| エプロンをした子どもがお盆を持ってやってきて、まり子の前に白いカップを置きました。女主人が優しく言いました。
「どうぞ、めしあがれ」
「いただきます」
カップを口に運ぶと、甘い香りがしました。
「ホットミルクにはちみつを落としたものよ。疲れている時には、とても良いの」
さらりとした甘さが、口いっぱいに広がります。
小さな頃、体が弱かったさち子が寝込むたび、おばあさんは銀色のスプーンで、 はちみつをなめさせてくれました。
「ほうら、口をあけて。太陽のしずくだよ」
きらきら光る甘い蜜は本当に太陽のようで、まり子を元気にしてくれました。いつでも、まり子に差し伸べられた優しい手は、もう二度と戻ってこないのです。
あたたかな湯気の中で、まり子は、涙をこぼしていました。ぽろぽろと、涙は後から後から頬をつたいました。
「淋しいの」
まり子は、つぶやきました。言葉にしてしまうと、想いはもう止まりませんでした。
「すごく、淋しいの。悲しいことばかり……」
女主人は、まり子の髪をそっとなでてくれました。それから、何気ない口調で言いました。
「どうかしら? 少しの間、ここで、お店を手伝ってくれない? きっと良い気分転換になると思うのよ」
ささやきは、まり子の心をぐらりとゆらしました。滑るようにカウンターから出てきた女主人の手には、子どもたちがつけているのと同じエプロンがありました。女主人は、ふわりとエプロンを広げてみせました。
「忙しいミツバチは哀しんでいる暇がない。そう言うでしょ」
糸に引かれたように、まり子はふらりと立ちあがりました。女主人の手が、まり子の腰にエプロンをまわし、きゅっと紐を結びます。
しま模様のエプロンに包み込まれたその時、まり子の頭から、すうっと何かが消えていったのです。悲しい気持ちも、痛むささくれも、嫌なことも、そして、自分が何者であったかさえも。
女主人は、わずかに腰をかがめて、まり子の目をのぞき込みました。
「今日からあなたは、私たちの仲間。最初に覚える仕事は、地下にある壷の管理ですよ」
まり子はこくんと、うなずきました。しゃべることも、もう思い出せませんでした。
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