ミツバチの童話と絵本のコンクール

みつばちの おくりもの

受賞広都 悠里 様(群馬県)

 あゆみの学校に転校生が来ました。山の中の小さな学校に転校生が来るのはめずらしいことです。
 みんなそわそわして何日も前からその話ばかりしていました。
「東京の方から来るんじゃと」
「へえ。すごいねえ」
「じゃあディズニーランドやお台場にも行ったことがあるんかなあ」
「あったりまえじゃあ。テレビで見るようなとこ、ようさん行っとるに決まっとる」
「男かな、女かな」
「何年生なんかな」
「へっ。何年生だろうと一クラスしかないんやもん、みんな同じクラスじゃろう」
「そりゃそうじゃけど、でも同じ年やったらええなあ」
 みんなは転校生が来る日を待ちました。
「先生、転校生っていつ来るんね?」
「男やろ?」
「女の子よね?」
 待ちきれずにわぁわぁ騒ぎ出す子供たちに先生も苦笑いをしてついに教えてくれました。
「転校生は明日、来ます。女の子で五年生。おかあさんが病気で入院しているので、 その間だけこちらのおじいちゃんとおばあちゃんの家に来ることになりました。みんな、短い間だけど、仲良くしてね」
「ええーっ。ずっとおるんやないんか」
 みんなはがっかりしました。全校生徒が二十六人しかいない小学校にひとり仲間が増えると思っていたのに、  ずっといるわけではないとわかって少し悲しくなったのでした。
「そういうわけだから、みんなよろしくね」
 それから先生はくるりとあゆみの方を向くとにっこりしました。
「あゆみちゃん、同じ学年だからいろいろ教えてあげてね」
「はい」
 こっくりうなずいたものの、あゆみは都会から来る子と仲良くなれるか心配になりました。
 楽しみなようなこわいような気持ちでどきどきしながら翌日の朝を迎えたのでした。
「さわだ ちかです。よろしくおねがいします」
 そう言ってぺこりと頭を下げた女の子は長いかみをふたつにむすんでTシャツを着て半ズボンをはいていました。
 (ああ、なんだ。あたしたちと同じようなかっこうだ)そう思ってあゆみはほっとしました。
 休み時間になってみんながわぁわぁ話しかけても「うん」「そう」「ちがう」「わかんない」  とぼっそりと返事をしている様子を見ているとちかはおとなしい子のようでした。  もしかしたらおかあさんが病気で心配なのかもしれないな、とあゆみは思いました。
「うんといなかでおどろいた?ここらへん、なーんもないから」
 学校の帰り道にあゆみが言うと、
「ううん、そんなことないよ。おじいちゃんとおばあちゃんのところは前からよく来てたから、どういう所か知ってたもん」
 と答えました。
「そっかあ。さわださんってこっちの道をまっすぐ行って、右に曲がったところにある、青い屋根の家?」
「うん」
「あたしんとこはねえ」
 あゆみが説明しようとすると、不意に強い調子でちかが言いました。
「知ってる。はちみつ、作っているところでしょう?おじいちゃんに聞いた」
「あ、そうなんだ」
 それっきりちかはぷっつりだまってしまいました。ざっくざっくと二人が歩く音だけが聞こえます。
「じゃあね、バイバイ」
「バイバイ」
 早足で歩いていくちかの後ろ姿を見ながら(あたしのなんが気に入らんのよ。うちがはち飼いだからか)と、  あゆみは少しむっとしたのでした。
 あゆみがまだうんと小さな頃、はちをたくさん飼っているのをばかにされたことがありました。
 「あゆみのペットははちぶんぶん」とはやしたてられたり「あゆみにかまうとはちにさされるで、  おおこわ」と言われたこともありました。ぶんぶんうなるたくさんのはちと、  あゆみよりはちの巣箱の世話の方が大切なように見えるとうさんとかあさんを見ているとあゆみは  「うちがはち飼いじゃなけりゃよかったのに」と何度も思ったものです。けれどそんな気持ちもはちみつができるところを  見てから消えました。
「はちがいっしょうけんめい集めてきたみつをこうやってもらうんじゃから、感謝せんとなあ。はちみつははちにしかつくれんのだから」  そう言いながらとうさんがはちの集めたみつを大きな缶の中に入れるのを、あゆみはしゃがんで見ていました。
 缶のなかでゆっくりていねいにこしていって、ごみや不純物を取り除くのです。缶の下についた蛇口のような栓をひねると黄金色に透き通ったはちみつがとろりと出てくる様子はまるで魔法を見ているようでした。 「ちびっと、なめてみ」
「おいしい。とうちゃん、お花のにおいがするよ」
「ほう、あゆみは鼻がきくな。花によってはちみつの色も香りも違うんじゃ。スーパーで売ってるようなもんとはわけがちがう。 あれはいろいろ混ぜとるからなあ」
「混ぜてるって?」
「安いのは、ブドウ糖液やらなんやらでかさを増やしてなんや水っぽい。これはいろんなものがぎゅうっと入っとるからな。
おかげであゆみは病気もせんというわけじゃ」
「すごいな、世界一のはちみつや」
「そうや、世界一じゃ」
 あゆみととうさんは顔を見合わせて笑いました。うちは世界一のはちみつを作ってるんや、そう思うとちっとも恥ずかしくなくなりました。 (そうや。ちかちゃんのおかあさんもうちのはちみつなめたら病気も治るんとちがうかな)。ちらりとそんな考えが頭をよぎりましたが、余計なことはしない方がいいようにも思いました。  けれど、どうやらちかも同じことを考えていたようでした。

「三崎さんちのはちみつって高いって聞いたけど、いくらぐらいなの?」
 翌日の朝、いきなりちかからそんなことを言われて、あゆみは驚きました。
「別に高くないよ。なんで?」
「三崎さんちのはちみつは高いってみんなが話してるのを聞いたことがあるから」
「うちのはちみつはそこらのとはちがうねんで。毎日朝もはようから日が暮れるまでずうっとお世話して、花のある所へ巣箱を持っていったり夏も冬も見回りに行くんや。そんでとれるんはちょっぽしやもん。もうけにはならんけど好きやから、わかるひとだけ買ってくれたらかまんのよ」
 いつもとうさんやかあさんが話していることがあゆみの口から飛び出しました。本当にみんな全然わかってない、そう思うとくやしくて涙が出そうになりました。
「うん。だから買いたいんだけど」
 ちかの言葉にあゆみははっとしました。
「もしかしたら、おかあさんに、あげるん?」
「うん。高いけど栄養たっぷり、三崎さんちのなめたら他のはちみつははちみつやない、って聞いたから、絶対に元気になると思って。でもあたし、あんまりお金持ってないから」
 最後の方は恥ずかしそうにうつむきながら言いました。
「わかった。おとうちゃんに聞いてみる」
「ほんと?」
 ちかの顔がぱっと明るくなりました。
「あたしずっと、ここへ来たらあゆみちゃんちからはちみつを買っておかあさんに送ろうってずっと決めていたの。でもなかなか言えなくて、でもおかあさんにはやくよくなってほしいから」
「わかった。ちかちゃんのおかあさん、絶対すぐよくなるよ、だいじょうぶ」
 いつのまにかちかちゃん、あゆみちゃん、と呼び合っていた二人でした。
 そんなことなら、持っていけ。ひょっとしたらそう言ってはちみつのひとびんくらいくれるかもしれない、とあゆみは思っていました。ちかのお金で足りなかったら自分のおこづかいを足してあげてもいい、そう思いながら話したのです。けれど話を聞いたとうさんは、 「ううーん、そりゃどうするかなあ」
 と腕組みをして考え込んでしまったのです。
「なんでよ。とうさんのケチ。なあ、ちかちゃん、買うっていってるんやで。売ってあげたらよかね」
「あゆみの友達相手に商売はできん」
「じゃあ、ちょびっとだけあげれば?それがええわ。ちかちゃん、喜ぶよ」
「そうかな。ちかちゃん、喜ぶかな」
「喜ぶに決まっとる」
 変なことを言うなあ、とうさんは。あゆみはまだ腕組みをしているとうさんを見ました。
「ちかちゃんは、自分でおかあさんにおくりものをしたいんとちがうかな。うちのはちみつをあげるのはかんたんじゃけど、それでちかちゃんの気はすむやろうか。おかあさんは喜んでくれるんかな」
 あゆみはどきりとしました。あたしがかあさんになにかあげるとしたら、人からもらったものをそのまま渡すだけじゃあ気持ちが入っていないみたいでいやだな、と思いました。
「でも、売らんのやったらちかちゃんはおかあさんにはちみつをあげれんわ。うちのはちみつのことをほめてくれて、病気のおかあさんがうちのはちみつなめて元気になるかもしれんって言うてるのに」
「うーん」
 とうさんの心はぐらぐら動いているようでした。
「まあまあ、なんにも難しいことないわ。ちかちゃんとやらにちょっとお手伝いしてもろて、そのお礼にはちみつあげたらすむことでしょ」
 夕ごはんを作っていたおかあさんが口をはさみました。
「とうさん、お願い。あたしもやるから」
「うーん、それならいいか。さて、そんなら何をやってもらうかなあ」
 なんだかみんなにこにこした気持ちになってあゆみはいつもより多く御飯を食べました。だって明日からあゆみも手伝うのですから力をつけておいた方がいい気がしたのです。
「え、ほんと?」
 あゆみの話を聞いたちかは喜びました。
「良かったあ。あんまりお金ないし、どうしようかと思ってたの」
「あたしもいっしょにするから」
「え、いいよ。だってこれはあたしのことだもん」
「あたしからちかちゃんのおかあさんへのおみまい」
「うれしい。本当を言うと、一人じゃ心細かったんだ」
 こんなにうれしそうなちかの顔を見たのは初めてでした。
 学校の帰り、二人はわくわくとあゆみの家へ急ぎました。

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