昔、ハルばあちゃんがお母ちゃんから聞いて、サヤのママに話してあげたの。この子守唄も、ママに唄ってあげたの。サヤもママから聞いていたんだねえ」
 空に、月は出ていなかった。天の川が見えた。星あかりが地面におちて、青い影をつくっていた。
「サヤはパパとママにさよならが言えなかったの。だから、海賊をやっつけに行ったり、おばけ退治に行ったなんてこと言うんだよ」
 ハルばあちゃんは、どっこいしょっと重たくなったサヤをゆすりあげた。
「事故があった日、サヤはここでハルばあちゃんとレンゲの花をつんでいた。あれから一年がたったんだね」
 風にはちょっぴりレンゲの匂いが混じっていた。ミツバチの巣箱はとっても静か。ミツバチも夢を見るのかな。


 まったいらな空だった。風も雲もどこかに遊びにいってしまったみたいに、青い色だけが遠くのほうまで広がっている。
 巣箱のそばで、また、サヤの泣き声がした。棒きれで遊んでいたぼくは、あわててそっちにかけていった。
 すると、巣箱のそばでサヤとリュウがにらみあっていた。泣いたばかりのサヤの目はまっかだった。
 サヤのまわりには、むしられた色とりどりの花びらが散らばっている。
「おまえが花をむしったから、ミツバチはミツを返せっておこってるんだぞ。ほら、 見ろ。おまえのこと、刺しに飛んでこようとして相談してんだぞ」
 リュウがゆびさした場所には、ほんとうにミツバチがあつまっていた。木の枝で、 大きなボールみたいにふくらんでいる!
「ほーら、刺すぞ、刺しに来るぞ」
 リュウの声はどんどん大きくなった。声につれ、目の前のミツバチボールもどんどん、どんどん、どんどんふくれあがっていく。
 ビビビビ……
 ジジジジ……
 羽の音もしだいに大きくなっていく。サヤの目はまんまるだ。口がへの字にゆがんだ。
 リュウはもういっぺん、こわい顔で繰り返した。
「お花をつんでごめんなさいって、あやまれ。あやまらないと、おまえを刺せってミツバチに命令するぞ」  
 大変だ。サヤが刺される。
 だめだ! リュウ。
 ぼくはむちゅうでリュウに飛びついた。
「あ、何するんだ。ホタカ」
 リュウはどしんとしりもちをついて、そのはずみに、物干しの台にぶつかった。 白いシーツがなびいて、竹の棒がカランとはずれた。棒はボールのようになったミツバチの中につっこんだ。
 ジジジ……ブブーン。
 風船がはれつしたときみたいだった。ミツバチは黒い帯になって空に舞いあがった。かと思うと、ブーンと舞い降りてきた。
 うわーん。
 大声で泣き出したのは、サヤじゃなくてリュウのほうだった。
 そのとき、伝じいちゃんの声がした。
「ねっころがれ!」
 伝じいちゃんはリュウとサヤを抱きかかえると、頭からガバッと白いシーツをかぶせた。ぼくもその中につっこまれた。地面に押しつけた胸がドックン、ドックン鳴っている。耳もとを、うわーんとものすごい音が通り過ぎて行った。
 みつばちは青い空の中に、吸い込まれるみたいに消えていった。
 ぼくはみんなの背中に、順ぐりに鼻を押しつけた。みんなはもそもそっとおきあがった。
「刺されなくてよかったあ」
 ほっぺたに涙のすじをくっつけたまま、リュウがつぶやいた。
「めったなことじゃ、ミツバチは人を刺さないもんだ。しかもハルさんとこのミツバチは気だてがいいからな。優しくされたらミツバチはうんと優しくなるし、巣のそばでうるさくすると、いじわるなミツバチになるんだよ。わかるか? リュウ」
 伝じいちゃんのことばに、リュウが首をちぢめた。
「ねえ、じいちゃん。ぼくたちがうるさくしてたから、ミツバチたちは丸くなってあつまっていたの? ぼく、あんなの初めて見た」
「あれは巣分かれさ。新しい女王さまに巣をゆずるために集まっていたんだ。それにしてもハルさんは、ミツバチの数がへっちゃってがっかりするだろうなあ」
「前の女王さまはどこへ飛んで行ったの?」
「さあな。どこかで新しい巣を作るんだろう。きっと、お花がいっぱいあるところに、飛んで行ったんだろう」
 黙って聞いていた、サヤがぽつんと言った。
「お花とって、ごめんなさい」
「そうか、そうか」
 伝じいちゃんはサヤの頭をなでた。それを見て、リュウも照れくさそうににやっとした。
 ぼくたちはもう一度、ミツバチが飛んでいった空をながめた。
 青い空だった。雲も風もない日だった。


「明日、ホタカを山に返すよ。けがはすっかりよくなったみたいだから」
 ハルばあちゃんが言った。
 ぼくはもう、歩く時も走る時も足をひきずったりはしない。みんながくれるごはんをもりもり食べて、ずいぶん大きくなった。
「さびしいよねえ、こんなに仲良しになったのにね」
 リュウのママが涙をうかべた。最初、ママはぼくをこわがっていたのにな。
「ずっと飼うわけにはいかないさ、何ていったってホタカは熊だもの」
 これはリュウのパパ。
 大騒ぎだったのは、リュウとサヤだ。
「やだ、やだ、やだ。絶対やだ。ホタカはここにいつまでもいるんだ」
「そうだよ。 山に行ったら、ホタカは死んじゃうかもしれないよ」
 ぼくも少し困ってしまった。だって、山で暮らしていた日のことを、あんまりうまく思い出せないんだ。
 ここでリュウやサヤと遊んだり、ハルばあちゃんからハチミツをもらったり、伝じいちゃんに背中をガシガシかいてもらったり、そんなことしか思い出せない。
 ぼくは山で誰とどうやって遊んでいたんだっけ。山はどんな匂いがするんだっけ。
 サヤがとうとう泣き出した。
「さよならしない。さよならしないの」
 サヤはパパとママのお葬式でも、そう言って泣いたんだって。
「さよならはいや、いやだあ」
 ハルばあちゃんがサヤを抱きしめた。ギュッと抱きしめながら、やさしく言った。
「さよならしても会えるんだよ。サヤがおぼえてさえいたら、いつだってどこに行ったって、また会えるんだよ。楽しかったことやうれしかったことを思い出せばいいの。そしたら、そばにずっといるのといっしょなの」
「そうだよ。サヤ。さよならはね、お別れのあいさつじゃない。また会おうねって言うあいさつでもあるんだよ。」
 伝じいちゃんは大きな手で、ぼくのあごをガシガシと引っかいた。
「いつかまた会うために、さよならをするんだ。なあ、ホタカ。おまえだってわしたちのことを忘れないだろう?」
 ぼくは伝じいちゃんのしわだらけの大きい手をべろりとなめた。手はしょっぱくてあったかかった。
 忘れないよ、伝じいちゃん。
 伝じいちゃんの匂い、ハルばあちゃんの匂い、リュウの匂い、サヤの匂い……みんなの匂いがまじりあう。おなかの奥の、ずっと奥のほうから、ぼくはグアオーって叫びたい気分だった。




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