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みつばちの童話と絵本のコンクール


「はちみつ色の涙」
一般の部 佳作
小林 栗奈 (東京都)

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 カタタン、 カタタン。
 二時間に一本しか走っていない三両編成の小さな列車が、野原をゆきます。色のあせたオレンジ色のシートは、ほとんどあいていて、まり子は七人がけの座席の真ん中にぽつんと座っていました。
 窓の外を流れるたんぽぽの畑が、とろーりととけて、ほわんとあくびが出てきます。ハンカチを取り出そうとハンドバックをあけた、まり子は、小さくたたんだ和紙に目を止めました。
 石けんを包んでいたもので、手に取ると今でも、ほんのりと甘い香りが残っています。 萌黄 もえぎ 色の和紙に、クレヨンで描いたような丸っこい文字を、まり子は指でたどりました。
「はちみつ石けん」
 半月前なくなった、おばあさんが愛用していた石けんです。九十歳に近かったのに、おばあさんの肌はすべすべで、やわらかく、皺しわこそあるものの、まるで子どものように、はりがありました。
 そのすばらしい石けんを、おばあさんはどこかのお店で買ってくるのではなく、通信販売で取り寄せているのでもありませんでした。
石けんは、季節が変わるごとに小包で送られてくるのでした。誰かからの贈り物のように。
 包み紙のすみっこには、製造元が印刷されていました。電話番号はなく、ただ住所があるだけです。半日はかかる遠い場所だったけれど、この小さな文字に気づいた時、まり子は迷うことなく、会社に休暇を申請していたのです。
 この半月ずっと、まり子は、気がつけばおばあさんの和室で膝を抱えていました。抹茶と畳の香りがするその部屋にいると、今でもおばあさんが側にいてくれるようで、少しだけ安心するのでした。一人ぽっちになってしまった、まり子にとって3LDKの家は、ひんやりと広いばかりで、心が落ち着く場所ではありませんでした。
 いつまでも、めそめそしていたら、おばあさんはきっと言うでしょう。
「泣くのも怒るのもいいさ。でも、それで日ぐらしは、いただけない。人生はあっという間なんだから。楽しいことをたくさんみつけて、大切にしなくちゃ」
 だからこの旅で、悲しみにけりをつけるのだ。すっと大きく息をすって、まり子は、石けんの香りが残る和紙を、胸のポケットにしまいました。


 列車が止まったのは、野原の真ん中の小さなホームでした。切符を買う前に駅員さんに確かめたから、間違いありません。ここが、石けんの製造元があるという町なのでした。けれど、あたりは見渡す限り、背の高い草が広がる野原です。
 まり子が、とほうにくれていると、低く響きの良い声が呼びかけました。
「どうしました?」
 ふりむくと、立っているのは長いひげをたくわえた老人でした。
「この住所に行くには、どうすればいいんでしょう」
 まり子は石けんの包み紙を見せました。老人の表情がふわりと動きます。
「ほう、はちみつ石けんですな。これを持っていると言うことは……ふーむ、なるほど、よくわかりましたよ」
 老人は、手にした石けんの包みと、まり子の顔をかわりばんこに眺めたあとで、 大きくうなずきました。
「さ、ついて来なさい」
 老人が、さっさと歩き出したので、わけがわからないまま、まり子は慌てて後を追いました。ざわざわと風に揺れる野原の中を、二人は歩きました。眩しいほど明るい空に、ぽっかりと浮かぶ白い雲。
 いつもなら午後のオフィスで、せわしなくパソコンの打ち込みをしている時間なのに。まり子は草の匂いを、ぐっと吸い込みました。


「さあ、ここだよ」
 老人が足を止めたのは、小さなお店の前でした。ガラスのはまった扉には木製の看板がかかり、カタカタとそよ風に揺れています。まり子は、看板を読みあげました。
「はちみつ屋?」
 老人はうなずくと、扉を押して店に足を踏み入れました。まり子も続きます。
 明るい外から急に入ったからか、店はずいぶんと暗く感じられました。かわいた涼しい空気が汗ばんだ肌に心地良く、まり子はほっと息をつきました。
 それは、どこか木の洞を思わせる不思議なお店でした。天井まで続く棚がぐるりとあって、カウンターが一つ。  
「いらっしゃいませ」
 奥の扉から姿を見せた人が女主人のようでした。やさしい金色のドレスが、さやさやと衣擦れの音を立てます。うっとりするほど優雅で、きれいな人でした。女主人は老人に親しげに声をかけました。
「お久しぶりですね、林田さま。今日は、いつものお茶を?」
「ああ、頼むよ。それから孫に飴を少し包んでもらおうか」
 女主人がうなずくと、揃いのエプロンをつけた店員の子どもたちが、棚にかけられた梯子を上って行きます。軽やかな身ごなしを、まり子は感心して眺めました。 店の名前からもわかるように、この店は、はちみつから作られた製品だけが置いてあるようです。女主人のドレスもはちみつ色だし、子どもたちのエプロンは黄色と黒のストライプ模様で、働き者のミツバチを思わせました。
「それから、この人は幸江さんのお孫さんだよ。駅で迷っていたので連れてきた」
「まあまあ、幸江のお孫さん? ようこそ、いらっしゃいました」
 女主人は、まり子にカウンターの椅子をすすめてくれました。まり子は驚いて聞きました。
「祖母のことをご存知なんですか? それに、どうして私のことを?」
「もちろん、あなたのおばあさまのことは、良く知っていますとも。このお店は、 幸江なくては生まれることもなかったのだから。それに、あなたは、幸江の若い頃にそっくりだわ。ご覧なさい」
 女主人は、棚から一つの写真盾を下ろすと、コトンとまり子の前に置きました。 色あせた写真には、大きなエプロンをつけた若い娘が写っています。髪をおさげにしたその娘は、びっくりするほど、まり子に似ていました。
「これ、おばあさん?」
「ええ、そうよ。二十歳の頃ね」
「この写真、はじめて見ます。家にあるのは私の母が生まれてからのものばかりで。あ、昔の写真もあったけれど、舞台の写真ばかりで」
 まり子のおばあさんは、若い頃、お芝居が大好きで、有名な歌劇団に所属していたのです。きれいな化粧をして華やかな衣装に身を包んだ写真なら何枚か見たことがありました。おばあさんは歌劇団のスター候補だったのだと、まり子はいつだったか、おじさんに聞いたことがあります。
「でも、おばあさんのお父さんが病気になった時、歌劇団をやめてしまったんだ。 養蜂場のあとを継ぐためにね」
「ヨウホウジョウ?」
 聞きなれない言葉に、まり子が首を傾かしげると、おじさんは教えてくれました。
「たくさんのミツバチを飼って、はちみつを取る所だよ」
「牧場みたいに?」
「そう。今でも覚えているよ。おばあさんが、歌うんだ。その歌にあわせてミツバチたちが、巣に戻ってくる。千も万ものはちたちが、いっせいに空を飛ぶ、その羽音と言ったら」
「怖かった?」
「少しも。おばあさんがいたからね。ミツバチたちはみんな、おばあさんが大好きで、ぜったい刺したりしなかったし、まるで金色の光に包まれているみたいで、とてもきれいだったよ」



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