朝、 教室に入ろうとするトンボを、コトコはよびとめた。
「ト……山田くん、おはよう!」
トンボはあいかわらずむっつりしていたが、コトコはおかまいなしにしゃべった。
「昨日は、ありがと。あのアメおいしかった! 何か元気になるよね。ママにもあげたら、よろこんでた。
それでね、お願いなんだけど。あたしに、あのアメの作り方、教えてくれないかな」
トンボは、ぎんぶちメガネを指で押し上げると、こうふん気味のコトコに、そっけなく言った。
「だめ」
「えー、どうして? ひみつなの?」
「ひみつじゃないけど、だめなものはだめ」
全く相手にせず、教室に入ってしまった。
「ちぇ、けちんぼ。がりがりトンボ!」
コトコはトンボに聞こえないように、ぼそっと言いすてた。やっぱり、やなやつ!
放課後。
コトコは、電柱のかげにかくれていた。目の先にいるのは、トンボだ。
コトコはあきらめていなかった。トンボのあとを、こっそりつけていくことにしたのだ。
こんなとき、ママの帰りがおそいのは都合がいい。時間はたっぷりあるんだから。
トンボは、よそ見もせずにもくもくと歩いていく。足が早いので、かくれながらついていくのは大変だ。
やがて町なみがとぎれ、車も人もまばらになり、道路ぞいは田んぼと畑ばかりになった。
数少なくなった電柱は、トンボとコトコの間をはなしていく。周りはとうの昔に、 見知らぬ景色になっていた。
「どこまで行くんだろ……」
さすがのコトコも、心配になってきた。
まだ空は明るい。でも帰りのことを考えたら、ちょっとまずい時間になりそうだ。
ママ、おこるとすっごいこわいんだもん。
「なんでこんなとこまで来なきゃいけないのよう、トンボのばか!」
勝手につけてきたくせに、コトコはトンボにはらを立てた。
そのとき、前を行くトンボがふっとすがたを消した。
「あれれれ?」
コトコはあわてて走りだした。
トンボの消えたらしいあたりに来ると、横の竹やぶの間に、小さな上り坂があった。他に道らしいものはないので、たぶんこれを上って行ったんだろう。
コトコは一歩、坂にふみこんだ。何だかひんやりとした風が、ほほをかすめた。
竹やぶがトンネルのようにかぶさり、妙にうすぐらい。先の見えないぶきみな坂に、コトコの足は進むことをいやがった。
「どうしよう……」
進むべきか、帰るべきか。
「こんにちは」
「ひゃっ!」
とつぜん、後ろからかたをたたかれて、コトコは変なさけび声をあげてとびあがった。 見ると、 むぎわらぼうしをかぶって、花がらのかっぽう着を着たおばあちゃんが、にこにこ笑いながら立っていた。
「この上にご用があるの? この先には、おばあちゃんのうちしかないんだけど……もしかして、ユウちゃんのお友だち?」
コトコはきょとんとした。
「ユウちゃん?」
「山田ユウタ。おばあちゃんの孫なのよ」
「あ、ト……じゃない、山田くんの!」
コトコが言ったとたん、おばあちゃんの顔がぱあっと明るくなった。
「やっぱりそうなの! まあ、うれしいねえ。ユウちゃんのお友だちが来てくれるなんて、初めてだよ。さあ、おいでおいで。ユウちゃんは先に行ってるのかい?」
まるで早口言葉みたいにしゃべりながら、おばあちゃんはコトコの手を引っぱって坂を上っていった。口をはさむひまもない。
「さ、ついたよ」
いっきに上りきって、コトコはその場にすわりこんでしまった。
「つ……つかれた……」
「あらまあ、こりゃごめんね。きつかったかい? ちょっと待っといで。冷たいものを持ってきてあげよう」
「はひ……」
おばあちゃんの走っていく方向に、大きくて古めかしい、昔話にでも出てきそうな家が建っていた。竹がきにかこまれた広い庭と、大きな倉庫。他に家が見あたらなくて、コトコは立ちあがり、背のびして竹がきの向こうをのぞいた。
「うわああああ!」
コトコの目にとびこんできたのは、見わたすかぎりの花、花、花。
そう、まるで教科書で見たのとそっくりな、ゆめのような野原だったのだ。
さっきまでのつかれも忘れて、コトコは野原を見わたした。赤、ピンク、黄色、 白。あ、あそこにはむらさき。何の花だろう。
ふと見ると、向こうから大人と子どもが歩いて来る。二人とも、むぎわらぼうしにぐるりとアミをまいていて、顔が見えない。
かなり近づいてきて、子どもの方が「ええっ?」とさけんで、コトコの方へ走ってきた。
「何でここにいるの!」
子どもはぼうしをとった。トンボだった。
「ついてきたの?」
「うん……」
「ぜんぜん気がつかなかった」
「電柱とかに、かくれながら……」
トンボはまじまじとコトコの顔を見つめると、大声で笑い出した。
「……和田さんって、ヘン……!」
初めて見るトンボの笑顔に、コトコもつられて笑い出してしまった。 |