ミツバチの童話と絵本のコンクール

雨の日曜日

受賞内田 日十実 様(東京都)

  おるすばんの日は、あいにくの雨でした。さおりはお昼ごはんの片づけをしながら、冷蔵庫にはってあるカレンダーに目をやります。
 今日の日付には、こう書かれていました。

 

〈おとうさん出張。夜帰る。おかあさんとまほピアノ発表会。夕方帰る〉

 

 まほは、さおりのおねえさんです。きれいなブルーのドレスを着て、おかあさんと出かけていきました。さおりも去年までピアノを習っていたのですが、どうしても好きになれなくてやめてしまいました。ですから今日の発表会も、家でるすばんをするといって一緒にいかなかったのです。
 ピアノ教室をやめるとき、さおりは先生に一枚の絵をプレゼントしました。実のところ、さおりは、ピアノをひくよりも、絵をかくほうが好きだったのです。
 さおりはピアノを弾いているとき、目の前のピアノをよく観察していました。先生のグランドピアノは、黒くて大きくて、つやつやしていました。
 さおりはピアノをひとめ見たとき、まるでいきもののようだ、と思ったものです。ふたを開けると不思議な形をした木やばねがつまっているところも、いきものめいていました。
 部屋の中で、ピアノはちょっときゅうくつそうでした。先生にプレゼントした絵で、さおりはピアノを野原に出してやりました。広い空の下で、先生がピアノを演奏している姿をかいたのです。
 その絵を見ておかあさんは、
「絵の教室に通う?」
 と、いいました。
「ううん」
 と、さおりは答えました。
「わたし、ひとりでかくのがすきなの」
「でも、習ったらもっと上手になれるかもしれないわよ」
「上手にならなくたっていいの」
 それ以上は、おかあさんもすすめませんでした。絵をかくことを、さおりがきらいになってしまうと思ったのかもしれません。

 さおりはお皿を洗ってぬれた手を、タオルでふきました。窓の外では、目には見えない細い雨の線が、しとしとと降り続けています。 ……外にはいけないし、お絵かきしよう。
 台所のテーブルでかくことにしました。まず、一匹のうさぎをかきました。色は真っ白で、耳はたれています。このうさぎは洋菓子店の主人なのです。
 さおりは絵をかくとき、おはなしも一緒に作るのでした。絵は色鉛筆で、お話はその下に鉛筆で、書きつけていくのです。
「ええと、お店のケーキはみんな、この白うさぎが焼いていることにしよう」
 さおりは流しの下をあけて、おかあさんがお菓子を作るときに使う道具を見ました。銀色のボール、ガラスのボール、それから、大きな泡だて器、サイズの違うケーキの焼き形、マドレーヌのプレート……。
 イメージがふくらんでいきます。
「洋菓子店の名前は〈ひとやすみ〉。森の中にあって……。このうさぎはケーキを焼くのが上手で、お店で一番の人気は〈太陽のにんじんケーキ〉です……太陽のようにかがやく、黄金色のケーキです」
 さおりは、ケーキをかきました。なかなかいい出来です。やわらかそうで、甘い香りがいまにもただよってきそうです。
「あまりにおいしいので、お客さんの誰もが秘密を知りたがります。けれども、うさぎは教えません……おいしさの秘密は、ええと、そう、ハチミツです。うさぎの友達に、いろんな国を旅しては、その土地のハチミツを手に入れてくる、ハチミツ屋さんがいるのです」
 さおりは、うさぎがケーキを焼いている姿をかきました。
 だんだん、気分がのってきました。
「ハチミツ屋さんは、黒うさぎです。危険な場所を旅するとき、黒い毛皮は有利です……闇にまぎれて、移動できるからです」
 黒うさぎの目は、ちょっとするどくしました。一人旅は、あやふやな気持ちではいけません。
「〈ひとやすみ〉に届けるハチミツは、砂漠の国でみつけました。植物はあまり生えない土地なのですが、年に一度、砂漠のオアシスに、白い花が咲きみだれる時があるのです……」
 さおりの手はとまりません。色鉛筆をつぎつぎに握って、ノートいっぱいに絵をかいてゆきます。文字を書くのも、口に追いつかなくて、もどかしいくらいです。
「その花の名前は〈砂糖草〉です」
 砂糖草は、百合に似た花をかきました。
「砂糖草が咲くとき、空のどこかからか、黒い一団がやってきます。ミツバチです。砂漠の都市のハチミツ商人が、砂糖草の蜜を集めるために、訓練されたハチをはなつのです。というのも、砂糖草の咲くオアシスは、毎年場所が変わって、人が探すのはたいへんだからです……あれ?」

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